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シリーズ 地域が変わる、人が変わる、組織が変わる――ファーマーズ・マーケット

輸入農産物を弾き飛ばす
ファーマーズマーケットの可能性

 平成12年11月のオープン以来の来店者数はこの7月で100万人を突破、年間売り上げ高は13億円を超えた和歌山県・JA紀の里の「めっけもん広場」。地元の農産物を提供するファーマーズ・マーケットは、地域の活性化とともに、「食と農」を基本としたJA事業の重要な柱になっている。同時に「これは実益をともなった最高の教育文化活動だ。組合員の意識も変わってきた」と石橋芳春組合長はその意義を語る。朝から大勢の来客でにぎわう「めっけもん広場」を訪ねた。

◆「安い、新鮮」が魅力
  リピーターも増えてきた
JA紀の里「めっけもん広場」
JA紀の里「めっけもん広場」

 訪ねたのは木曜日の朝9時過ぎ。駐車場はすでに満杯。店内に入るとカートに野菜や果物などをどっさり買い込んだお客さんがレジで列をつくっていた。
 「めっけもん広場」は和歌山線打田駅から1・5キロ離れており、周辺は田んぼや住宅、工場などが並ぶ。店の前はさして広くはない県道で、人どおりなどはほとんどない。平日の朝から、これだけの人が集まっている光景に出くわすとちょっと不思議な感じすらする。
めっけもん広場のバス停
めっけもん広場の
バス停
 穫れたての桃を選んでいた親娘。大阪市から来た。近所の人からも購入を頼まれたという。
 13個入って1800円の桃を前に「とても大阪では考えられません。花にしても近所の半額。生産者の名前が入っているのも親しみを感じます。多少ガソリン代がかかってもまた来たいと思います」と話す。
 野菜売場では、月に2回は買いに来るという中年の夫婦に会った。住まいは大阪府阪南市。車で1時間はかかる。
 二人暮らしにしては、かなりの量の野菜をかごに入れている。
 「多いと思うでしょう? でも新鮮だから本当に長持ちするんです。安いのもいい。ここができてからは食事の材料はここで、と決めました」という。
 ちなみに6月の来店客数は、6万3000人。1日平均2625人で、売り上げ高は1億5000万円を超えている。

◆沈んだ空気を変えたい
  地域農業の起爆剤に

石橋芳春組合長
石橋芳春組合長

 JA紀の里でファーマーズ・マーケットの構想が持ち上がったのは、合併から5年経った平成10年のこと。
 JA改革を進めるためにあらゆる事業を見直そうと外部コンサルタントに依頼した調査報告書のなかにファーマーズ・マーケット設置の提案があった。
 報告書はJAを取り巻く将来の環境を、農業者の減少と高齢化にともない「農業生産量・出荷量の減少」と「市場規格外農産物の増加」と予測、それが「農家生活の崩壊」と「JAの経営破綻」にもつながると指摘した。
 そうした予測に基づく改革案のひとつが「市場外流通ルートの開拓」でその具体策がファーマーズ・マーケットの設置だと提案していた。
 
一日平均2500人以上が来店
 「しかし、最初、私は大反対だったんです」。こう語るのは当時理事だった石橋芳春代表理事組合長である。
 反対した理由のひとつがそのころ地域から、ダイエー、ジャスコ、サティといった名だたるスーパーマーケットが相次いで撤退していたこと。「JAが直売店をやっていけるような経済環境じゃない」とまずは思った。さらにJAの事業としても市場出荷が中心で自分たちで売るという経験は、JAにも生産者にもないことも反対した理由だった。
 
