農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事

新しい防除技術で省力化と環境保全
安全・安心な稲作生産を目指して
JA全農肥料農薬部安全・安心推進課



 水稲の病害虫防除は粉剤、本田施用粒剤を経て育苗箱処理剤へと変遷し、防除の省力化に大きく貢献している。特に、長期持続型育苗箱処理剤は、1枚の育苗箱に50gの粒剤を均一に散布するだけで、出穂前までに複数回行っていた病害虫防除を省略できる性能をもっている。また、最近では「箱まきちゃん」や「すこやかマッキー」など、田植機にとりつけることによって田植と同時に育苗箱処理剤を均一かつ適量に処理できる装置も登場し、省力化のグレードをいっそう高めている。さらに、近年の水稲農薬は、ポジティブリスト制度施行の影響もあってか、箱剤や本田粒剤などドリフトによる飛散が少ない剤型のものが多く開発されている。JA全農肥料農薬部 安全・安心推進課にご寄稿頂き、特集をまとめた。

◆育苗箱処理剤および本田粒剤は水田防除に何をもたらしたのか

箱まきちゃん処理実演
箱まきちゃん処理実演(JA三次農機実演会より)
  水稲の病害虫防除というと1970年頃までは粉剤の使用が主流であったが、その後いもち病や初期害虫に関しては本田施用粒剤が登場し、粉剤の使用が減り始めた。ただし、本田粒剤といえども暑い時期に水田に入っての作業が強いられ、また、出穂期など重要な時期の防除では殺虫殺菌粉剤の使用が中心となり、重労働であることに変わりはなかった。
 育苗箱処理剤は、この重労働から開放してくれるありがたい農薬である。特に長期持続型育苗箱処理剤は、田植え数日前から当日にかけて、育苗箱1枚あたり50gの粒剤を均一に散布するだけで、出穂前までに複数回行っていた病害虫防除を省略できる性能を持っている。もちろん、これは地域や発生密度によって防除効果に差が出るため、全ての地域に当てはまることではなく、発生が甚大な場合や常発地などでは補完防除が必要になる場合もある。しかし、その場合でも育苗箱処理剤により発生密度が低く抑えられていれば、補完防除を効率的に実施することが可能になる。
 一方、作業性の面で、田植前のあわただしい時に粒剤を均一散布する手間が面倒に感じる方もいるかもしれないが、本田での重労働を考えれば十分に省力的であるし、最近では簡易に手撒きできる処理器が登場し、楽な処理が可能となってきている。また、機械を使用した処理の省力化では、播種ラインに設置して使用する「播種時処理装置(播種同時処理が可能な製剤を使用)」や「箱まきちゃん」や「すこやかマッキー」などの田植えと同時に育苗箱処理剤を均一かつ適量に処理できる装置も登場し、従来よりもはるかに省力的な育苗箱処理ができるようになっている。

◆育苗箱処理剤は環境にやさしい

 多くの場合、箱処理剤は、育苗箱のイネ苗の根元に処理され、培土表面にしっかりとくっついた状態で田植機にかけられ移植される。そのため、処理された育苗箱処理剤は、イネ苗の根元にがっちりと保持されることになり、根から確実に吸収されて効果を発揮する。
 このため、田面水中の育苗箱処理剤の有効成分量は、水田外への飛散が少ないとされる本田処理粒剤よりも少なく、ましてや粉剤などの本田散布剤などとは比較にならないほど少ない。実際に、育苗箱処理剤を処理した後の田面水を分析した結果でもこのことを裏付ける結果が得られており、また、アメンボやクモ類を使った影響調査では、その生息数は、薬剤無処理水田と変わらず、育苗箱処理剤を使用しても生息数に対して影響がなかった。これらの調査結果から、育苗箱処理剤は環境に与える影響が少ない優れた処理薬剤(方法)と考えられるのである。

