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農協時論

時代とともに進む

阮蔚(Ruan Wei) 農林中金総合研究所 副主任研究員 
 

阮蔚氏

阮蔚(Ruan Wei):農林中金総合研究所副主任研究員
1962年中国生まれ。82年、上海外国語大学日本語学部卒業。92年に来日、95年に上智大学大学院経済学修士終了。95年から現職。著書・論文に『中国の世紀 日本の戦略』(共著、日本経済新聞社、2002年)、『中国WTO加盟の衝撃』(共著、日本経済新聞社、2001年)、「長江大洪水の総決算」(『中央公論』99年3月)、「中国の対米輸入拡大で強まる対日輸出拡大の圧力」(『農林金融』2002年12月号)。

◆中国共産党の「与時倶進」理念

 現在中国社会のコンセンサスの一つは「与時倶進」(時代とともに進む)ということといえよう。その最たる例は「中国共産党はサバイバルしていくためには、先進的な生産力、先進的な文化、大多数の国民の利益という3者を代表していかなければならない」という「三つの代表」論であるが、これは昨年11月に開かれた中国共産党第16回全国代表大会で共産党総書記を引退した江沢民が打ち出した理念だ。
 第16回党大会で新しい党規約にこの「三つの代表」論を盛り込ませただけではなく、「プロレタリア」「資産階級」という表現が削除され、革命の敵対的対象でありつづけてきた「資本主義」にも触れていない。「大多数の国民の利益を代表する」という中国共産党の新しい自己定義は革命政党から「責任ある与党」への転換を意味し、共産主義的なアプローチから社会民主主義的なアプローチへのシフトという意味で、中国政治・経済の展開において画期的なものである。
 日本のマスコミなどは私営企業家の入党などを含むこれらの根本的な変化に対して、もう共産党ではなくなるのではないかと議論している。確かに昔の共産党ではなくなった。逆に昔の共産党の思想にこだわったら、中国共産党自身が時代の変化に追いつかずにいつか政権の座を追われるのが必至だろう。いわば、「与時倶進」でなければ淘汰されるのだ。
 中国の一般国民も「変わって当たり前」という意識が強まりつつある。90年代まで少なくとも表面的には失業が許されなかったが、現在リストラは当たり前のように行われている。前は働いても働かなくても給料が同じだったが、いまは実力主義で成果によって報酬も当然大きく変わる。政策がよく変わるとも内外で指摘されているが、政策には不備があれば、また常に変わっていく現状にあわせる必要があるため、政策も変わらなければならないという一面の理屈があるようだ。実は、約20年前からの改革・開放政策を含めて、各方面にわたる多種多様な変化を経て、今日の中国に到ったのだ。

◆改革を加速する中国農業

 難題が山積する中国農業もこの20年間、変化の道をたどってきた。80年代の最も代表的な出来事は、完全な制度変化をもたらした人民公社の崩壊である。日本の個人農に近い家庭請負責任制の導入は、農業生産の飛躍的な発展をもたらし、食糧不足という中国の世紀的な難題をほぼ解決した。
 90年代では土地制度、組織制度、穀物流通などを含む農業と農村の市場化改革を模索し、ある程度の効果があった。しかし、農業への資本投入不足や、生産性などを向上させるのに役立つ農協組織の不備、農家の所得低迷と差別的待遇、流通の遅れ、農村金融の欠乏、効率の悪い農業政策を生む縦割り行政など、農業サイドの問題は、既得権益や惰性によって大きな改善は見られなかった。農業分野の改革に限って言えば、どこかで聞かれる「失われた10年」という表現が当てはまる。
 そこで中国政府は、農家の所得と農業競争力の向上につながる諸改革に本気に取り組むことをねらって、背水の陣の決心で、2001年末に農産物市場の大幅な開放という条件でWTO加盟に踏み切った。生産量を求めるより良質化・効率化を求める農業構造改革、農村の人々が都市部に移住することを認める戸籍制度の改革、穀物流通の市場化、農業税を減らすなど、さまざまな改革がようやく本格的に動き出した。
 もちろん、これらの改革はWTO加盟するか否かと関係なくいずれ実施することになろう。30年後に約16億にもなる巨大な人口に十分な食料を提供しなければならないからだ。しかし、WTO加盟はこうした改革を加速し、また後戻りのできないようにするところに意味がある。 
 また、中国はASEANとの自由貿易協定(FTA)締結へのプロセスにおいても同様の行動を取っている。例外を設けず農水産物を含むモノ、サービス、投資を対象に2005年までに交渉を終える。それだけではなく、中国は生鮮野菜、果物、魚介類、乳製品など農水産物の8分野について2003年早々にも前倒しで市場開放をする。これは、中国・ASEANのFTAの早期実現を目指して中国側がとった措置であるが、市場開放という劇薬を使って、短期的に混乱が生じても、長期的には農業競争力の向上を手にする、という中国首脳部の決意の現れでもある。
 各利益集団の利益を保護・調整する民主主義体制からすれば、これらはまことに無謀な措置だが、中国はこれまで20年間の改革の経験に基づいて、「改革をすれば危険は伴うが、改革をしなければ将来はもっと危険だ」という共通認識を徐々に作り上げている。

◆競争力を強化できる日本農業

 中国サイドからみた日本の農業は、高額助成や優遇税制、輸入制限などといったさまざまな保障がなされている「温室の中の花」のようにうつる。実は、中国農業に比べて日本農業は多くの面において優位にある。農業労働力1人あたり農地面積は日本のほうが広く、水資源も日本のほうが豊かだ。農業競争力に重要な役割を果たす農業技術、新品種の開発なども日本は世界でみても高い水準にある。農業金融、流通インフラ、組織化、機械化など、農業をめぐる各種制度も中国より遥かに充実している。こうしたよい条件に恵まれている日本農業は、いくつかの改革を行うだけで競争力が回復するはずだと中国サイドからは見える。
 まず、日本の高い農産物価格を思い切って引き下げることだ。もちろん、担い手農家に限定してEU型のような直接所得補償を導入する必要がある。例えば、もし米価が大幅に下がったら、業務用米や、米粉、飼料用などの需要が大幅に増えることになろう。こうした需要が増えれば、米の生産が拡大し、生産調整という悩ましい問題も解決できるかも知れない。これにより日本の食糧自給率は向上するに違いない。
 また、東アジアのFTAの構築に向けてアジアの先進国である日本はリーダーシップを取るべきである。アジアの問題は農地が少ない割に農業労働力を大量に抱えていることだ。日本は労働集約的農産物市場の一部をアジア向けに積極的に開放していくことは、日本のリーダーシップの発揮に寄与することとなる。
 さらに、高い技術と豊富な資本という優位を利用して日本のブランド農産物を作って、中国やASEANないし世界に向けて輸出する。中国は所得の格差が大きいゆえに、いろいろな消費層が存在している。世界最高級の800万元程度(約1.2億円)の車が売れている中国では、高級牛肉や果物、魚介類などへの需要が高い。こうした高品質のものを中国に向けて輸出することが可能である。実際に、中国の国内空港とスーパーで日本のリンゴと梨が販売されているのをみたことがある。
 今後、日本農業の競争力が強化されるかどうかは、時代の変化とともに変わっていく決意があるかどうかにかかっているのではないだろうか。


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