(社)農業開発研修センター(会長理事:藤谷築次京大名誉教授)は通算で20回目となる「自治体農政総合研究会」を8月6日から8日まで京都のJA会館を会場に開いた。
規制緩和や市場原理追求による地域農業の衰退や地方財政の悪化進むなかで今回は「農業・農村活性化と自治体農政の役割」が基本テーマ。市町村行政職員や地方議会の議員なども参加し研究者の報告や事例をもとに議論した。このうち初日と二日めの報告の概要を紹介する。 |
◆立ち枯れするニッポン
地域経済論が専門の京都大教授の岡田氏は、市町村レベルでは8割近くが人口減少に見舞われているデータを示しながら、大都市へ人口も利益も集中し、日本列島全体としては立ち枯れ現象といえる状況にあるのではないかと指摘した。
それは、グローバーリーゼーションの名のもとでの企業の海外進出と地方工場の閉鎖、さらにその見返りとしての輸入農産物増加という二重の国際化がもたらしたもので、農業・農村を直撃した。
一方で、市町村合併が進行したが中心部に大規模プロジェクトなどを誘致すれば周辺部も活性化する、という議論はすでに戦後の地域開発が失敗した外発型計画の繰り返しだと批判。今後は地域に住む人がそこに住み続けることができるような仕組みをつくことが重要で、地域内資源を結合させた地域内再投資の実現こそ活性化につながることを強調した。
宇都宮大教授の守友氏が指摘したのは地域住民の「能力開発」と「参加」だ。中山間地域直接支払い制度導入で集落協定を結ぶための住民の自主的な話し合いによる活性化などの実績を上げ、地域の発展と、地域資源の再評価や主体的な活性化プログラムづくりなどを通した人間の発達が重なり合う方向が大切な視点になると提起した。
◆情報公開と「学習」、「参加」
長野県阿智村の岡庭村長が強調したのも地域住民の協働による村づくり。厳しい状況でも徹底した情報公開によって、住民の意識も変わっていくとした。住民の自主的な活動を認定して補助する制度の導入など、住民が主体的に生きる村づくりの取り組みを報告した。
一方、食と農によるまちづくりを実践している今治市では条例制定によって、行政が縦割りではなく横断的に食と農に関わるようになったという。安井氏は同市の学校給食の取り組みを紹介。地産地消の動きが学校から町づくりに広がっている例や、市民の農業に対する理解と支援の広がりなどを報告した。他産業、他部門と連携することが重要だという。
また、農事組合法人としての地域活性化への取り組みを三重県の伊賀の里モクモク手づくりファームの吉田氏が報告した。強調したのは事業ではあくまで農業者の視点で考え、それを消費者に理解してもらうこと、組織化を図るなど運動的な側面を取り入れることだった。
討論では、農村部では、基幹産業としての農業というだけでなく、今後は地域政策と切り離さず基盤産業として農業を位置づける視点も強調された。岡庭村長は農業の再構築は農村にとってインフラ整備と同じだという。そうした視点からコミュニティビジネスのポイントも、「地域農業の守り手」という位置づけとしてその創出をはかっていくことなどが話題になった。
報告(1) 「自治体再編下での農村活性化を考える
京都大学大学院経済学研究科 岡田知弘教授
好景気のときは大都会に人口が流出し不況になると地方が吸収するという循環があった。実際、高度経済成長期の55−70年までは人口減少県が増え、低成長時代になると減った。しかし、90年代以降はこの循環が壊れている。人口減少県は95−00年で24、00年−05年で32へと増え続けている。95−00年で人口減少した市町村は78%。日本列島に立ち枯れ現象が起きている。
これは二重の国際化がもたらした。ひとつは80年代半ば移行の海外直接投資の増加だ。企業が海外での生産比率を高め、70年代に地方に誘致された工場が閉鎖された。しかも海外での利益の9割は東京、愛知、大阪にだけ戻る。