◆全国的に問題となっている水稲病害虫とその防除対策

 水稲病害虫においては、発生時期によって防除対策が異なってくるので、問題となる病害虫も発生時期によって分けて考えられている。栽培初期から中期にかけての問題病害虫は、薬剤耐性いもち病の回避が大きな問題となっている。中期〜後期にかけては、いもち病やカメムシ類、薬剤の感受性が低下したヒメトビウンカなどの飛来性害虫が問題となっている。また、従来はあまり問題とならなかった害虫であるが、防除体系の変遷などからフタオビコヤガが増加傾向にあると指摘されている。このような問題病害虫の発生状況を把握し、現場の実態にあった防除法を組み立てていくことが肝要である。

◆近年の水稲農薬の開発動向

 近年の水稲農薬は、ポジティブリスト制度施行の影響もあってか、箱剤や本田粒剤などドリフトによる飛散が少ない剤型のものが多く開発されている。箱処理剤では、長期に効果が持続し、本田防除の回数も減らすことができる長期持続型育苗箱処理剤や、出穂時期の粒剤散布でカメムシを防除できる本田粒剤の開発が多い。

◆主な育苗箱処理剤および本田粒剤の特長

 長期持続型箱処理殺虫殺菌剤では嵐プリンス箱粒剤をはじめとしたオリサストロビンという新規いもち・紋枯防除成分を含有する剤が注目されている。このオリサストロビン(嵐)は、いもち病と紋枯病のいずれに対しても高い効果を発揮し、長期に効果が持続する優れた薬剤である。また、床土混和など播種時にも使用できるなど使用時期が幅広く使いやすい薬剤と期待されている。本田粒剤では、スタークル粒剤やダントツ粒剤がカメムシへの効果と粒剤の散布しやすさから注目されている。従来は、本田でのカメムシ防除は、粉剤が中心であったため、労力の点やドリフトの点で注意しなければならないことが多かったため、多くの産地で本田粒剤の開発に期待が寄せられていた。
 なお、本田粒剤によるカメムシ防除の際には、薬剤や対照カメムシごとに使用適期(効果が高い時期)が異なってくるので、薬剤の特性を十分に把握して適期に使用するようにしてほしい。

◆育苗箱処理剤の上手な選択を

 現在の育苗箱処理剤の主流は、長期持続型殺虫殺菌剤である。これは、低濃度でよく効き持続性に優れた有効成分の開発によりはじめて実現された製剤で、近年の技術進歩と農薬メーカーのたゆまぬ努力の賜物である。現在の殺虫殺菌育苗箱処理剤に使用される長期持続型の有効成分には、いもち病防除剤がプロベナゾール(Dr.オリゼ等)、ピロキロン(デジタルコラトップ)、カルプロパミド(ウイン剤)、ジクロシメット(デラウス剤)、殺虫成分がフィプロニル(プリンス剤)、イミダクロプリド(アドマイヤー剤)、チアメトキサム(アクタラ剤)、クロチアニジン(ダントツ剤)、ジノテフラン(スタークル剤)などがある。現在は、これら多くの有効成分の組み合わせにより、多数の薬剤があり、どれを使ったらよいか迷うところである。ただし、現在市販されている薬剤間の効果差は大きくなく、どの薬剤を使用しても期待通りの効果を発揮してくれる場合が多い。それよりも、防除したい病害虫は何か、その病害虫の防除時期はいつか、抵抗性や耐性の問題はないか、防除コストはどうかといった観点で、現地に最適な剤を選択するようにしたい。例えば、いもち病の発生が少なく害虫防除が中心になる地域では、あまり長期持続の殺菌剤は必要なく、防除したい害虫で薬剤を選択すればよい。逆に、いもち病が中心で、害虫はごく初期に抑えてくれればよいというような場合には、長期持続のいもち剤と残効の短い殺虫成分との組み合せの剤を選択すればよいことになる。
 このように、一度、現地に一番適した薬剤はどんなものかを良く考えてみることが、上手な使い方の第一歩である。そして、適した薬剤を選んだら、あとは、定められた処理時期、使用方法を守り、均一な処理をすることにより確実な防除効果を得ることができるのである。

平成19農薬年度全農基幹品目 (水稲殺虫・殺菌混合剤)
(2007.6.5)
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