◆米政策改革大綱への評価
生産者の選択と責任が後継者に夢与える
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ふじお・みつや 昭和11年生まれ。昭和34年甲南大学卒。同年北海道農協連合会入会。38年神戸精米株式会社(現
(株)神明)入社。専務取締役、副社長を経て63年社長に就任。平成3年兵庫県米穀事業協同組合理事長。8年(財)日本穀物検定協会理事。9年(財)自主流通米価格形成センター理事。12年全米商連協同組合理事長。神戸経済同友会常任幹事。日本コメ市場株式会社代表取締役社長。全国コメ卸協議会副会長。13年全国米穀販売事業協同組合副理事長。 |
梶井 昨年末、生産調整に関する研究会が報告をまとめそれを受けて米政策改革大綱が決定しました。まず、大綱についての評価を聞かせてください。
藤尾 基本的には国が考えている方向に落ち着いたと思います。
今回の見直しのきっかけははっきりいえば国に財政的な余裕がなく、少ない予算をどうしたらうまく生産者に届けられるかということだったわけです。背景には、生産者段階ではさまざまな助成金が何のためのものか分からなくなっている状態がありました。しかも、金額的にも相当になっているにもかかわらず、米の消費の減退もあり、生産調整をしても米価は上がらず、生産者も喜ばない状態が現在まで続いてきたわけですね。
私は、最終的にはこの大綱の具体化によって日本農業はよくなると思っています。
理由は、農家に自己責任が出てくるからです。今まで現場は集落単位で行動していたのが実態ですが、今後は自分で行動を選択することになりますから、若い農業者にも夢が出てくると思います。
選択といっても、自由に米を作るという人には価格下落対策の助成金は行きませんよ、などという選択になっているわけです。さらに、集落単位で何を作るかを決めてそれに助成金が出るという仕組みもあります。たとえば、米はそれほど作らないが野菜に力を入れよう、果物をつくろうと生産者が選択すればそれに対して助成される。生産者には夢があると思いますね。
梶井 しかし、米の需給が全体としてどうなるかが気になりますが。
藤尾 需給は価格で調整されます。値段が高くなればたくさん作る、下がれば作らないという世界に持っていくと解決が早いわけです。それも生産者の判断です。果物や野菜の農家はすでにそうしてきたのです。米にはそれがなかったですが、100%米を作付けすると60キロ1万5000円が1万2000円になる。そうなると100%作付けするのか、それとも何10%か減反して1万5000円にするかを判断するのです。
供給過剰になるのではないかというご指摘ですが、新しいルールがどれだけ理解されるかだと思います。
◆ルールの理解が供給過剰を防ぐ
米価水準の議論は今後の課題
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梶井功氏
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梶井 価格が変動的になるのは主食としては問題でしょう。それに、大規模で米で食っていくんだという生産者と、収入は別の仕事で確保している小規模な兼業農家では価格に対する反応が違うと思うんです。兼業農家は極端にいえば物材費がまかなえて、残ったらそれが労賃だと捉えているのに対して、専業農家では、最低世間なみの労賃が確保できる価格がなければやっていけない。そうなると低米価になれば、いまそうなっていますが、専業農家のほうが音を上げてしまう・・・・。
藤尾 そういう考えは研究会でも生産者側から強く出された意見です。ですが、私たちや外食産業関係者、消費者代表などは、大規模で専業の生産者と小規模な生産者の扱いが同じであっていいのかという意見でした。
大規模な米生産者で今度決めた新たなルールに乗る人には、価格が下落したときには対策を打って、下がった価格との差を限りなく小さくしますよ、一方、小規模な生産者は自由につくってもらっていいが対策はありません、という政策にしようとなったと考えています。
梶井 食糧庁が示した米価下落対策は、限りなく小さくしますというものではないですね。現在の稲経よりも後退していますよね。しかも、どのくらいの米価水準で安定させるか、一向に議論されていない。
藤尾 今年からの議論ですね。研究会の議論は、ルールを決めようということでしたから、具体的なお金のことは議論できないことでした。
確かにわれわれ経済人の立場からすれば、そういう議論をしたほうが、具体策は見えやすいと思っていましたね。
梶井 そこが抜けていては政策にならんと思います。また政策見直しのきっかけが、財政問題だということなら3兆円の農政予算のなかで米に使える予算はどうするのか、という議論もすべきだと思います。たとえば、土地改良事業は、この際、一定期間中止しその間に米政策に使うということもやろうと思えばできるわけですよ。
