農業協同組合新聞 JACOM
   
農協時論
人口減少時代こそ食料の自給率向上を
太田猛彦 東京農業大学地域環境科学部教授


◆人口減少社会を初めて総合的に検討

太田猛彦 東京農業大学地域環境科学部教授
 昨年末、わが国の人口は予想よりも早く、2005年に減少に転じたと報道された。その影響は都市よりも農村・山村でより深刻であろう。他方、世界の人口は今後も増え続け、現在の64億が2050年には89億に達すると推定され、食料とエネルギーの世界市場での奪い合いはますます激化すると考えられている。
 そのような状況の中で、日本学術会議(第19期)は、人口減少社会においてこそ、わが国は食料もエネルギーもその自給率を向上させるべきであるとする対外報告「人口減少時代の“豊かな”社会−わが国の人口・食料・エネルギー問題−」を発表し、筆者はそのとりまとめ役を務めた。この報告は、農業関係においては、WTO交渉におけるわが国の主張に関連して農業・森林の多面的な機能の重要性を理論づけた日本学術会議の2001年の「答申」、水産業・漁村の多面的機能に関する2004年の「答申」につぐ、農業の基本政策に関わる重要な報告と思われるので、その内容を紹介し、若干のコメントを加えたい。
 最初に述べたように、この対外報告は、わが国における人口減少および年齢構成のアンバランス化の問題は21世紀の日本社会にとってきわめて重大な問題であるにもかかわらず、総合的な検討はまだ不十分であるとの認識のもとで、日本学術会議「人口・食料・エネルギー特別委員会」が2年にわたる審議ののち公表したものであり、“人口減少社会”を総合的に検討した最初の報告書と思われるので、その骨子をまず簡単に紹介する。

◆経済的成長から文化的成長への意識改革を

 すなわち、わが国が人類全体の持続可能な社会の構築に貢献し、自らも豊かな21世紀社会を実現するには、その前提条件の一つとして、わが国における人口減少問題を克服する必要がある。その場合、私たちは積極的に人口減少を受け入れ、そのメリットを生かして持続可能で豊かな社会を構築するべきである。そのためには、物質的豊かさ志向から“新たな”豊かさを追求する社会を目指すことになる。それは、わが国の国家目標を経済的成長から文化的成長とも呼べるものに転換する必要があることを意味する。
 人口減少を受け入れるとしても、減少の割合と年齢構成のアンバランス化の現在の傾向は急激過ぎて社会を衰退させかねない。そのため、少子化を抑制する対策が不可欠である。そして、その少子化対策の基本は、男性の過労死や女性の子育てノイローゼを生み出すような生活スタイルから「ライフ&ワークバランス」を志向した生活スタイルへの転換である。また、人口減少社会では、女性と男性、高齢者、外国人のそれぞれが従来から果たしてきた固定的役割を変更する「役割改革」を実現する必要がある。これらのためには意識改革を促す教育が重要である。
 ほかにも人口減少社会に備えて、対応する雇用政策の確立、外国人受け入れへの対応、都市のコンパクト化、農山村地域社会の再編等を含む社会・産業構造の見直し、健康・医療面での対応、税制などの諸制度の整備等が必要である。

◆許されない食料の大量輸入

 特別委員会は上述のような総合認識のもとで、特に食料とエネルギーの問題を取り上げ、集中審議を行った。食料に関していえば、アメリカやEUの先進諸国だけでなく、中国、インド、バングラデシュ、パキスタンなど1億人以上の人口大国がいずれも90%以上の食料自給率を有している中で、不足しがちの世界の食料を日本のみがこれまでのように大量に輸入し続けることは許されなくなるだろう。
 また、穀物のポスト・ハーベスト農薬問題、中国野菜の残留農薬問題、牛肉のBSE問題など食の安全に関して発生した近年の大きな問題は、その多くが輸入食料と関連している。
 さらには、世界最大の食料輸入国は世界最大の食料輸送エネルギー消費国であり、輸入された膨大な栄養はわが国の土壌や水域の富栄養化を進めているだけでなく、世界的に水不足が深刻な問題になるなかで、わが国は食料生産国で膨大な“ヴァーチャル・ウォーター”を使っているとの指摘もある。
 したがって、このような状況を考えるとき、わが国においては、人口減少社会の到来が確実でありかつその農村への影響がより深刻であると予想される中でも、食料自給率の向上に向けていっそう努力する必要がある。

◆自給率向上には兼業農家などの収入安定が不可欠

 対外報告は、人口減少がそのまま自動的に食料自給率の向上につながるものではないことを指摘したあと、その自給率向上の可能性に関して概略以下のように分析している。
 自給率向上の鍵は小麦と大豆と畜産を支えている飼料作物の増産であり、そのためには農地利用率の向上が不可欠となるが、二毛作が盛んであった1955年頃の農地利用率(145%程度)を考慮すると、作付け面積の点では十分増産可能である。また、コメを中心とした日本型食生活の復活も自給率向上に有効である。
 農業を支える主体に関しては、他業で生計を立てながらも地域に存続し農業・農村の多面的機能を担ってきた第二種兼業農家の農業的機能の増強と中山間地および北海道を中心とする専業農家の収入の安定化が不可欠である。日本農業の実態を分析すると、専業農家や農業会社の強化のみでは自給率向上を支えきれないとの考え方である。
 また、これらを推進する施策としてはEUモデルに基づく日本型デカップリング政策の実行があるが、その場合、農業生産の質の向上ばかりでなく量の拡大にも十分なインセンティヴをもたらすものでなければならない。さらに、光エネルギー利用の効率化や根圏制御などの植物自身の能力を高める研究等、高収量と高品質をもたらす技術開発の推進も必要であろう。

◆エネルギー自給率向上へエネルギー作物の生産も

 一方、対外報告はエネルギーに関しても、化石エネルギーから自然エネルギーやバイオマスエネルギーなど「再生可能なクリーンエネルギー」への転換、すなわちエネルギー自給率の向上の必要性を打ち出している。具体的には、カーボン・ニュートラルなバイオマス経由の液体又はガス燃料、さらに最終的にはそれらからの水素の製造による水素エネルギー社会の実現が理想的であるとされた。
 日本のエネルギー政策が、これまでの石油依存から脱し、エネルギー源の多様化と国内自給率の向上へと転換するならば、その場合のバイオマスエネルギー利用とは現在「バイオマスニッポン」計画で推進中の廃棄物系バイオマス利用のみでなく、エネルギー作物の生産という新たな日本農業を生み出す可能性を示唆している。しかし、この面での議論はほとんど行われていないのが現状であろう。

◆豊かな地域社会の再建こそ急がれる

 長期にわたって続いてきたWTO農業交渉も、いよいよ2006年には最終局面を迎えようとしているように思えてならない。わが国は先の「答申」で理論づけられた「農業の多面的機能」の、特にモンスーンアジアでの有効性をより強力に主張するとともに、国内では食料の自給率向上政策をさらに真剣に議論していく必要があろう。そのためには、人口減少時代に入りいっそう過疎化が進むと予想される“地方”での地域社会の再建が、それも“豊かな”地域社会の再建が、デカップリング政策を取り入れた農林業の改革を含めて急がれるべきである。

注)上記対外報告は日本学術会議のホームページ
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/dpf/kohyo-19-t1035-4.pdf
で閲覧可能である。

(2006.1.30)


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