今年は栽培技術のレベルアップをめざしてすいか出荷者のグループを作って品質の統一に努力した
 しかし、一方で市場販売も価格の低迷で壁にぶつかっていた。たとえば、特産の柿も市場が入荷を望まないこともあり、販売に苦労することもしばしばあった。
 温暖な気候で、みかん、桃、なし、ぶどう、いちごなど豊富な果物とほとんどの野菜は作れる地域である。その条件が逆に「この作物がだめなら、ほかの何かを考えればいい」という考え方となり、これといった地域ブランドを確立しようという機運がなかった。また、消費地に近いということは、農業で所得が上げられなければ、他産業で働くことができるという環境でもある。
 こうしたなかで兼業化、高齢化が進み「農業はあかんなぁ」という沈んだ雰囲気になっていたのも事実だった。
 “反対論者”だった石橋組合長が設置を決めたのは、こうした状況を変えたいという思いのほかに、消費者の期待が大きいことを知ったからだという。同JAでファーマーズ・マーケット構想が持ち上がっていると聞いた近隣の消費者の間で「いつ、どこにできるのか」と話題になっていると伝わってきた。
 「地元農産物の良い品をそろえればきっと消費者は来てくれる。沈んだ雰囲気に何とか火をつけたいと不安ながらもスタートすることにしました」。

◆出荷規格は自分で判断
  生産者の意識改革を

川原義史店長
川原義史店長

 ファーマーズ・マーケットに消費者が求めるのは、新鮮さと地域の農産物であるという安心感だが、加えて品ぞろえが豊富でなければ客足は伸びない。
 そのため「めっけもん広場」では開設当初から、生産者が自ら出荷する委託品のほか、共選場からも“仕入れ品”として店頭に並べている。
 仕入れ品には、果物など市場流通用に包装された品を買い取るほか、品目別に組織された生産者部会の判断で一度出荷したもののうちから市場流通に回さず一部を「めっけもん広場」での委託販売とするものもある。この方式で計画的な品ぞろえも確保した。
 
生産者が自ら名前と価格をはって店頭へ
 一方、ファーマーズ・マーケットの中心である個人の出荷者は、スタート時は700人が登録した。しかし、開設してみると午後の3時ごろには品不足に。売れ行きが好調だと分かると登録者数は増え、現在は約1500人と2年間で倍増した。来店者数も開設当初は1日700人程度だったが、ほどなく2000人を超えた。出荷者が増え、品ぞろえが豊富になると来店者も増えた。
 出荷者には、専業、兼業農家、高齢者、女性などさまざまな人が参加している。
 家庭菜園程度の野菜づくりしかしていなかった人も多いが、出荷したら売れた、となれば意欲も出る。
 価格は市場の相場をもとに品目ごとに一定の幅を設け、その範囲内で出荷者自らが決める。
 出荷規格については「生産者自身が自分で判断するのが原則。売れるものとはどんな品なのか自ら考える。売れ残ったら閉店後に引き取るわけですが、それは店の責任ではなく、生産者の責任だという意識に変わってもらわなければなりません」と川原義史店長は話す。
野菜売場
野菜売場
花売場
花売場
 もちろんJAとしても、生産者に技術のレベルアップをしてもらうために、栽培講習会やテキストの配布などを行っている。今年はスイカの生産者31人で栽培グループを結成した。昨年、初めての出荷となったスイカに品質が不ぞろいなどの苦情が多かったためだ。今年は品種や作り方も統一し、出荷計画も立てて販売している。
 「来年は多くの農産物の栽培履歴を店内に張り出すなど、お客さんに地元農産物をより信頼してもらえるような情報提供も考えたい」と川原店長は話す。
 「めっけもん広場」は、電話を利用した出荷者への情報提供システムを導入していることも大きな特徴だ。
 開店前に出荷した自分の品の売れ行きを電話をかければ音声応答システムが応えてくれる。利用率は約70%と高い。売れ行きが良ければ、その日のうちに何度も追加出荷できる。店にとっては品不足にならないメリットもあり、このシステムが好調な売り上げを維持している原因の一つでもある。
 販売情報の管理によって今後の課題も見えてきている。たとえば、1年間の販売結果から、大根、ゴボウ、じゃがいもなどの生産が全体として不足していることも分かった。不足する時期は仕入れ品や他のJAとの提携品で品ぞろえをしているが、地域で生産できないことはなく、これまであまり目を向けなかっただけであることも分かってきた。
 JAとしても確実な需要があることから、それらの生産を呼びかけている。多くの品目で地域内生産率を高め、地産地消を広げていくというのもファーマーズ・マーケットの大きな目的だが、それをこうした販売情報の管理と活用で具体的な実践に結びつけている。

