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(ふじたに ちくじ)昭和9年愛媛県生まれ。昭和38年京都大学大学院農学研究科(農林経済学専攻)博士課程修了、平成10年京都大学定年退官後現職、京都大学名誉教授。 |
◆農協法の改正はどうあるべきだったか
JA陣営は何を目指そうとしているのか、国はJA陣営に何を期待しているのか、私には分かりかねることばかりである。
1つは、昨年開催された第22回JA全国大会決議の中で、第21回大会に全中が提案し採択され、JA運動の新しい路線の提起として注目を集めた「JA綱領」について、全く言及がなかったことである。そしてもう1つは、今回の農協法改正である。農政の重要課題は、法制度の見直し問題を含めて、農水省と自民党と全中との3者協議会で腹合わせが行われていると言われているから、今回の法改正の方向も基本的には全中が了承を与えたものであろう。むしろ第22回大会の決議内容として、大筋で破認済みだったと言った方がよいのかも知れない。
私は、今回の農協法改正の目玉の1つは、第1条の改正だ、と見ていた。その理由は2つ考えられた。1つは、「JA綱領」を制定した全中(JA陣営)の立場から、「農業と地域社会に根ざした組織としての社会的役割を誠実に果たします」という、遅まきながらとは言え、斬新な、かつJAの事業活動の実態に即した運動理念を第1条に反映させるのは当然だろうと考えていたからであり、もう1つは、農水省は、日本の金融産業の一翼を担うJA陣営の信用事業の健全性確保のための法制度的措置を講ずるだろうと想定されたが、それが説得力をもつためには、信用事業をはじめとするJA陣営の非農業面事業活動について、単に第10条における事業許容範囲としての規定に止まらず、第1条で明確な位置づけを与える必要があるはずだ、と考えたためである。
第1条には、JAの役割として「農業生産力の増進」と共に「農村社会の活性化」が挿入されるべきであった。農業者の定住域である農村社会の活性化にJA陣営が貢献する道は、信用・共済をはじめ非農業面事業活動を活性化することによって、行政や他業態による機能展開の不十分さや弱点を補い、さらに他業態への競争力・対抗力を発揮することである。このような方向で第1条を見直すことによって、信用・共済をはじめとする非農業面事業活動を裏舞台から表舞台に引き上げてこそ、“JAバンクづくり”の意味が明確になり、今回の農協法改正も、それなりの意味づけができたであろうと残念でならない。
◆営農型JAへの転換 法制度は未整備のまま
ところで、JAの事業が信用・共済をはじめ非農業面事業活動に傾斜してゆくことを批判的に見る研究者は少なくない。そのことを容認する私は、地域協同組合論者として、研究者仲間から批判的に見られて来ただけでなく、全中からも要注意研究者としてマークされているようだ。事実、全中トップ層の1人から、“地域協同組合という言葉は使わないでほしい”と注意を受けたことがある。
そのような立場からは、私が主張するような第1条の改正提案は、とんでもない暴論であろうし、今回の第10条改正によって、「組合員のためにする農業の経営及び技術の向上に関する指導」が第1項に位置づけられたことは、大いに評価するということになるのであろう。しかし、「農業者の協同組織としての原点に立ち返って、地域農業の振興等に従来以上に積極的な役割を果たす」ことを期待して(国の提案理由)営農指導事業を位置づけし直したからといって、すべてのJAが“営農型JA”に変身できるわけがないことは、すぐ後に述べる通りである。それどころか疑問に思われるのは、地域農業対応強化の方向にJAの運営路線を転換させるための法制度的条件は何一つ整備されなかったことである。全中の専門家は、それは法制度的に担保されるべき問題ではなく、運動論的、実践論的に具体化されるべき課題だという。その気概やよし、今後の取り組みに注目したい。
◆問われる“JAバンク”と営農指導事業との関係
ところで、私は誤解を受けているような地域協同組合論者ではない。組合員制度について正、准の区別を廃止するとか、JA制度を新たな地域協同組合制度に改変すべきだといった主張を行ったことはない。それは、日本の、分野別に分立している協同組合制度の全面見直し抜きには不可能な話である。私の立論は“JAの地域協同組合化不可避論”である。総合事業兼営が容認されているJAは、その組織基盤・事業基盤の構造変化に伴って農業面事業活動のウエイトが低下し、非農業面事業活動のウエイトが増大する。それは組合員農家経済の農業依存度の低下と軌を一にする。高度経済成長期以降、農業の産業規模が絶対的縮小をとげて来た日本においては、それがJAの農業面事業活動のウエイト低下に及ぼす影響は大きい。そのことを私自身は30年近くも前に理論的実証的に明らかにしている(桑原正信監修・農業開発研修センター編『現代農業協同組合論』第2巻、1974年刊、参照)。その結果、JAに対する組合員の期待・要求も非農業面活動を含めて多様化し高度化して来ているのである。むしろ、JA陣営がそのような組合員の多様化・高度化する期待・要求に十分に対応できていないことこそが問題とされるべきではないか。
ところが、私のような立論を批判する論者は、JAの事業構成の変化は、JAが経営主義の立場から信用・共済等の収益事業部門に力を入れ、農業面事業活動を軽視して来た結果だ、と見ているようだ。そういう傾向が全くなかったとは言い切れない、と私も見ているが、はたしてJA陣営に、日本農業・地域農業の絶対的縮小産業化を抑止できるような妙手があったであろうか。それはJA陣営を相対的に“上部構造”と認識しないことから出てくる、JA陣営への外側からの過大な期待・要求と言わざるを得ない。
むしろ心配なのは、JA指導層が、JAバンクづくりをいやおうなしに強要される一方で、“営農型JA”への回帰を少なくとも心理的に強要されることによって、パニック状態に陥ることである。“営農型JA”への回帰については、厳しさ増す農業情勢の下で、組合員の切実な願いともなっているだけに、指導層の悩みは深刻と拝察せざるを得ない。
なぜなら、JAバンクづくりは、信用事業部門内部の合理化・効率化に止まらず、信用事業収益にぶら下がっている非収益事業活動の合理化・効率化をも厳しく迫らざるを得ず、これが不可能なら、それらの事業活動を縮小ないし切り捨てる方向での対応を不可避とするであろうからである。現に、その意味では最大の問題事業と言っても過言ではない営農指導事業は、各府県中央会の監査サイド、経営指導サイドからは、合理化論・縮小論の矢面に立たされているのである。
◆両立への「妙手」――。
その発見こそ今後のテーマ
JAバンクづくりと営農指導事業強化論とを両立させることのできる妙手はあるのか。妙手が発見できなければ、JA陣営は、JAバンクづくりの路線をひた走ることとなるであろう。しかし、組合員が安心できる、破綻することのないJAバンクづくりは、それのみで組合員の利用結集を実現できるのか。
自信をもって提案できる立論には至っていないが、矛盾解決の方向は、営農指導事業(さらには高齢者福祉活動や生活文化活動=旧来の生活指導事業)がJAバンク(より大きく信用・共済をはじめとする生活面事業)を支える関係の構築であろう。信用事業分離論に疑問を投げかける論者が多いのは、分離されたJAバンクが他業態のバンクに伍して存立できる条件づくりをイメージできにくいからである。そこに有力なヒントがあると思われる。
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