藤尾 予算の使い方の問題もこれから出てくる議論です。今はルールはできたという段階でこれからどう実をつけるかです。そのなかで、専業大規模農家への対策と兼業農家との関係も明らかになってくると思います。
◆米価下落傾向の原因
産地だけが抱える在庫の解消を
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梶井 ところで、米価水準ですが14年産自主流通米価格は下がり続けていますね。当分は下落が続くのでしょうか。
藤尾 じりじりと下がっていくと見ています。14年産米の価格が上昇する力はないと思います。
梶井 それはやはり供給過剰だからでしょうか。
藤尾 それだけじゃないんです。昔はかりに米が100穫れたら、産地に40、流通段階に30、そして消費者のところに30ありそれぞれがダム的な役割を持っていました。
ところが、現在は、外食産業や大手量販店、消費者の在庫はゼロですよ。外食産業や量販店は前日注文の翌日入荷です。業界としてはこの傾向に弱り切っているのです。
昔と同じ100の米が穫れたとしても、今は、そのうち10%から20%だけが消費地にあって、残りの80%から90%は産地にあります。そして、注文があれば出ていく。ここに問題があるのです。
米の在庫を抱えている産地は不安ですから売り急ぐ。売らなければ生産者から怒られる事情もあるでしょう。このように生産、流通、消費の姿が変わってしまった。変わったことを流通業界も消費者も考えないと。常に産地に米がある、いつでも買えるから業界も消費者も買わない、手持ちの在庫は持たない、そして、米はさらに安くなる状況が続いていくかもしれません。
では、何をすればいいか。これまでは国も予算はすべて生産者に使い米流通業界には何もなかった。難しい問題ですが、米が将来とも国民生活にとって大事であれば、文明国では主食は大事にしており国防に匹敵するぐらいの政策をとっていることを見習うべきです。
不満に思うのは、都市には魚市場、青果市場があり、花も畜産もあります。これは国や地方自治体がお金を出してつくっています。しかし、米はありませんよね。いちばん大事なのは米だと言っているのにです。
たとえば、東京には4つ米のターミナルをつくり、産地から来たものは常にそこに集まって、そこには備蓄設備もあれば、大型の精米工場も備えている。そこで新潟の米は新潟とのパイプで作っていくし、秋田の米は秋田とのパイプで作っていく。
こういう施設の出口にわれわれ売る側がいて、注文を受けたものをここから仕入れ配達する仕組みにする。このようにすれば産地の在庫が消費地に移ることになります。
産地はきちんとした生産をし品質の安定したものを届けることに努力しなければなりませんが、一方、外食産業や大手量販店は米は大事な主食なのだからある程度のストックは持つという考え方にしていかないといけないと思います。また、消費者もある程度の量の米は家庭で持つこともまさかの時のためにも必要だと理解してもらいたいと思います。
日本は国防に予算を使っていますが、これまで戦車や戦闘機を使ったことはない。10年前、20年前のものはどうしたかといえばおそらくスクラップでしょう。そして新しい装備に変えているわけですね。それとまったく同じように米も日本人が本当に大事にするなら数年備蓄すればいい。
◆備蓄制度は何のために
再度、国民的な議論が必要
梶井 今の日本では米櫃という言葉もなくなりかけていますね。
その備蓄米ですが、せめて政府の備蓄米は使わなくて済んだのなら、飼料にするとか海外援助に回すとか、別途処理すべきです。
藤尾 そうです。これは国家として考えることです。
ヨーロッパでは備蓄は数年ぐらい食べられる食料備蓄はしていますね。
梶井 スイスでは味は落ちても備蓄した古い小麦でパンを作っています。
藤尾 主食はそれが当たり前なんです。日本人はおいしい主食を食べたいといっていますが、それでいいのかどうか。平和ボケではないかとさえ思います。
食料問題、食料危機について国はもっと国民に説明しなければなりません。それを説明しないで生産者に助成金だけ出す政策をやってきたことが問題です。
◆ランクは「上・中・並」で
米は日本人に合っているを前提に
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梶井 ところで、研究会の議論では「売れる米づくり」がキーワードになりましたね。
私にはどうもこの言葉が腑に落ちないのですが、どうお考えですか。
藤尾 日本は、北から南まで気候も違う。そういう日本でできる作物のうち、米だけは唯一価格を調整してきたのです。だから、今後の売れる米づくりは、価格を承知で作るということだと思います。
