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農協時論

地域を主役にした農政の展開を

新潟大学農学部教授 伊藤忠雄 
 

伊藤忠雄氏
いとう ただお
昭和19年新潟県生まれ。新潟大学農学部卒業後、助手、助教授を経て平成3年より現職。主著に『現代農業生産組織の経営論』(農林統計協会)など。

 「土に立つ者は倒れず
    土に活きる者は飢えず
       土を護る者は滅びず」
 万延元年、熊本県生まれの農政学者・横井時敬の遺訓である。
 下って今日、土に立つ者・活きる者、そして土を護る気概の者はめっきり減った。その原因のひとつが農政の展開にあると言って誤りはないであろう。
 先日、新潟市で食糧庁素案「米政策の総合的・抜本的見直し」問題をめぐる研究会が開かれた。午前中の問題提起を受け、午後からは大規模経営農家とJA幹部から現場報告がなされ、4時半過ぎまで活発な議論が展開された。これらの報告や議論を聴きながら、なぜ毎年これほどまでにコメが問題になるのかと慨嘆させられた。21世紀の基本法農政が始動し、食料・農業・農村政策へと大きくウイングを一杯広げたはずの施策も、このコメ政策見直しのドタバタ劇を見ていると、何やら空虚で魅力のないものに映ってしまう。
 研究会での議論を踏まえつつ、今日のコメ問題を考えてみたい。

◆稲作の構造改革のキーワードは「地域」

 第1に、水田農業の構造改革とは何かということについてである。今回のコメ政策見直し問題の最大のテーマは「水田農業の構造改革」であった。
 稲作の構造改革が最も遅れていると国が主張し、根拠にしている主要な指標は主業農家のシェアである。粗生産額や農家割合でみると野菜作や酪農部門での比率の高さに比べ、稲作部門は確かに立ち遅れている。従って、担い手農家に施策を集中かつ重点化し、主業農家の比率を大きく高めたいという政策が打ち出されていた。しかしながら、この改革案が全国的に猛反発にあい、「暴挙」とまで批判されて稲作経営安定対策から副業的農家を除外するという方針は文面から消えた。
 現場報告者の一人で稲作経営者会議役員を務めるSさんは、平坦部で水田を17ha経営し(稲の作付けは12.5ha)、2集落から12haの転作を一括引き受けているが、米価低迷等で稲作経営が苦しくなり、妻、長男、次男で携わってきた労働力のうち、次男を「リストラ」したという。役員として農水省や県、そして全国各地にも足を運んで精力的に情報収集や政策要請活動に動き回る同氏であるが、いまのコメ政策議論を評して「主業だ副業だという極端な議論がなされている。地域においては専業と兼業農家が連携をとらないと生き残れない。それぞれの地域性を活かしながらお互いに一体で農業に取り組むべきだ。」と言い切っていた。
 この発言に象徴されるように、稲作の構造改革のキーワードは「地域」なのだ。それを欠落した議論は地域では問題にされない。ここが園芸農家や畜産農家と決定的に違うところであった。

◆不安定な農政が集落営農をダメにする元凶

 第2は、これほど短期で政策が大きく変わらなければならない基本的な要因についてである。問題提起したNさんは、14年米穀年度の需要量が急遽900万トンに減少した点に触れ、外国産米の圧迫を問題にした。加工用米に限られているはずの外国産米77万トンのうち、11年米穀年度以後27万トンのMA米が主食用に出回り、これが減反強化のしわ寄せになっている点を突いた。食糧法にもとづき備蓄量150万トンを基本としたはずの方針が、財政事情から50万トンも減少するという政策姿勢を批判した。
 「食管を守るため」「米価下落を阻止するため」と、その時々の都合で猫の目のように変わってきた減反政策が、もはや生産現場では信頼を失っている。1年限りとされたはずの「緊急総合対策」も、生産者には何ら説明がなされていない。
 毎年装いを変えて仕組まれる制度や補助金等は年々複雑になり、集落説明会などでは説明する側の時間ばかりかかり、農家からの質問に立ち往生する場面がしばしばだという。新潟市近郊から参加した生産者SKさんは、このような不安定な農政が集落営農の中・長期展望をダメにしている元凶だと、半ばあきらめ顔で私に語った。後継者のためにも、もっと真面目に将来の集落営農を考えたいが、それが出来ないというのだ。

◆中山間地域の転作消化の70%が実績算入水田

 第3は、中山間地を多く抱える魚沼地域のJA幹部職員Tさんは、山間部の管内のある村では、転作消化の70%が実績参入水田であるという衝撃的な話しを紹介した。容赦なく面積拡大される山間部では、棚田や豪雪という条件等もあり、転作目標面積のうち実転作は20%で、残りが大量の実績参入と10%の調整水田で対応しているという。こうした中山間地域の水田面積はコメどころの新潟県でも40%に達する。減反の実績参入という形でカウントされている水田の実態は、既に長い間耕作放棄田に化しており、奨励金の付かないまま、そして復田の日の来ないまま荒廃しているのであった。
 先日、集落カードを用いて耕作放棄地率及び耕作放棄地保有農家率の発生状況を示した新潟県上越地域7か市町村の解析図をみて驚いた。発生率が高まるにつれてブルーから濃いピンクに示された図面は、1975年から5年ごとに時代を下るにつれて中山間地域を中心にピンク色に染まり、95年の状況はまさに深刻な事態となっていた。一体、この国に農政は存在するのか、鮮やかなピンクの図面は拳(こぶし)を上げて訴えているようであった。中山間地域における転作の展望は何も語られていない。

◆再生産を補償する価格安定策を講じよ

 第4は、コメの流通・価格を自由に野放し状態にしながら、減反で手足を縛る政策の矛盾である。これでは担い手が伸びることが出来ないではないか、問題提起のNさんは鋭く指摘した。「安定」をねらいとしたはずの食糧法は、既に破綻したという声も出た。中国のWTO加盟で、一層海外からの攻勢が強まる状況下において、再生産を補償する価格安定対策を講じることが望まれている。
 担い手農家にとって、いまの状況下ではコメ単作だけでは生き残れない。手厚い転作助成金は確かに大きな経営の支えである。それだけに収益の上がる転作対応に向けた努力がなされているが、強制感の強まりは角を矯めて牛を殺すの喩えにも似て、真の本作化を定着するにはほど遠い施策になっている。意欲と自主性、そして創意工夫が認められるような展望が望まれている。
 そうした工夫の好例を先頃新潟県下の農業改良普及員の実績発表会に参加する機会で痛感した。最優秀になった農業改良普及センターの発表した「大豆パワーで地産地消・食農教育」が面白かった。大豆の本作化と「わんぱくパン」(大豆パン)の学校給食への導入、食農教育の推進、地産地消を課題としたこの取り組みは、地域や子どもたちの支持を得て大成功した。学校給食への導入目標を本年度は7校としていたものが、結果的には20校になり、大豆の転作面積も目標を大きく上回る実績となった。
 何よりも、地元産転作大豆の新たな加工に着目し、それをパンにし学校関係者まで巻き込んで広げるとともに、消費拡大のイメージアップを図った若い女性普及員の発想に感動した。
 明るさや、展望の語れる農政が望まれている。国が主役ではなく、地域こそが主役になれるような条件整備と支援策が望まれているのである。そうした施策が土に立つ者を増やし、土に活き、土を護る時代を築くのだと思う。


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