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シリーズ 2002コメ改革
不公平感を解消する抜本対策を
米政策の改革は生産者の理解と納得こそ

インアビュー
これでは水田を活かしきれません
福岡県の大型稲作農家に聞く

(聞き手)村田 武氏 九州大学大学院農学研究院教授
 「生産調整に関する研究会」が、6月28日に中間報告「米政策の再構築に向けて」をまとめた。
 この研究会の生産調整部会長の高木勇樹氏によれば、中間報告は生産調整のあり方にとどまらず、米政策全体に関して抜本的な議論のうえで、「米づくりのあるべき姿」を示したとされている。すなわち、「あまりにも主食用に偏ってきた日本の米づくり」から、加工用、飼料用、新規需要用など主食用以外の需要に応える米の生産の実現をめざす、しかもそれは、価格での支援ではなく、品種や技術の改良・開発、ほ場の整備などへの徹底した支援でコストを下げ、主食用以外の米への「価格対応」が前提だということである。そして、あるべき米づくりでは、需要に見合った生産の予測は「第三者機関」のマーケットリサーチの専門家などが行い、自主流通米計画のような計画・管理ではなく、米ビジネスとして考えるものとされている。需給調整への参加を生産者は市場シグナルから自主的に経営判断することが期待される。こうした方向への米づくりを実現するために目標年次を決めてステップを踏む実行プログラムが用意されるようだが、そのための政策の具体化は今後の課題とされており、要領をえない。
 さて、この中間報告について、福岡県糸島地域で大規模稲作を経営し、福岡県稲作経営者協議会の会長でもある井田磯弘さん(65歳)に緊急インタビューをおこなった。


◆農水省官僚のプライドはどこへいったのか

井田 磯弘氏
福岡県稲作経営者協議会会長
井田 磯弘
いた ・いそひろ 昭和12年生まれ。福岡県前原市で水稲・麦20ヘクタールを経営、福岡県稲作経営者協議会会長、全国稲作経営者会議副会長
〈井田磯弘さんの経営〉
 福岡県前原市で、長男の磯和さん(39歳)と水田20haを経営。今年の作付け面積は、水稲18ha(福岡ヒノヒカリ8ha、ミルキークイーン2ha、柔小町2ha、ホールクロップサイレージ6ha)、大麦12ha、小麦8ha。土地条件が大豆には適さないために、転作拡大に対しては、収益に差がなければホールクロップを選択するという考えである。

村田 井田さんにまず聞きたいのは、この中間報告の米政策をとりまく状況についての認識と、「対応方向とシステムの基本的な考え方」について、どのように受けとめられているかです。

井田 まず、国は米政策から逃げようとしているというのが率直な印象です。「第三者機関」に国の責任や役割を転嫁していくような気がします。「主要食糧の需給及び価格の安定」をはかるとした「食糧法」を自らの手で放棄したと言われても仕方ありません。農水省官僚のプライドはどこにいったのでしょうか。米は主食であるから安定的供給が欠かせない、きちんとした政策が大事だと思うのですが、野菜などと同じ商品になったと考えたいようです。
 それからミニマム・アクセス米について議論はされたようですが、一言も触れていないのはまったく不満です。「あまりにも主食用に偏ってきた米づくり」から加工用、飼料用などに応える「米づくりのあるべき姿」を示したと言いながら、ミニマム・アクセス米は加工用、主食用に供給されているのですから国内産米対策と切り離すことはできないはずです。さらに、具体的な内容が先送りになっていますからコメントするのは難しい点がたくさんあります。

◆重大な責任を負わせられる第三者機関

村田 さて、各論の第一は、需給見通しと生産調整です。中間報告は、「生産者が納得のうえで生産調整に参加する『選択制』が、生産調整の参加・不参加で生じる不公平解消の切り札になる」として、生産者が自主的に選択する新しい仕組みに望みをかけ、実効性を高めるために配分方法も減反面積から生産可能な数量に切り換えるとしました。生産者の「主体的な経営判断」に必要な需給情報を提供し、30年間続けてきた生産調整配分をリセットして、需要量に基づいて生産数量を配分するシステムを新たにつくる役割は、政府ではなく「透明性のある公正・中立な機関」たる「第三者機関」を創設するとされています。この点について考えを聞きましょう。

井田 第三者機関がどういう構成で創設されるのかよくわかりませんが、銘柄ごとの生産数量配分の数値化や地区あるいは生産者までの通知、収穫時での配分された数量と実際の収穫量の確認などを行なう機関だと考えられます。地域毎・銘柄毎に収穫量・収穫時期が違いますし、また作付け品種も毎年一定ではありません。どういう方法で数値化し、確認するのでしょうか。需要量に基づいて数値化するということですからJAが中心になると受け止められますが、計画流通米は廃止するわけでしょう? そのへんがよくわかりません。
 いずれにしろこの第三者機関はたいへんな責任を負わされることになります。果たして、なり手がいますかね。私だったら丁寧にお断りします。

