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農協時論

時代のキーワードをつかもう

北海道東海大学教授 鈴木 充夫
 

鈴木充夫氏
(すずきみつお)
昭和25年千葉県生まれ。
東京農業大学、九州大学大学院(修士課程)を経て昭和55年東京農業大学大学院(博士課程)修了。農学博士。昭和55年(財)農林統計協会研究部、昭和62年東京農業大学助手、昭和63年北海道東海大学助教授。平成5年同大学教授現在に至る。平成6〜7年米国ミズーリ大学食料農業政策研究所客員研究員、平成6年〜(株)パスコ非常勤顧問。
主な著書に「野菜の価格形成と産地展開」(東京農業大学出版会)、「コメ輸入自由化の影響予測」(富民協会)など。
 

◆新規学卒就農者は一貫して減る傾向

 現在の日本農業を語る場合に避けて通れない事実があります。それは、農業労働力の高齢化と後継者不足です。農業就業人口に占める65歳以上の割合を見ると、昭和50年に13.7%であったものが徐々に上昇し、平成7年には24.7%、つまり、農業就業人口の4人に1人が65歳以上だということです。
 一方、若い担い手の現状を示す新規学卒就農者数は、昭和40年の68,000人、50年の9,900人、60年の4,800人へと一貫して減少し、平成7年には1,800人まで落込んでいます。この数字は、若者にとって農業が魅力的な産業ではないことを示す重要な指標と考えることができます。現在の日本農業は、「高齢化・後継者不足⇒経営活力の低下⇒離農⇒高齢化・後継者不足⇒経営活力の低下⇒・・・」の道に向かってを転がりはじめていると考えることができます。この負の連鎖は、「縮小スパイラルに入り始めた日本農業」という言葉で表現できると思います。これが現実の日本農業の姿ではないだろうかと考えるわけです。
 この負の連鎖を断ち切り、若者にとって魅力ある農業を築くにはどのようにしたら良いのでしょうか。民間企業はビジネスを立ち上げる時に、新しい時代のキーワードを探すと言われています。これを応用すると「農業を取り巻く新しい時代のキーワード」を探し、これを取りこんだ農業を展開すればビジネスになるということです。それでは「農業を取り巻く時代のキーワード」とは何なのでしょうか。

◆新時代のキーワードを活用したビジネスの構築を

 多くの人は規制緩和、構造改革という言葉を第1に挙げるでしょう。これは国も積極的に取り上げている問題です。農業についても、今回の農地法の改正で、スーパーや商社などは出資の4分の1以内であれば農業法人の出資者になりうるとか、株式会社の農地取得についてもある条件のもとで認めるといった規制緩和が始まっています。2番目にはIT社会、これも現在、政府が積極的に取り上げている問題で、インターネットを活用しベンチャ−ビジネスを展開していこうとする話です。農業分野においても「栽培ネット」、「フーズインフォマート」、「ワイズシステム」など様々なサイトが出現しています。
 3番目には食に対するニーズの多様化を挙げることができます。例えば玉葱1つをとってみても、現在、玉葱の需要を生食用、つまり家庭でお母さん、或いはお父さん(最近は、こういうことも多いと聞いていますが)が買い物に行って家で料理をするという需要は平成9年、10年の平均数字で約4.84キログラムです。これに対して、業務用需要、例えばハンバーグに切り刻まれる玉葱のようなものの需要が11.25キログラムと生食用の約2.5倍となっています。さらに、レトルト食品などの平成9年の伸び率を見てみますと、レトルト食品で約1.3倍、寿司・弁当で1.22倍という具合に業務用需要が大きく伸びてきています。一般の人が料理をしなくなってきているということです。4番目は新起業、ベンチャー企業、或いはネットワークといったもので、これらのものが、今後の「農業を取り巻く新しい時代のキーワード」と言えると思います。
 若者に魅力のある農業とは、この「新しい時代のキーワード」を積極的に活用した農業ビジネスを構築することにほかなりません。

