食品衛生法が改正され、この5月29日から残留農薬のポジティブリスト制度が実施され、一定の基準を満たさない農産物や食品はすべて流通を禁止される。全国各地で開催されるこの制度の研修会・学習会には主催者の予想を上回る参加希望者がいるという。馴染みの薄い食品衛生法やポジティブリスト制度にどう対応すればいいのかという生産者の戸惑いがあるからだろう。また、残留農薬の分析を勧める民間検査会社からのダイレクトメールが送られてきたり、まだこの制度をよく理解していない取引先から検査結果に基づく証明書を要求されたりするケースもあってこういう現象が生まれているのではないかと思える。
そこで、この制度はどういうものか整理するとともに、生産現場でどう対応すればいいかを考えてみた。 |
◆ポジティブリスト制度とはそもそも何か
そもそも「ポジティブリスト」とはどういう意味なのだろうか。現在の残留農薬対策は、原則的に規制がない状態で、規制するものについて基準を定めてリスト化し「この基準を超える食品は法律違反であり、流通を禁止する」ことにしている。これを「ネガティブリスト」という。これに対して「ポジティブリスト」は、世界で使われている農薬について、食品に残留してもよい量を定めてリスト化し、基準がない農薬は原則として残留を禁止する制度だといえる。
それではこの制度になってどう変わるのか。図1のように、現在、残留基準が定められているものは、それがそのまま残留基準となる。
世界中で食用作物に使われている農薬は700〜800あるといわれているが、日本で残留基準が定められていない農薬については、国際基準であるコーデックス(Codex:FAO/WHO合同食品規格委員会)、国内で農薬登録の可否を決めるときに使う「登録保留基準」や欧米などの基準を参考にして「暫定基準」を設定することにした。
上記二つに該当しないものは「人の健康を損なうおそれのない量」として「一律基準値」を定めた。それが「0.01ppm」だ。
具体的には、表1のように現行(上の表)で空欄の部分に下の表のように暫定基準や一律基準が適用されることになる。そしてこの基準値を超えた残留農薬がある生産物は出荷停止・回収などの対応が求められることになる。
◆農薬の使用基準を守ることが基本 ポジティブリスト制度になって国内の生産者はどう対応すればいいのか。
農水省の横田敏恭農薬対策室長は、まず、「農薬取締法で使用者が守るべき基準として定めている、適用作物・使用時期・使用回数・使用量または希釈倍数を守って適正に農薬を使うこと」だと強調する。
なぜならば、農薬取締法によって登録された農薬だけが、製造・輸入・販売・使用できる。登録するためには、毒性試験や環境影響試験、農作物残留試験などを行ない、ADI(人の許容1日摂取量)が設定できるなど、安全性が確認されなければ農薬登録はできないし、国内で使用することはできない。
使用基準を守って使えば、生産物に基準を超えて農薬が残留することもないし、食品として消費されてもADIを超えることがないからだ。
農薬使用基準を遵守したうえで気をつけなければならないのが「農薬散布時のドリフト(飛散)」だ。つまり使った農薬が目的とした作物以外の作物に飛散した場合だ。例えば、表1の農薬Cのように米(稲)と野菜の病害虫が異なるために、野菜で使うことを想定しておらず稲での残留基準はあっても野菜では基準がなく海外にも基準がない場合は一律基準となる。
最近は転作で野菜をつくるケースも多いので、稲の防除のために散布した農薬が飛散して隣で作っているキャベツにかかってしまう可能性がある。そのキャベツが翌日に出荷され、行政によるサンプリング検査で基準オーバーとなれば食品衛生法違反となり、出荷停止や回収となる。
農薬取締法によって安全性についてきちんと確認されたうえで稲用の農薬として登録されているのだからドリフトでキャベツに残留していても安全性に必ずしも問題があるとはいえないが、これがこれからのルールなのだから、ルールはきちんと守らなければ消費者や実需者から産地としては認められないだろう。
◆ドリフト対策には地域全体で取り組む
それではどうするのか。これからは、自分のほ場や作物のことだけを考えて防除するのではなく、隣や周囲のほ場や作物のことも考え、農薬が目的のほ場や作物以外に飛散しないようにすることだ。
農薬が飛散する最大の要因は「風」だといえる。だから、風のない日や風の弱い時刻を選んで散布することだ。また、風向きや風速は変化するので常に注意する必要がある。
目的の作物の近くから散布するとか、ほ場の内側に向かって散布するとか、散布機の圧力が高いと細かい粒子が発生し飛散しやすくなるので、圧力を低めに抑えることも必要だ。
こうしたコストのかからない方法のほかに、飛散の少ないノズルに切替えることも効果的だ。また、防風などで使用するネットをほ場間に設置したり、近接作物を散布時にシートで覆うことも有効だ。
使う農薬を見直すことも対策の一つだ。例えば粒剤など飛散しにくい剤型に変えることも効果がある。あるいは、より多くの作物に適用があり、収穫日近くまで使えるような農薬を選択することで、飛散した場合のリスクを減らすこともできる。
より具体的な対策については、JA全農が「農薬散布に気をつけましょう」というパンフレットを100万部作成し配布する同時に、各県本部が不足分を増刷するなどして配布している。また、日本植物防疫協会がさまざまな試験結果にもとづいて「ドリフト対策マニュアル」を発行しているので参考にして、対策を考えて欲しい。
いずれにしても、ドリフト問題は個人で対応するだけでは限界があり、十分な対策が講じられるとは思われない。地域全体で誰が何を作り、いつどのような防除をするのか、いつ収穫するのかなど情報を共有し、散布日や収穫日を互いに調整することが、もっとも大事ではないだろうか。そういう意味では、いま多くのJAでこの問題についての各種集会が開かれているが、今後も各JAが果たすべき役割は大きいといえる。
◆自らの取り組みを取引先に伝え理解を得る
最後に、まだこの制度をよく理解していない取引先から検査結果に基づく証明書を要求されたり、残留農薬の分析を勧める民間検査会社からのダイレクトメールが送られてきたりすることがあるという話を聞くので、このことについてふれておきたい。
まず検査会社(機関)についてだが、元国立医療食品衛生研究所主任研究官の津村ゆかり氏が、6民間機関と2検疫所で農薬の一斉分析の試験技能を比較した「残留農薬多成分スクリーニングに関わる試験技能評価」をWeb上で公開している(http://www5e.biglobe.ne.jp/~ytsumura/)。これによると、その結果には結構差があり「残留農薬分析の難しさが改めて浮き彫りになった」という。また、0.01ppmという精度が要求される分析は、試験・分析する人によって違う結果がでることが多いと専門家はいう。
残留農薬分析を委託し、基準を超えているという結果が出たたので出荷を停止したが実は基準内だった、あるいは基準内という結果だったので安心して出荷したら、行政の検査で基準を超えていたといわれ回収した―。その時に生じる経済的損失について、検査会社は補償してくれるのだろうか。
そのために高いコストをかけるよりも、農薬の使用基準を守り、先にみたようなドリフト対策にJAを中心に地域全体で取り組む。そして、JA全農では「食品流通・加工団体などと個別に話し合いをし理解をしてもらう努力をしている」というが、各JAや産地も、自らの取り組みを取引先にきちんと伝え、理解してもらうことの方が効果があるし、産地を守ることになるのではないだろうか。
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