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農協時論

農地法の改正に思う

     釧路公立大学経済学部経営学科教授  長尾 正克
 

長尾正克氏
(ながおまさかつ)  1940年 北海道室蘭市生まれ。 1964年 北海道大学農学部農業経済学科卒業と同時に北海道立中央農業試験場経営部勤務。 1983年 北海道大学より学位授与(農学博士)。   1991年 北海道立中央農業試験場経営部長。 1998年 北海道立中央農業試験場退職と同時に現職(経営組織論、経営学原理専攻)。  主著『21世紀の北海道農業と農村−新しい基本法の制定に向けて−』(共著、社団法人北海道地域農業研究所編、株式会社北海道協同組合通信社刊)など。

 最近のわが国農政の基本理念として、食糧自給率の確保がクローズアップされております。ところがこの自給率確保を担保する優良農地の減少に歯止めがきかず、長年にわたって減少の一途を辿っていることである。ここではこのような問題意識を踏まえて、最近実施された農地法改正の問題点を提起したい。

◆不可解な農地法の規制緩和

 わが国の農地問題の基本要因は、農家自身が農地を私有財産としてみなしたことである。そして、このことを憲法29条の私有財産保護規定で裏付したことである。したがって、これまでは農地流動化の調整に際して農家自身が「人の財産に口を出すな」という姿勢があり、生産手段として割り切ってはいなかったように思う。北海道の場合、農村に工業が進出することはきわめて希であったため、田中内閣による列島改造の影響は苫東問題等を除くと、直接農村地帯が転用地格の影響を受けることは少なかった。したがって、兼業の機会が少なく、経営不振農家は即挙家離農という形態で離農が進み、その跡地を取得して経営規模の拡大を実現してきた。北海道農業が旧農業基本法の優等生といわれたゆえんである。
 ところが都府県では、列島改造により農村に工業が進出してきたため、農地の価格は転用地価の影響を受けて高騰し、収益地価とのギャップが大きくなってしまった。そこで都府県の農家は、農地を資産として少しずつ転用して、稲作に特化し、そして兼業に出たのである。そのことによって、はじめて豊かな農村生活を享受できるようになったわけである。そして、省力化が進んだ稲作こそが、兼業にふさわしい部門でもあったのである。
 これは私の想像であるが、農水省としても、このような兼業と結合した稲作に特化した生産構造を、本来的な意味での生産構造の近代化には矛盾するものの、当面する貿易の自由化にはある程度対応できる矛盾発散回路として認知したのではなかろうか。だから「コメさえ守れば何とかなる」と判断したのであろう。だが、このことは農業生産力の構造的再編を妨げ、自給率を一層引き下げることに作用し、なおかつ農地の転用に歯止めが利かず、優良農地は減少の一途をたどった。おまけにURではコメすら守れなかった。
 そうであれば、自給率向上のための農地政策としては、農地の公益性を認知して私有財産的占有を制限し、転用規制をさらに強化するのが基本施策でならなければけならない。もちろん憲法の制約はあるものの、そのような視点で今回の農地法の改正のポイントを検討してみたい。農地法改正のポイント(農業生産法人の見直し)は、北海道農業会議の広畑部長の集約によると、次の5点である。
 第1点は株式会社が農業生産法人として認められたこと。第2点は取り組み可能な事業が、農業とその農業に関連する事業に加え、その他事業が一定割合まで認められたこと。
第3点は、市町村の出資が認められたこと。第4点は、個人・法人の別なく継続的に取引を行うものの出資が一定割合まで認められたこと。第5点は、役員要件が若干、緩和されたこと。
 私は、株式会社の参入自体が資本による土地占有の突破口になると警戒していたが、広畑部長は株式会社の認知のものはそれほど心配ではなく、むしろ第4点目の「個人・法人の別なく継続的取引を行うものの出資が一定割合まで認められたこと」に危機感を持っておられた。その理由は、この「継続的取引関係構成員」にみられる出資要件の緩和である。すなわち、継続的取引関係とは物資や役務について、当該農業生産法人と売買・貸借関係を結ぶもので、農機具のレンタル企業や飼料等の販売企業、農畜産物を購入する食品加工やスーパー等の卸・小売業など大企業・中小企業の別なく、継続的な取引関係が確認されたら資本参加が可能り、今回の改正を踏まえ、すでに一部大手企業などが自社系列のグループ化を目指し、相手となりうる法人を物色中とのことである。指摘されてみると、事の重大性に不安が募る一方である。
 私は優良農地の減少は、自給率向上と密接な関係にあり、農水省の縄張りに関する問題になると思うので、今回の株式会社の農業への参入に際して、農水省はその歯止めとして農地転用規制を強化するものと思っていた。しかし、農地法での転用規制が見あたらないので、農振法で地区指定解除を大幅に制限するものと思っていたが、何らの規制強化もなされていなかった。これではザル法と言われてきた農地法のザルの目をさらに大きくしたに過ぎない。自給率の向上が農地行政の究極の理念であるならば、何故それと逆行することをやるのだろうか。
 私が何故農地の転用阻止にこだわるかといえば、北海道の農地価格が下落の一途をたどっており、意欲的に規模拡大をした農家は資産目減りによるオーバーローンに苦しんでいることと関係している。特に昭和50年代に規模拡大をした北海道の稲作農家は、高い転作助成金を地代に見なした高地価の土地を今では高金利になっている総合資金で取得した農家が多く、当時、10アール当たり100万円以上した水田が、今や40万円にまで下落しているからである。北海道の農地価格は収益地価で決まるので、米価の低下は即地価の低下につながる。やめていく農家の負債を肩代わりして農地を取得した男気ある農家ほど負債に苦しんでいるのが実状なのである。負債で首が回らないときに、農地を高く買ってやるといわれたら、たとえゴミ業者であっても、喜んで売りたくなるのが人情であろう。ましてや中山間のことを考えると、北海道の山々はすでにその兆候はあるが、そのうちにゴミの山になるような気がしている。

