農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事
特定法人貸付事業の「全域指定」問題を探る



 「一般企業の農業参入ができるようになりました」。こう農水省がパンフレットで大々的にPRする「特定法人貸付事業」。事業の実施区域指定は市町村の基本構想で位置づけることになっており、農水省の8月末のまとめでは実施区域を指定しないとした市町村が800ある一方、549の市町村で区域指定している。
 その具体的な区域指定を農水省ホームページの「企業等の参入が可能な市町村及び区域」(以下、この稿ではリストと呼ぶ)で調べると、なんと実質的に市町村全域の農地としている市町村が300近くにものぼる。そうした市町村では、今、地域の農業者ががんばっていても、すべての地域を一般企業参入「ウエルカム状態」に指定したということになってしまう。
 なぜ、こうした区域指定をしたのか。実情を探ってみると、遊休農地対策で苦悩する市町村の現実、中央からの改革促進圧力などが感じられた。また、今回の取材で農水省の「リスト」のとりまとめ方にも誤解を招く要因があることもわかった。

誤解招く農水省「リスト」にも問題

◆全域で「耕作放棄のおそれ」あり?

 特定法人貸付事業の実施対象農地は、「要活用農地が相当程度存在する区域」であり、さらに同事業を「実施することが適当であると認められる区域」、と改正された農業経営基盤強化促進法には記されている。
 「要活用農地」とは、「遊休農地」と「遊休農地となるおそれのある農地」のうち、農業利用の増進を図る必要があるもの、ということになっている。
 要活用農地という用語が分かりにくいと考えたのか、農水省のパンフレットでは「耕作放棄地や耕作放棄されるおそれのある農地」が相当程度あるところで市町村が認めた区域、という言い方で説明している。
 逆にこの表現を使って「リースできる農地は耕作放棄地に限られません」と強調しているほどだ。
 なるほど、耕作放棄地であれば参入意欲も湧かないかもしれないが、耕作放棄地に限られない、と一言付け加えることで受け取り方が変わると考えたのかもしれない。
 しかし、それは現在、耕作している農業者がいるにもかかわらず「耕作放棄のおそれがある」農地ということになる。しかも市町村内全域を同事業の指定区域にすること(以下、全域指定)は、地域すべての農業者が対象にされているということになる。
 JAグループが16年度から取り組んできた地域水田農業ビジョンづくり――。これまで2回の表彰で25の地域水田農業推進協議会が農水大臣賞以下の各賞を受賞している。が、このうち6つの協議会が存在する市町村で全域指定しているのである。受賞者は担い手づくりへの取組みも評価されてのことのはず。現場ではどんないきさつがあったのか。

◆地域名指定では反発が

 受賞した東北地方のあるJAの担当者には、本紙の質問がなかなか理解されず、ようやくもれた言葉は「全域指定になっているとは……」。区域指定をめぐって行政との協議はあったはずだが、と語るのみ。
 一方、ここの行政担当者はなぜ全域指定なのかという問いに「遊休農地化を防ぎ農業振興しなければならない地域だから」となかなか質問とかみ合わない。
 ただし「参入の申し出があっても現耕作者を優先する」という。が、具体的な対応についての取り決めは「まだできていない。十分に詰める課題だと思っています」。
 別の東北地方のビジョン大賞受賞の行政担当者は「この問題ではどの市町村も苦しい思いをしたはず。つまり、どこの農地が荒れているか、あるいは将来荒れそうか、なんてことは指定できないということです。そんなことをすれば地域の反発、混乱を招くだけ。それならいっそ全域指定で、ということですよ」と事情を明かした。また、県からも今後はこういう事業が活用できるよう何らかの指定をしておいたほうがいいというそれとないサジェスチョンを感じたという。
 一方、同地域のJA担当者は「区域指定をめぐって行政と協議があったかどうかは知らない」という。
 「しかし、JA主導の遊休農地対策の振興公社があることは前提のはず。企業参入の話があっても既存の受け皿機関の権限まで侵すことはないと理解している」と話した。

◆点在する遊休農地に対応

 農水省のリストを見て分かるのは、青森県では1町を除いてすべての市町村、宮崎県では全市町村が全域指定になっていることだ。
 青森県の担当者に話を聞くと「遊休農地は点在しているので具体的な区域指定はしにくいという事情はある」という。しかし、担い手ががんばって農業を続けている区域まで対象になるような書き方でいいのかと思うが「表現がしづらいという現実があったのでは」と話す。
 また、そもそもこの事業実施を基本構想に位置づけるかどうかが重要な点だが、「過去10年間の耕作放棄地の増加率は全国平均が1.5倍程度に対して青森県は2倍と高い。やはり何らかの対策を打つ必要はあり窓口は広くということになる。もちろん県もこの事業の対応窓口になってケースごとに審査し、不適切な場合は歯止めをかける」という。

改革圧力に市町村の苦しみも浮き彫り

◆「リスト」には記載されていない事情も

 一方、宮崎県の全市町村、全域指定はまったくの情報不足であることが分かった。
 県庁から入手した市町村の具体的な実施区域指定を見るとまず最初に「特定法人貸付事業の実施区域は市内全域とする」と書き、続けて「ただし、農業の担い手不足等により遊休農地の増加が懸念され地域の農業者だけではその解消や発生の防止が困難となっている地域であり〜」などとあり、結局はどこでもケースバイケースで判断することになっているのだという。
 農水省のリストでは記入欄の関係なのか、冒頭部分のみを整理したために「全域」となったようで、本紙の取材にも県担当者は「誤解のないように」とまずは念を押した。また、農水省も本紙の指摘に対して、今後、情報整理に工夫が必要であることを認めた。
 それにしてもなぜ、担い手が十分に存在する地域であっても同事業の実施を基本構想に位置づけるのか。
 宮崎県担当者は「担い手も十分いるし、企業参入の話など一件もないのに、なぜ指定をするのか、という声はたしかにありました。しかし、遊休農地が増えているのは現実。同事業が国の施策として推進されている以上、市町村にもなんらかの努力が求められる。ただし、具体的な区域名は指定できない、となったことから苦肉の策としてこうした表現になった」と明かす。 中央からは農業構造の改革の加速化が叫ばれるが、一方で地域の創意工夫も強調されているのではなかったか。しかし、今回は一部の取材に限られてはいるが、国→県→市町村と中央からの改革圧力のなかで、「どう区域指定の表現をするか」という問題だけに苦心があったようにみえる。本当の圧力は、いまだ株式会社の農地取得をめざす経済界からかかっているということを忘れてはならないだろう。
 しかも、今回話を聞いた限りでは地域の農業者やJAなどとしっかりと協議したうえでの判断だったとは思えない。そう考えると市町村基本構想の再度の見直し、あるいは見直しが難しいのであれば今後の対応について関係者は十分に詰めるべきではないか。

(2006.12.27)


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