農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事
高まる身近にある都市農業への期待
「都市農家と話そう」東京23区南生活クラブ生協のミニフオーラムから
坂田 正通



 戦後60年、日本の都市建設は、充分な緑地やオープンスペースを作り出すような余裕もなく、経済の高度成長をはさんでひたすら住宅・ビル建築の都市開発に向けて走りつづけてきた。その過程で都市農業は消滅すべきものと考えられてきた時期がある。現在もこの傾向は続いている。しかし、最近になって市民の意識も変化してきている。緑の環境を維持する都市農業への役割に気付き都市農業を支援し、都市の農地を保全すべきであるという意見も多くなってきている。市民は身近にある都市農業に新鮮で、安全な農産物の供給を期待するようになった。
 そうした流れに応えて、生活クラブ生協が東京世田谷区で5月10日にミニシンポジウム「都市農家と話そう」を開催し、5月15日には一般市民の生き物環境調査で「都市農家訪問」を実施した。そのなから、基調報告をした大河原雅子都議と東京・世田谷で農業をする小泉紀雄さんの話を紹介する。

◆食品の安全性から農業を考えるようになった 大河原都議会議員

大河原都議
大河原都議

 10日のミニシンポジウムには、生協組合員を始め約20名が参加した。シンポジウムのパネラーは森田美和子生活クラブ生協理事、 生活者ネットの大河原雅子都議会議員と佐藤まさ子事務局長、そして東京・世田谷で農業を営む小泉紀雄さん(東京都特別栽培有機認証制度登録農家)の4名で、山木きょう子世田谷区議がコーディネーター(司会)をつとめ、大河原都議が基調報告を行い、パネルディスカッションが行なわれた。
 大河原さんは12年前に初当選したが、127人の都議会議員で職業欄に農業とあるのは1人だけだった。初当選したときに、消費者の立場から東京農業と有機農業について議会質問をした経験をもつ。
 「農業は国が大きな方針を決めて、国内の農業を守り、外国とせめぎ合いをして、できれば輸出もすることで来たが、現実は違っている」と大河原さんは話す。
 実際に農家は減る一方で、担い手は高齢化して「暗くなり」、農地は少なくなってきている。そして「国が外国からの主要食料輸入量を決め、どこの国から買うのかなどは一般国民も感心をもっている」が、食品の中味についてどうなのかと考えると分からないことが多かった。例えばお豆腐に入っている添加物は何なのか、よく分からない。そこで「食べている側から食品の安全性について見直したいと思うようになった」という。それはチェルノブイ事件がきっかけだったという。
 添加物を調べて、安全性を求めても消費者にはどうにもならないことが多い。生協の共同購入の中で、自分たちで食べたいものを作る、それで世の中を変えてゆこうと考えた。そして都議会でも「国に任せてはおけない。都内に流通する食品は東京都にも責任があるでしょう」と主張した。

◆東京を都市農業のNo.1に

シンポジウム会場
シンポジウム会場

 東京で生産出来る農産物は限られているので、他所から入ってくるものも含めて、東京の基準に合わせて安全な農産物を流通させようと活動する。その結果、89年に東京都は食品安全条例をつくるように大転換した。その一つとして、有機農産物を食べたいという消費者向けに東京都は「特別栽培農産物認証制度」を設けた。それは、化学肥料、化学合成農薬を5割以上減らして生産する農家を東京都が認証するものだ。
 そして、もう一つが東京の農業を盛りたてていくための「援農ボランテイア養成制度」だ。これは、農業の担い手不足の中で、都市には農業を手伝いたいという人もいる。そうした人を対象に、東京都が100%出資し、農林水産振興財団で一定の農業知識と農作業技術を教える制度だ。現在1200人が修了し、800人が各地域のJAに登録され、都市農業を実際に助けている。
 東京の農業ゾーンは4つに分かれている。農業がまだ残り担い手不足の地域で、新しいボランテイアを農家が活発に活用するようにしてほしいと大河原さんは希望している。そして、今回の農業基本法改正では市街化区域の都市農業も農業と認めているのだから「都市農業では東京農業が一番だと言われるようにしたい」とも。
 シンポジウムでは熱心な議論が続いた。日本農業は草の根の消費者から支えられていることを実感した。