そして海外投資の見返りに輸入促進政策がとられた。もうひとつの国際化だ。ここで農産物がターゲットになった。バブル崩壊後の不況でも農産物輸入は増加、農業、地場産業の後退をもたらした。
大きな市町村の誕生で企業の進出や大規模プロジェクトの誘致につながるというが、結局、利益は都会の本社に移転、地域内には再投資されない。
地域活性化とはそこに住む人の生活が維持、向上すること。そのために決定的に重要なのが「地域内再投資力」の形成だ。農業者、農協、NPOなど地域の経済主体がその地域に根ざして繰り返し投資する仕組みをつくる。たとえば長野県のある村では物品等の村内調達率を高める取り組みをしている。その結果、農業生産額は県平均を上回り一方で医療費は県平均より少ないという実績がある。地域経済の自律性の向上が財政力の強化につながる。グローバル化時代だからこそ地域づくりのうねりを作り出すことが求められている。
報告(2) 内発的発展と農業・農村活性化の視点
宇都宮大学農学部 守友裕一教授
地域づくりでは、住民の能力構築を通した開発、つまりキャパシティ・ビルディングの重視や、持続発展という考え方が世界共通の流れになっている。
また、公共性の再編も新しい動きで「公」は行政が担う領域、「共」とは私たち地域住民が主体となって担う領域だが、それをどう再構築していくか。両者の関係はパートナーシップ(連携)、あるいはコラボレーション(協働)と考えられる。コラボレーションとは、意思の異なるもの同士の協力という面がある。
内発的発展とは、欧米の工業化、都市化をモデルとした単系的な近代化ではなく、地域固有の歴史、文化、生態系を尊重した多系的な発展という考え方として提起された。そのために地域住民が学習し主体的に参加することも重要で、それぞれが潜在的能力を発揮することが豊かさにつながるという考え方だ。
日本でも中山間地域直接支払い制度での集落協定の締結という実績がある。協定締結のための話し合いから集落が活性化してきた。また、食文化や農家の蔵などを再評価することによって、住民自身が誇りを取り戻している例もある。これらが実践されているのは平成の大合併前の町村や、明治の旧村だ。こうした小さな自治への取り組みを考える必要もある。
EUの農村開発のためのLEADERプログラムはまさに地域と住民のキャパシティ・ビルディングが柱。住民が自主的に計画を立て一定の地元資金を調達したうえで、EUが資金を投入する。ボトムアップ型の開発だ。新しい時代の地域づくりの目標は内発的発展と人間の発達を一体のものとして追求していくことだろう。
事例報告(1) 観光業と農業の結合による村づくり
長野県阿智村 岡庭一雄村長
自治体とは住民が主体的に生きていくことを支える組織。私は協働の村づくりといっている。
具体的には、村民が5人仲間を作りその活動計画を村づくり委員会が認定すれば、研修や実践のためのコストを村が負担する制度をつくった。今までは役場や農協が旗を振ってきたが、住民が主体であって役場や農協は専門知識でバックアップするということ。それだけに住民一人ひとりが努力をしないと協働は発展しない。同様に県も市町村と協働すべきだ。
1960年代には村内に大型工場が操業したことから農業就業人口は激減。しかし、90年代以降、景気の後退で工場からの所得は減少、農業に戻ることもできず村を出る人が増えた。また、70年代には温泉が開発され新興温泉地として観光客も増加したがその後の低迷で観光客も減少した。
製造業や観光業は景気次第であり、こうした外発型の開発に頼ったのでは村はどうなるか分からないと、地域内循環型の産業構造へ転換を図ろうとしている。
そのとき、村の資源とは何かを考えると、農業が最大の資源だと気づいた。村内の農業はいわゆる5反百姓が行う小規模な農業。だから基幹産業ではないが、基盤産業だと位置づけた。自分たちが経済の主人公になるためにインフラ整備と同じように農業を再生させようと考えた。
