農水省の消費・安全局はこの7月で発足から3年を迎えた。食糧庁次長から初代局長に就任した中川坦局長に同局の役割と今後の課題などを聞いた。 |
◆キーワードは国民の健康保護
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中川坦氏 |
――発足から3年。改めてこの間の経過を聞かせてください。
2001年9月のBSE発生で食品行政に対する信頼が失われ、それをどう立て直すかということが新組織の目的でした。
その目的は食品のリスク管理ですが、基本はリスクが発現しないようにすることと、もし問題が起きたときにはできるだけリスクを小さくするということです。農水省はそれまでリスク管理をやってこなかったわけではありませんが、産業振興とリスク管理を役割分担せずにやっていたので、3年前に組織をきちんと分けたということです。
ただ、私も食糧庁の次長でリスク管理とは直接関係はなく、職員もほとんどリスク管理の経験のない産業振興を仕事にしてきた人間も集まってきた。
そこでいちばん大事にしたのが基本理念をきちんと据えて、意識改革すること。基本理念とは、消費・安全局は産業振興ではなくて、国民の健康保護がいちばん大事なことだということです。もうひとつは消費者の視点に立って物事を判断し政策を実行していくこと。この2つが出発点です。
それからリスク管理には専門的な知識が相当必要になります。カビの毒、微生物の毒、重金属の汚染など、あるいは家畜や植物の病気についても専門的知識がいる。そういう専門知識を持つ職員も今までは産業振興の部局にいたものだから、消費者への説明をしても少し視点が違っていたりして、そうなると、何ら変わってないじゃないか、となる。ですから、意識改革もともなわないと新しい局としての役割が果たせないということに、これまでも気をつけてきし、今後も大事な点だと思っています。
この3年を振り返ってみると、結構、いわば事件ものが多かったわけです。鳥インフルエンザ、BSE、それからコイのヘルペスの発生などですね。こういう事件対応は新聞で報道されますが、それは起こったことに対する対応であって、それよりも普段から、たとえばカドミの汚染がどうなっているか、麦でいえばDONの問題もありますし、そういうリスクをどう捉えてどう対応するかという方法論を自ら確立していくことが大事ですが、やっと最近動き出したと思っています。
◆消費者のニーズあっての農業
――消費・安全局ができて農政はどう変わったと考えますか。
一言でいえば、消費者のニーズに応えられないと生産も組織もない、ということをはっきりさせたということだと思います。そのニーズのなかでもとくに安全という面で、それをどう担保していくかが消費・安全局のいちばんの課題です。
組織改革ということでいえば、自分も含めて旧食糧庁にいた人にしてみると、あの組織が急に廃止になるということはなかなか想像できなかったことでしたね。別に食糧庁自身が組織再編の直接のきっかけになったわけではありませんが、農政全体の重要度からして、どういう組織が必要かと考えた結果、食糧庁が廃止になった。自分たちがどれだけ大事と思っていても、国民、消費者から見て食糧庁という組織が日々不可欠なものと感じられたかどうか、ということです。そうでなかったから政治判断も含めてこういう組織改革になった。
逆にいえば、消費・安全局も3年経ったわけですが、国民、消費者が評価しなければ、いつ何時消えてなくなってしまうかもしれない。そこが仕事をするうえでいちばん大事なことだと思いますね。
◆安全確保は国産農産物の支持高める
――農薬の使用基準を守るなどルール遵守は当然ですが、生産履歴記帳をはじめ、最近では適正農業規範導入なども検討され生産現場には負担が重いという声もありますが。
まず牛のトレーサビリティについてですが、BSE発生がきっかけになって個体識別制度が法制化され義務づけされています。これはBSEが発生したときにきちんとした防疫対応できるようにすることがいちばんの目的。それと合わせて消費者への情報提供ができるということです。
トレーサビリティについては、ちょっと世の中に誤解があると思いますが、本来は食品に何か問題が起きたときに、それがどこで作られどういう経緯で流通してきたのかということが正確に迅速につかめるというのが、トレーサビリティです。ですから、これが確立したから食品は安全ということではなく、何か起きたときにきちんと対処できるようにということが目的です。
ただ、どう生産されたのかという情報を付加的に消費者に届けることもできるものですから、どのように生産されたかが分かるものを買いたいという消費者のニーズに応えることになるし、またいわば他の産地と差別化する取り組みになる面もあるわけですね。
ですから、この部分は法律や制度をつくって生産者に、こうやってください、ということとは違うわけです。牛の場合はBSEの発生に社会の関心も高く、強制力のある制度をつくりましたが、他の作物まで義務づけるというものでありません。生産者や農業団体が創意工夫の一つとしてやっていただければいいということです。
ただし、今やすべて競争ですね。国内に限らず海外との競争もあります。今は幸いにして消費者は国産イコール安全、と大方は思ってくれています。せっかく安全・安心と思ってくれていることに対して、今のうちにきちんと安全の裏付けをしていくことが国産のシェアを維持、拡大していくことになると思います。
たとえば、ちょっと訳知りの人がいて、1ヘクタールあたりの農薬の使用量を各国で比較しましょうと言ったとたんに、日本は世界一多い、となる。もちろんわれわれは日本は高温多湿で病害虫の発生も多く雑草も増えるし、使用量は多いかもしれないが農薬の安全性は確保しており、ルールどおり使えば一生食べ続けてもいろいろな害がないように十分に安全基準を設けていますよ、ときちんと説明します。そして、ルール違反をしないように初歩の初歩として管理しています、と。
そのうえで、さらに手洗いから始まってやるべきことをやるという適正農業規範(GAP)も課題となっているわけです。そこまでやらなければならないのかという声もあるとは思いますが、たとえばお隣の韓国はGAPを始めていますし、EUはユーロGAPがすでにある。
こういう状況のなかでは、日本の農産物は安全で安心できると思っていたのに実は違うのか、という声が出たときに対抗できない。やはり消費者をつなぎ止めて日本の農産物を買ってもらおうと思えば、これこれこういうわけで安全ですし安心なんですよ、という信頼感を得る努力はしていかないと輸入農産物に負けるということになるんじゃないでしょうか。
農産物には、おいしさや価格の安さなども求められるわけですが、やはり安全で安心して食べられるという評価のウエートは相当大きいですからね。そこを抜きにしては国産農産物の安定的な需要先を確保できないと思います。
◆米産牛、安全確保に確信持てれば輸入再々開へ
――さて、米国産牛肉の輸入問題は今後どう対応されますか。
われわれの基本は米国産牛肉が輸入されて、もし日本の国民のリスクが高まるようなことは絶対してはいけないということです。
1月には輸入再開条件が守られていないものが発見されましたから一旦全部輸入を止めて、もう一度条件が担保されているかどうかを検証し、米国も改善措置を上乗せしてきましたし、消費者からも意見のあった輸出認定施設の事前調査や抜き打ち査察への同行にも合意が得られました。そこで今、35の認定施設を事前調査しているわけです。その結果、問題がなければつぎのステップに進みますが、いずれにしても専門家が調査して問題がないことが確信できて始めて輸入再々開ということになります。
――今後の消費・安全局の課題を聞かせてください。
消費・安全局はまだ発足から3年ですから、国民の健康保護が第一で消費者の視点に立って政策を行うという基本理念が定着しているとはまだ胸を張っていえないと思っています。言わなくても日々の行動や思考に定着するところまでいってはじめて本物になると思っています。それと専門的な知識のある人材を育てることですね。職員の能力を高める課題は多いと思っています。
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