農業協同組合新聞 JACOM
   
農協時論

経済事業の実態は分析されたのか
―農協のあり方研究会報告書の疑問点

藤谷築次 社団法人農業開発研修センター会長 
 
 本紙では前号からシリーズ「農協のあり方を探る」をスタートさせた。今後、さまざまな立場からの寄稿、インタビュー、対談などを通じて、これからの農協の姿はどうあるべきかを考えていきたい。シリーズ2回目は、藤谷築次(社)農業開発研修センター会長に農水省の「農協のあり研究会」がまとめた報告書をめぐって寄稿してもらった。

藤谷築次氏

ふじたに・ちくじ 昭和9年愛媛県生まれ。京都大学大学院農学研究科博士課程(農林経済学専攻)修了。京都府立大学農学部教授を経て京都大学農学部教授、同大学院農学研究科教授、平成10年定年退官後現職。日本協同組合学会会長等を歴任。『農協運動の展開方向を問う―21世紀を見据えて―』(編著、家の光協会)など著書多数。

 3月28日に発表された農水省の「農協のあり方研究会」の報告書「農協改革の基本方向」は、一見するとかなりしっかりした内容構成であり、期待をもって読んだが、例によって、理論的、実証的裏付けの乏しい“官僚の作文”以上のものではなく、がっかりさせられた。JA組織の内外の議論の素材となればと考え、率直に疑問点を提起することとしたい。

◆基本的疑問  「筋の通った反論」はあったのか

 最初に本「報告書」の基調をめぐって、基本的な疑問を提起しておきたい。第1は、この「研究会」は、いやしくも農水省が設置したものであり、当然のことながら、「経済財政諮問会議」や「総合規制改革会議」の“現代版反産論議”とでも言うべき、反農協的、協同組合運動否定的論議をどう糾すのか、という責任があったはずである。しかし、そういう問題意識はまったくといっていいほど感じとれないばかりか、「はじめに」のニュアンスをはじめ、2つの「会議」の論調に棹さす基調ではないのか。
 第2の基本的疑問は、全中副会長をはじめJA関係者が5名も委員に名を連ねていて、なぜこんなまとめになってしまったのかということだ。確かに農協陣営が国民的批判を浴びるような問題を起したという弱みがあったことが、筋の通った反論さえ困難にした、という事情はあろうが、「研究会」事務局を担当したはずの農協行政当局の時流迎合的姿勢は批判されてしかるべきではないか。さらに、“筋の通った反論”ができる理論武装が農協陣営になかったのだとすれば、これは大問題だと言わざるを得ない。
 第3の基本的疑問は、「農協系統の経済事業を中心として、抜本的な改革を確実に遂行するために何が必要かという問題意識」で議論を重ねた、とあるが、意外に通り一遍の指摘が多い一方、具体論となると説得力に欠ける立論が目立つ(後述)。殊に「農協系統の問題点」と「農協改革の理念」の2つのパートの内容は、まるで農協陣営に対するお説教のような論調であり、現場で努力し苦労している多くの役職員の反撥を招くのではないか。