たとえば、2万5000円の米と1万5000円の米なら、1万5000円の米が売れる米づくりということになる。つまり、市中の評価が価格に反映された米が売れる米づくりでしょう。
加えて、安心・安全の問題をクリアした米、さらに全部ではありませんが生産者の顔が見えることも追求していくことになるかもしれません。
梶井 安心・安全の問題ですが、残留農薬やカドミウムなどをきちんと検査するのはまさに国の責任で行うことでそれは必要です。
しかし、今はどうも産地銘柄信仰が強すぎて、安心・安全の議論では産地銘柄まできちんと証明されなければならないという話になっていて私は問題だと思うんです。
お酒はブレンドが命ですね。米もかつては米屋さんの技術で自分の店はこれが上米だと言って売っていた。そういう売り方でいいと思っているんです。
藤尾 私も本当に不当な表示がないようにするなら、たとえば、上、中、並といった区別でいいと言っているんです。残留農薬やカドミウムなどの問題をクリアした安全な米の供給は当たり前ですが、それ以上は食味計を活用して、たとえば数値が80以上なら上、70から80なら中ということにすればいい。そうすると産地によっては、新潟産より高い食味値の米として評価が上がる産地もあることにもなる。
今のように産地銘柄で売っていけば一部とはいえいつまでたっても偽表示がなくなることはないということなんです。
梶井 たとえば、ある米屋さんの米の味と価格に納得できなければ別の米屋さんのものを消費者は選択すればいい。
藤尾 今は消費者の選択はゼロですね。昔の人は、魚を見て新鮮なら刺身にしよう、あまり鮮度が良くなくてその代わり安ければ煮物にしようと考えた。消費者に対して流通業界はきちんと説明すべきですが、消費者は袋の日付や産地を確認して買うだけです。ブランドだけで購入している。
米は日本人が数千年食べてきたもので、残留農薬などの問題がなければ安全で歴史的にみて日本人に合っているのです。そこを保証することは大事ですが、トレーサビリティまで確立することが必要なのかどうか。コストは誰が負担するのか、みんなが考える必要があると思いますね。
◆避けられない卸業界再編
消費者への問題提起も業界の役割
梶井 では、今後の卸業界の課題についてお聞かせください。
藤尾 業界の再編は進み、たとえば、大手一次卸と二次卸、そして小売りと整備されていくかもしれません。そのなかで当社は今期の扱い量は約40万トンになる見込みですから、やはり全農、経済連など系統組織から仕入れていくことになり、単協から仕入れるということは難しいと思います。ただ、卸のなかには単協との結びつきを強める戦略をとるところもあるかもしれないし、さらには兼業農家の米を扱っていく業者も考えられます。
そういうなかで消費者に何を訴えていくかが大事だと思っています。たとえば、米粒として購入するのか、それとも電子レンジで温めれば食べられるごはんを買うのか、です。どうなっていくか見極めなければなりませんが、果たして主食である米が電子レンジでちょっと温めれば食べられることが国民のためにどうか、大いに考えるべきだろうと思います。
今、海外に行き水のペットボトルを持ち歩いているのは日本人だけですし、外国の大衆食事を食べられないのも日本人だけです。あまり食について親切にすると抵抗力のない日本人になってしまい、日本人をほろぼすことにならないかと思います。日本の農業はつぶしたらだめだと思います。これから生産指導する人たちも頭の切り替えは必要ですが、やはり食生活全体を考えなければならないと思いますね。
梶井 どうもありがとうございました。
インタビューを終えて
“昔と同じ100の米が穫れたとしても、今は、・・・・80から90は産地にあるわけです。・・・・米の在庫を抱えている産地は不安ですから売り急ぐ。”――米価低落は、供給過剰のせいだけではないと、藤尾さんは指摘する。“米のターミナルをつくる”べきという主張は、災害対策も含め検討に値しよう。
“日本は国防に予算を使っていますが・・・・それとまったく同じように米も・・・・、数年備蓄すればいい”。ご主張は棚上げ備蓄である。私も多年これを主張してきた。大賛成。もうひとつ、“主食である米が電子レンジでちょっと温めれば食べられることが国民のためにどうか、大いに考えるべき”とおっしゃる。これも大賛成。農水、厚労、文科3省の名を冠した「食生活指針」は、指針の真っ先に“家族の団らん・・・・を大切に”を掲げている。“米が電子レンジで・・・・”では、「食生活指針」にも反する。米卸トップとも御一緒して食生活改善運動にもっと取り組む必要があると痛感。(梶井)
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