再生に向け市場出荷ではなく消費者に商品として好まれる安全安心なものの直売に取り組んできた。そのほかの販路は年間70万人の観光客。旅館が地元の農産物を使うようになり、専用のほ場を持つ旅館もでてきた。また、修学旅行生の農家民泊も進めている。
ただ、村民への調査では高齢化が進み、農業を続けたいが農地は今よりも縮小したいという声が大半。担い手の確保など脆弱化している農業の立て直しが急務になっている。
事例報告(2) 「食と農のまちづくり条例」による地域の活性化
愛媛県今治市企画振興部企画課 政策研究室 安井孝室長
今治市は12市町村合併を機に食と農に関するまちづくりビジョンを明確化した条例を制定した。
地産地消、食育、有機農業の推進を3本柱としたまちづくりが理念。産業としては商工業が中心だがまちづくりとしては食と農林水産業を基軸にするということだ。条例では、安全な食べ物を生産しようとする農業者すべてを担い手と位置づけ、施策や助成の対象としている。
学校給食には今治産の食材を優先的に使用している。取り組みは昭和58年から始まり24の小中学校が自校調理方式で供給している。
米も平成11年から今治産の特別栽培米を使用、パンも地元産の小麦を使用している。かつて今治では作付けゼロだった小麦が今では15ヘクタールで生産。新たなパン用小麦のマーケットが生まれたといえ「地産地消によるローカルマーケットの創出」と呼んでいる。
地元産をできるだけ使う学校給食の取り組みは商店街にも影響を与え、地産地消食堂ができたりホテルでも「地産地消とワインの夕べ」の企画も登場した。
食育は地産地消の後押しにもなる。小学5年生の総合学習の時間を使っているが、イベント的な授業ではなく漢字の書き取りのようにきちんと理解することが大事でそのためのカリキュラムと教科書、指導要領も作成した。
農業振興は農業だけでは難しく、教育、福祉、関連事業者などとの連携が大切。それも経済ベースだけで考えるのではなく自分たちの“ものさし”を持つこと。私たちは「自然と命を大切にする」でまちづくりを考えている。
事例報告(3) 地域活性化を視野に入れたモクモク型アグリビジネス
三重県伊賀市・農事組合法人伊賀の里 モクモク手づくりファーム 吉田修専務
1987年に養豚農家を中心に農事組合法人を設立。農場や加工場、農業公園、直売所、レストランなどを運営している。基本理念は農業振興を通じた地域活性化、地域の自然と農村文化を守り育てる担い手になること、などだ。
地域再生のためのいくつかの「づくり」を提起したい。ひとつはイメージづくり。当ファームのキャッチコピーとして「懐かしき未来」などと考えている。地方のポジションで考えなければならない。
情報づくりも大事、だがチラシは一切作っていない。私たちは報道機関へのPRを重視、年700件も取り上げてもらっている。
当たり前だが、モノづくりも大切だ。施設よりモノ。また「事づくり」も重視したい。商品よりも農業体験などの経験という価値が重視される時代ではないか。そして人づくり。就職希望者が200名を超えているが、やはり人の心を読む力があるかどうかを見ている。
さらに今後重要になる視点も提起したい。
絶対に必要なのは女性の視点だろう。当ファームでは年30組ほど結婚式もしているが女性主導で決まっていく。レストランのバイキング・ランチは1800円だが9割が女性だ。
本物の視点も大事。本物とは「作り手の苦労が見えるもの」と考えている。それは行政でも同じだろう。
それから農業者の視点も大切だ。当ファームではイチゴ狩りもやっているが食べ放題はしない。30分間、いちごづくりの話をしてから農園に入ってもらい採って食べられるのは10個までとしている。持ち帰り分は別とし、みなゆっくりといちご園を眺めるようになる。食べ放題は農業者の視点ではない。
また、重視したいのは運動の視点だ。これまで新規事業が失敗しかかったときに会員組織がサポートしてくれた例がある。金儲けだけではうまくいかない。運動の事業化、事業の運動化が大切だと考えている。