◆経済事業改革  連合会機能を過小評価した報告書

 農協系統の経済事業の抜本的な改革案として、どんなすばらしい提案がなされるのだろうと期待していたが、この中身では、羊頭狗肉もいいところではないか。改革の基本方向として提起されているのは、私なりの受け止め方をすれば、(1)“選択と集中”の観点からの経済事業分野の見直し、(2)本格的経営者の確保、(3)単位JAの自立的対応の強化と全農機能の縮減・弱体化、の3点である。それぞれに関して疑問があることは以下に述べる通りである。
 第1は、「国産農産物の販売の拡大」をめぐってである。JAによる消費者・実需者への直接販売が強調されているが、それで何が変わるというのか。販売単価の大幅アップができるわけでなく、JAの販売事業収支の大幅改善ができるとも思われない。むしろ過大な期待は禁物ではないか。それどころか、個々のJAのばらばらの対応で、取引力が強大化してきている量販店等との有利取引ができるはずがない。連合会の機能を過小評価するのは間違いではないか。
 第2は、「生産資材コストの削減」をめぐってである。「組合員への供給価格を下げるため、全農と商系業者を比較し、有利な方から仕入れるといった手法も取り入れるなど」と単位JAを挑発しているが、単位JAが全農に仕入価格引下げ努力を促すために、そのような対応をちらつかせることまで無意味だとは言わないが、商系業者との単純な比較秤量を促すのはいささか無定見ではないか。寡占的メーカーが、いかに商系業者を、農協系統ルートに対抗し、それを牽制する販売ルートとして系列化し育成し、市場支配の梃子としているか、の実態分析抜きに、系統共同購買の意義を否定するような立論をしてよいのか、ということだ。
 第3は、なぜ生活関連事業を軽視するのか、ということだ。「JAの存在意義は、農産物販売と生産資材購買で組合員のメリットを出すことにある」とはよく言えたものである。各JAがどの事業にどう取り組むかは、農協法第10条の事業の許容範囲を踏まえて、各JAが自主的、主体的に判断すべきことである。もし、組合員の農業経営に関わる事業がJAにとってより大事な事業だというのであれば、農水省が“JAバンクづくり”に力を入れている信用事業や共済事業はどう位置づければよいのか。これらは組合員の生活経済を支える重要な事業ではあっても、農業経営や農業生産力増進との関係で基本的な位置づけができる事業分野でないことは自明のはずである。
 農協陣営は、信用・共済事業を含めて組合員の生活関連事業をむしろ重視していく必要があるのではないか。

◆生活関連事業の重視こそ課題

 また、「報告書」は、生活関連事業の項のなかで「競争力があるか、JAの立場から見て組合員の利用上必要かつやむを得ない場合にのみ行うべきであり」と言っており、総論としての“選択と集中”は、ここのために用意されたのかと気が付いた次第である。しかし、JAが「必要かつやむを得ない場合」以外に、赤字でも道楽でやっているような事業活動がひとつでもあるというのだろうか。
 第4は、「経済事業等の収支均衡」をめぐってである。確かに、事業部門別収支管理を徹底し、農協経営の安定化・健全化を図ることが大切な課題になっていることは否定できないし、経済事業部門の収支改善が喫緊の課題であることは間違いない。しかし、“廃止、事業譲渡、民間委託”がなぜ赤字部門の改善方策なのか。また、“分社化”してうまくゆくのなら、農協内部事業としてなぜうまくやれないのか。それは農協の自己否定を容認していることを意味しないか。
 「報告書」は、「信用・共済事業の収益がなくても成り立つ経済事業等を早急に確立する必要がある」ことを繰り返し強調し、結果的には短期的視野で赤字部門切り捨て論を主張しているが、赤字が当たり前の営農指導事業が曲がりなりに維持できているのも総合事業経営の妙味である。赤字だが「必要かつやむを得ない」事業部門や活動が、信・共両収益部門に逆寄与を行なっていることを「研究会」は無視ないし過小評価しているのではないか。

◆むすび  自主的な協同組織として自主改革を

 この「報告書」に関してはまだまだ疑問は尽きないが、紙数の関係でこれ以上は言及できない。2、3点補足するに止めざるを得ない。ひとつは、“営農指導”についての考え方がきわめて不明確だということ。以前農水省が設置した研究会では“地域農業の指令塔”としての機能発揮を期待しておきながら、今回は“販売事業等の先行投資”つまり、販・購買事業への支援・助成機能に限定してとらえているのはどういうことか。
 ふたつは、なぜ今回の「報告書」でJAの経営者問題が唐突と思える形で提起されたのか、ということである。自覚と能力のある経営者確保の仕組みの構築が明記された意義は大きく、本「報告書」で唯一評価したいのはこの点であるが、なぜ農水省はこの問題をこれまで放置してきたのか、ということだ。証文の出し惜しみもいいところではないか。さらに、“JAのあるべき経営者像”の検討はまったく不十分と言わざるを得ない。
 最後に、農協陣営の事業活動と国の農政との関係の見直しを提起しておりながら、元の木阿弥になってしまっていることである。国の政策の至らなさを農協陣営のせいにするような記述があるが、御門違いも甚だしいと言わざるを得ない。また、「農業者の自主的な協同組織」と認める限り、国の思い通りに農協陣営が動いてくれると考えるのは間違っているはずだが、随所に“国の農政に従え”という趣旨の文章が出てくるのはどうしたことか。
 もちろん大いに期待したいのは、JA陣営の自主改革への取り組みである。 (2003.5.8)


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