「今 農協に求められている
コーポレイトガバナンスとは」
滋賀県立大学環境科学部教授 小池恒男
コーポレート・ガバナンス論かまびすしき今日この頃であるが、一人蚊帳の外にある観がなきにしもあらずの農協論壇である。なぜそうなのか、という疑問に対して返ってくる冗談半分の回答は、多くの場合、一般企業や生協におけるような経営支配や取締役(組合長)の暴走を起こすような人材が不在で、経営支配や取締役の暴走が起こりようがないというものである。
しかしはたしてそうなのであろうか。
岡本好広氏は、生協においてコーポレート・ガバナンスが求められている理由として、
(1)経営悪化のなかでの紛飾決算、そして倒産、和議、社会的信頼を損なう事件が連続して起き、抜本的対策が求められていること、
(2)経営不振が構造的問題となり、建て直しとともに社会に対する正しい情報開示が求められていること、
(3)組織の存在価値が問われるようなトップによる「経営の私物化」が発生して社会問題になっていること、
等々の諸点をあげている。 (1)
そういう意味では、コーポレート・ガバナンスの問題を経営支配や取締役の暴走に矯小化してしまうことの弊害がまず指摘されるであろう。農協に今どのようなコーポレート・ガバナンスが求められているのか、改めて検討してみる価値がありそうである。
◆ガバナンスの改革と強化が
農協にとって今日的課題
まず、コーポレート・ガバナンスについてであるが、これについては一応、「企業経営の目的、企業経営の基本的意思決定の主体と方式、およびその根拠(企業経営のconstitution=構成原理)に基づいて、企業経営が適切に行なわれているかどうかを判断し、企業経営を統治すること」と定義しておくことにしたい。
(2)
したがって、コーポレート・ガバナンス問題というときに、当然のことながら不適切な企業経営とその統治の不能が問題になるわけであり、したがってその事態を発生せしめた企業経営のconstitutionのすべてが検討の対象となる。しかしながら、それは必ずしも不適切な企業経営や企業経営の統治不能の極限的な状況のみをみるのではなく、当然のことながら、不活発な企業活動や組織の活性化をコーポレート・ガバナンスの問題としてとらえ、ガバナンスを改革し強化するという課題をとらえるアティテュードが大いにあるべきであろう。コーポレート・ガバナンスについてこのように認識するとき、農協にとってガバナンスの改革と強化がまさに今日的課題として認識されなければならないということが明らかになるであろう。
◆2つのモデルを援用して問題の解決図る
そこでつぎに、それではこのガバナンスの改革と強化がどのように具体的に追求されなければならないかについての検討が求められることになるであろう。その際、プリンシパル・エイジェンシー・モデル、ステークホルダー・モデルは、コーポレート・ガバナンス問題を解明する研究モデルであると同時に、ガバナンスの改革と強化のための理論モデルでもあると位置づけたい。したがってその検討の対象は不適切な企業経営であり企業経営の統治の不能の問題であり、その事を発生せしめた企業経営のconstitutionのすべてということになるであろう。
そしてここでは、プリンシパル・エイジェンシー・モデル(主権者‐代理人モデル)については、「企業の主権者が自らの利益を代理人に効果的に守らせるために、どのように代理人をコントロールするか、この観点に立ったコーポレート・ガバナンス問題の解明とガバナンスの改革と強化のための理論モデル」
(3)、また、ステークホルダー・モデルについては、「ステークホルダー(利害関係者)の企業経営へのどのような関与が、企業のより望ましいガバナンスをもたらすか、この観点に立ったコーポレート・ガバナンス問題の解明とガバナンスの改革と強化のための理論モデル」という定義が与えられるであろう。このような理解に立てば、問題の解明とガバナンスの改革と強化のための両理論モデルが決して二者択一のものでないことが自明のものとなるであろう。むしろ、問題の解明とガバナンスの改革と強化のための方策の案出にあたっての、両モデルの一体的な援用こそが重要であろう。
◆広域合併JAにこそ問われる
マルチ・プリンシパル対応とは?
はじめに、プリンシパル・エイジェンシー・モデルに基づいて農協のコーポレート・ガバナンスについて考えてみよう。全国的な広域合併の進行、地域協同組合化と新たな職能的結合の再編強化という対極の二つの方向の同時追求が強く求められるという状況のもとにあって、ここではやはり、マルチ・プリンシパル・モデルについての検討が不可欠であろう。大学生協のように、圧倒的多数の学生組合員と少数の教職員組合員という組合員構成によって規程されるきわめて限定的、固定的なプリンシパルと異なり、上記の理由により農協についてはマルチ・プリンシパル化対応が強く求められることになる。
そしてそこでは、
(1)直接的参加をめぐっての改善(たとえば部会の権限強化、分権化等々の検討)、
(2)間接的参加をめぐっての改善(総代会、理事会の改革)、
(3)利用を通じてのガバナンスの改革・強化(協同組合としてもっとも検討を要する重要課題)
が意識的に追求されなければならない。
つぎに、ステークホルダー・モデルに基づいて農協のコーポレート・ガバナンスについて考えてみよう。地域協同組合化という方向をめざすという命題からするならば、農協についてはやはりマルチ・ステークホルダー・モデルについての検討が不可欠ということになるであろう。
しかしその際に求められるのは、一つには、地域とのかかわりにおいて「農のあるまちづくり」という観点を掴んで離さないという原則、二つには、プリンシパル・エイジェンシー・モデルの優先の原則、三つには、主権者と利害関係者の連携関係の形成という原則の堅持が強く求められるであろう。
◆連合組織による経営支配も深刻なガバナンスの問題
最後に、農協系統組織のコーポレート・ガバナンスの問題として考えておかなければならないもう一つの問題にふれておかなければならない。 それは、農協系統組織にあっては経営支配の問題が創業者支配であったり、ワンマン経営という形態をとらずに、連合組織による経営支配という形をとってのガバナンス問題があるのではないかという点についてである。
農協系統組織にあっては、独自の課題として、この側面からのガバナンスの問題についての意識的な検討が求められるであろう。「経済連の収支構造は暗黒の世界のなかにある」というような実態をしばしば耳にするのであるが、そうであれば、そこには「連合組織による経営支配」という深刻なガバナンス問題があるということになる。この点についての検討も重要である。
【注】
(1)岡本好広「生協におけるコーポレート・ガバナンス」、(財)生協総合研究所『生協総研レポート』No.19、1998・5。
(2)この定義は、われわれの「生協経営研究会」での議論をふまえたものである。参考文献としてあげておきたいのは以下のものである。岡本好広「コープレート・ガバナンスをどう理解するか」、(財)生協総合研究所『生協総研レポート』No.19、1998・5。
(3)岡本「前掲論文」
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