◆都市開発で一変した田園風景 小泉紀雄さん

世田谷の生き物を調査する参加者
世田谷の生き物を調査する参加者
 小泉農園を訪問したのは、5月15日午前11時ごろから午後2時まで。生活クラブ生協主催の生き物環境調査の家族ずれ約20名が参加した。小泉農園は、東名高速道路の用賀インターの近く、市街化区域と生産緑地が交差する地域にある。世田谷にはまだ畑や屋敷林があり、生き物を呼び戻す湧き水、田んぼもある。
小泉紀雄さん
小泉紀雄さん
 農地は作物生産以外にも多くの生物を育み、緑を保つ大切な役割がある、良好な環境を維持することはお金では計り知れない国の文化といえる。
 小泉さんは、勤め人を辞め農家の後継ぎになってほぼ10年になる。農家の長男で、小さい頃から農作業のお手伝いはしていたが、「専業農家になってようやく農業が分りかけてきたこの頃」だという。
 小泉農園のある世田谷区宇奈根地区は、かつては砧(きぬた)村とよばれる田園地帯だった。多摩川に連なる支流の野川では、小泉さんが子供の頃にはウナギが釣れたというが、東京オリンピックを境に60年代から70年代にかけて都市開発が進み風景が一変し、いまではマンションなどが建ち並ぶ住宅地域になってしまった。
世田谷にはまだ生き物を呼び戻す田んぼや湧き水がある 世田谷にはまだ生き物を呼び戻す田んぼや湧き水がある 世田谷にはまだ生き物を呼び戻す田んぼや湧き水がある
世田谷にはまだ生き物を呼び戻す田んぼや湧き水がある

◆都内の平均農業収入は80万円

 東宝撮影所が近くで、農家の人たちもかつてはそこで働いた。小泉さんも映画・演劇・テレビで使う小道具のレンタル会社に長年勤めたため、東宝撮影所は仕事場だった。黒沢明監督の名作「7人の侍」は近くの林で撮影された。NHKにも仕事で出入りし「バス通り裏」「事件記者」などを担当した。そこで今の奥さんと知り合ったという。
 小泉さんの定年で「夫と一緒に農業をやり始めらもう大変。こんなはずじゃなかった。ハタから見ると畑仕事もいいじゃないかといわれるがやっぱり辛いです。野菜が安いです」とは、シンポジウムから同一行動をとる奥さんの言葉だ。
 小泉さんの300坪強の屋敷を、ビワ・イチジク・ザクロ・ミカン・柿・お茶・梅・ブルーベリーの樹木が囲む。畑では、トウモロコシ・ジャガイモ・ナス・トマト・サトイモ・大豆・人参などを生産する。多品種少量生産で、耕作面積は35アールだが、3箇所に分かれている。都市農業といっても地方の農家と全く同じ農家だ。
 収入は200万円を目標にしたが、とてもそこまでに達していないという。東京都内の平均農業収入は80万円だ。不動産収入と勤め人時代の年金があるから生活に困ることはないと話す。

◆市民とのふれあいを大切に

作物の説明をする小泉さん
作物の説明をする小泉さん

 農家は雨の日以外は休みがない。しかし、日曜日は機械を使う農作業はしないという。「隣近所の勤め人から日曜日にせっかく休んでいるのに農機具の騒音は止めてくれ」とクレームがくるからだ。粉塵や堆肥などの臭いもダメだ。
 それに鳥害にも悩まされる。ハトが枝豆を食べてしまう。昔は山バトと人間は住み分けていたが、いまは人が飼っていたハトが野生化して畑を荒らす。ムクドリも葉っぱを食い荒らす。野良猫、飼い猫も畑に入り糞をして土を被せるから作物はたまったものではない。網を畑の周りに張るので、防御に手間がかかるなど、都市農業には悩みが多い。
 だが、市民とのふれあいにも力をいれている。例えば、近くの中学校の学校給食に、4軒の農家でグループを組んでの野菜の食材供給をしている。残渣はコンポストにされて世田谷区から堆肥として受け入れ、農産物リサイクルに努めている。
 野菜は農協の直売所に個人別のブースがあり、ほぼ毎朝出荷する。手数料として売上の12%を農協に支払うが、ベッドタウンだから新鮮野菜は午前中にほとんど売り切れるという。

(2005.5.25)


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