◆ITを活用した新しい試みの例

 今回は、筆者が関係している青果物流通にITを活用した新しい試みについて紹介します。
 青果物、とりわけ、野菜を取り巻く環境は中国からの輸入野菜の増加に対抗したセーフガードの発動などここにきて大きく変化してきています。そこで、まず、野菜を取り巻く環境の変化を、需要、卸売、産地サイドに分けて簡単に整理します。需要サイドから言えば、量販店や外食産業の拡大は、従来からの安定的・継続的出荷に加えパック詰めなどの一時加工した荷を望む傾向になってきています。卸売市場側も量販店の要望に対応するために、予約相対、先取転送などいわゆる「セリ」を通さない取引を拡大させています。さらに、平成15年度から卸売手数料の自由化が検討されており、卸売市場を取り巻く環境も大きく変化するものと予想されます。
 一方、産地側でも、市場外流通の増大に対応すべく、JA経済連(LA全農県本部)は直販課を設置するなど量販店、外食・中食産業への直販の拡大を図ろうとしています。また、一部のJA経済連間ではリレー出荷の動きがみられるなど、野菜流通を今まで以上に効率的・効果的に行おうとする試みがなされています。このような野菜流通の変化に対して、系統農協全体としてはいかに対応しようとしているのでしょうか。
 系統以外では、この状況変化を「ビジネスチャンス」としてとらえ、商社、外食産業、卸などがITを活用した原料調達システムのベンチャーサイトを構築しています。たとえば、資材メーカーが中心となった「栽培ネット」、外食産業が旗振り役の「フーズインフォマート」、商社が介在している「MCベジフル」、花卉から野菜にIT取引を拡大しようとしている「ワイズシステム」など、まさに様々なサイトがあります。しかし、ここで注意しなければならないことは、「物」を生産、出荷している農業サイド、現場サイドから仕掛けた本格的なサイトは1つもないことです。客観的にみれば奇妙なことです。
 筆者は昨年から三菱総合研究所と協力し『食・農ベンチャーサイト』の事業化を進めています。事業化の過程で全国の8つの経済連を訪れ、青果物IT流通取引事業についての聞き取り調査を実施しました。その結果、各経済連とも今後IT流通取引は必ず必要となると考えてはいるが、その具体的な取り組みについては模索状況にあることが確認できました。この結果を受け、その後各経済連にIT流通取引事業の共同開発を打診したところ、いくつかの経済連から前向きな回答が得られました。

◆ 様々な知識を持った人たちとのネットワークを築くこと

 このサイトは、『契約栽培支援サイト』、『売買支援サイト』、『ベンチャー支援サイト』から構成され、第1段階として『契約栽培支援サイト』をインターネットによる青果物取引になれてもらうために6月から開設しました。このサイトは「野菜などの生産者やJAが契約栽培可能な生産情報をHPに入力し、外食・中食・スーパーなどがそれらを検索し、自社の要望に沿う生産者を見つける。逆に需要者が品目、契約量、参考価格などの需要情報を入力し生産者側が検索することができる」ものです。さらに、現在、第2段階として本サイトの目玉である『売買支援サイト』をいくつかの経済連と協力して開発しているところです。このサイトには、「売りたし、買いたしサービス」、「リレー出荷サービス」、「産地評価サービス」、「産地アピールサービス」、「代金決済サービス」が用意されており、できうる限り「生活者のニーズ」と「生産者の思い」をインターネット上でつなげたいと考えています。
 ITやベンチャーなどの新しい試みを農業分野で展開していくとなると、今までの農協のやり方、考え方では実現が難しく、新しい形での民間企業とのネットワークが必要となります。今回紹介した『食・農ベンチャーサイト』は1つの事例ですけれども、今後の日本農業にとっては、このような新しい形の連携を模索することが重要ではないかと考えています。今までの農業内部の人脈、或いは農業内部のノウハウだけではなくて、もう少し広い意味で様々な知識を持った人たちとのネットワ−クを築くことが必要だと思います。そういったことを構築して、初めて、農業が若者に魅力あるビジネスに育っていくではないかと思います。


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