◆農政を動かす陰の力

   農地法改正が本来的に農水省の望む自給率の向上とは全く逆転しているにもかかわらず、何故敢えてなされたのかについて、私は疑問を抱いている。というのは、新しい農業基本法が審議されていた経過を、関係機関から情報収集し分析した結果、株式会社の農業生産法人への参入については財界代表からの要望が強かったということである。
 これは全く私の想像ですが、財界のこのような行動は、究極的には日本農業を敵視して、これを駆逐しようとしているとしか思えない。その証拠としてここで紹介するのは、ガットURで日本政府の交渉団の一員として最前線で活躍された、農林水産省の篠原孝氏の著書「EUの農業交渉力」(農文協、2000.9)である。ここで篠原氏がいみじくも指摘したことは、「ところが、農業交渉の停滞がこれだけ他の分野の交渉の妨げになったにもかかわらず、どこの国でも他のセクターなり、他の省庁が農業交渉に口を挟むことはできなかった。フランスでもドイツでも、産業界が相当遠慮がちにUR農業交渉の進展を促すことはあっても、内容にまで踏み込んでいない。その点では、他の業界や特定の省庁の大臣が、わが国の農業交渉に不利なる発言を行い、マスコミもそれに乗じた日本は、きわめて特異と言える」。
 これを読んで唖然とするのは私だけであろうか。そうであれば次期WTO交渉の真の敵は、アメリカではなく、後ろから鉄砲を撃ってくる日本の産業資本、通産省(現在の経済産業省)、そしてマスコミだということになる。彼らの動きをそのままにしておくのであれば、次期WTO交渉の敗北は火を見るよりも明らかである。国の独立は、食料の自給によって担保されているという国際常識が、何故わが国産業資本やマスコミが理解できないのか理解に苦しむところである。農産物の輸入自由化が真に日本の国益に沿ったものかどうか、改めて経済学者や政治学者による正面切っての論争が必要な時期にきているのではなかろうか。



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