◆「経営所得安定対策」が保険ではセーフティネットにならない

村田 武氏
むらた ・たけし 昭和17年生まれ。九州大学大学院農学研究院教授。専門は農業政策、経済学博士。主著『世界貿易と農業政策』(ミネルヴァ書房)

村田  次に、この中間報告の予定するところでは、できれば平成16年度から生産調整方法を数量配分に切り換え、同時に財政負担の大きい稲作経営安定対策を廃止する代わりに「経営所得安定対策」を導入するようです。飼料穀物などの低価格に対応できる効率的経営が期待されており、収入保険型と予測される「経営所得安定対策」を「効率的・安定的な」主業農家に対するセーフティネットだとしています。この点についてはいかがですか。

井田 私は稲作経営安定対策が始まった平成10年度から平成13年度の4年間にかけて、転作率が45%、水稲作付け面積は10.5haでほとんど変化していません。ところが、米の販売額はこの間に1302万円から916万円へと386万円、実に3割の収入の落ち込みになりました。それに対する稲作経営安定対策の補てん金は82万円です。うち国からの補てん金は62万円になります。もちろん自分で販売している米もあります。したがって、すべてこの稲作経営安定制度に加入しているわけではありませんが、それにしても補てん率は20%程度です。もし検討されている「経営所得安定対策」が、単に米、麦、大豆の販売合計額を対象にした保険型の稲作経営安定制度のような仕組みであれば、セーフティネットにはならないと思います。
 「効率的・安定的な」主業農家という表現ですが、「効率的」と「安定的」とは分けて考えるべきだと思います。「効率的農業経営」とは農地の効率的集積や効率的機械利用によってコスト削減努力をすることであって当然のことです。私の場合、農地を地権者27名から15ha借りていますが通作時間は5分からせいぜい10分程度です。おそらく福岡県下では一番効率的な農地集積の部類に入るのではないでしょうか。しかし、それが「安定的農業経営」だと言えるかどうか。そう言いたいのですが、食糧法以降は全く自信がありません。先に紹介したように米の販売額は減少しています。「安定的」ということは再生産ができるような安定的な農業収入あるいは政府助成が確保できるということであって、保険型の「経営所得安定対策」では期待できません。
それと関連して「需要に応じた米づくり」を前提とした「地域分担」という方針も気になります。飼料用米は一俵8000円ですが、これで経営が成り立たなければ米作りをやめて麦や大豆を作れということでしょう。少なくとも西日本地区の稲作農家はそう受け取りますね。他方、自らの経営判断で米ビジネスに参入せよということですからとても経営が安定するとは思えません。この中間報告は「効率的・安定的な」農業経営を言っていながら矛盾を感じます。

◆中間報告では「多面的機能」について意識も議論もされていない

村田  私は、去る6月30日付けの『日本農業新聞』紙上でのコメントでも強調したことですが、WTO新ラウンドの農業交渉では、日本提案として「農業のもつ多面的機能」と各国の農業の共存を叫びながら、また農業の国際競争力が最強であるはずの米国でさえ2002年農業法では「価格変動対応型直接支払い」という事実上の不足払いを復活させているのに、中間報告の全体の流れが「米は市場原理に任せる」方向をますます強めていることが全く解せません。担い手経営に自主的な経営判断で米ビジネスへの参入を煽ることと、自給率を引き上げ、水田を維持して農業の多面的機能の発揮を確保する戦略とは両立しがたいと考えるからです。この問題についての井田さんの意見を聞きましょう。

井田 今回の中間報告を読むかぎり、第1に、「農業のもつ多面的機能」は意識もされていないし、議論もされていないように思います。地域分担制を提案していることがそうです。稲作をビジネスの面からだけとらえ、稲作で経営が成り立たなければ麦や大豆を作れということでしょう。水田から畑地への転換ですね。多面的機能は水田だから言えるのであって、畑地では不十分ですよね。
 第2に、さらに多面的機能との関連で言えば、当分の間生産調整を続けるということで配分方法をリセットするとされていますが、「多面的機能としての要素」、「需要としての要素」、「条件不利地域としての要素」を考慮した、わかりやすい配分にすべきです。WTO提案で「農業のもつ多面的機能」を前面に出しながら、国内の水田農業対策では具体的な議論をまったくしていないというのでは納得を得られないのではないですか。
 第3に、農業経営の安定性という点で、アメリカの2002年農業法は再生産を前提とした目標価格に対する不足払い制度の復活ですから、これこそほんとうのセーフティネットだと思います。
 第4に、麦、大豆、飼料作物等による自給率向上との関連ですが、生産者から見れば経営確立助成などその水準がどうなるかというのが最大の関心事であって、その点は今後の検討課題とされています。「経営者の自己責任、自己判断」というだけでは作付けのインセンティブにはならないと思います。これでは水田農業の「効率的」担い手にとっても、水田を活かしきれません。




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