◆自分の農産物に胸を張る
  最高のJA運動として

トマトの出荷にやってきた瀬田政義さん
トマトの出荷にやってきた瀬田政義さん

 生産者は「めっけもん広場」をどう評価しているのか。
 瀬田政義さんは、水稲のほかトマトとキュウリを生協と契約栽培している専業農家。20年以上前から栽培方法を生協との話合いで決めてきた。
 ただ、悩みだったのが規格外品の扱い。これまでは出荷できないものは廃棄するしかなかったが「めっけもん広場」ができてからはそれらを販売できるようになったという。生協との規格に合わないというだけで、低農薬で作り味にも自信がある。それをかなり安く販売するため飛ぶように売れるという。今まで値が付かなかったものに価値がつき、経営の助けになっているという。「消費者の声が分かる場所。もっと早く作ってもらってもよかった」。
花を出荷する野尻久江さん
花を出荷する野尻久江さん
 両親と野菜づくりをする兼業農家の野尻久江さんは、夏の間、花を出荷している。ハウスでナスとキュウリを栽培しているが、ナスの収穫後、キュウリの栽培を始めるまでの期間利用している。「昨年の販売データを教えてもらえるから、今年はどれだけ作ればいいかが分かりますから計画が立ちます」という。
 
JAとの提携によって品揃えも豊富にする事もファーマーズ・マーケットに求められている。JA紀の里は、現在8JAと提携
 ナスやキュウリも販売するが、店では消費者から「土壌消毒はどうしているのか」と聞かれて驚いたとか。「私は太陽熱です、と言ったらそれなら大丈夫ですねと。消費者もずいぶん勉強しているなと思いました」。こうした消費者の声を聞いて長年考えてきた有機栽培に本腰を入れてみたいと考えるようになったという。
 出荷者の平均販売額は月に14万円。なかには年間販売額が1000万円を超えた人もいるという。
 消費者の声を知るために生産者は当番制で店に立つことにしている。
 それは、消費者が望んでいるものを知るためだが、「自分たちの地域で作った農産物の価値を知り胸を張って売れるようにすること」(川原店長)でもある。
 自ら出荷者となっている石橋組合長は「高齢者も生き生きしてきた。消費者との会話を通して生産者の意識も変わってきた。ファーマーズ・マーケットは実益をともなった最高のJA運動だと思います」と語っている。

JA直営ならではのパワー
山本 雅之 地域社会計画センター 常務理事

山本 雅之氏

 「めっけもん広場」ほど、ファーマーズマーケットと直売所のパワーの違いを肌で感じさせてくれる店は少ないだろう。約1500人の出荷者、100品目を超える品揃え、年間60万人の利用客、ITを活用した最先端の運営システムは、JA直営店ならではの強みである。しかも、デフレで落ち込みが続く地域経済にとって、ファーマーズマーケットは消費拡大を促す牽引車にもなっている。
 年間13億円に達するファーマーズマーケットの売上の大部分は、自家野菜など共選共販に乗らなかった少量多品目農産物を商品化したもの。その8〜9割が出荷者に還元され、農家の所得増となって買物・飲食などの地元消費拡大につながる。利用者も市価の2〜5割安で買えた分だけ生活費に余裕ができ、それが新たな地元消費を生み出す。さらに、兼業農家を中心にさまざまな品目の農産物生産が増え、JAの生産資材取扱高も伸びてくる。店舗運営のために多数のパートの新規雇用が発生し、その経済効果も期待できる。
 従来は、市場流通を通じて大量の県外産農産物や輸入農産物が量販店の青果物売場に並べられ、その売上はチェーン本部に吸い上げられて県外に流出し、地元に還元されることはほとんどなかった。それと比べれば、ファーマーズマーケットができたことによる地域経済効果の差は歴然である。
 開業から2年足らずであるが、「めっけもん広場」は当初計画を大幅に上回る成果をあげている。だが、心配な点がないわけではない。それは消費者の不満だ。余りにも短期間に利用が伸びたために、駐車場の不足、レジの混雑、客動線の混乱、販売台の不足、商品の欠品、清掃の不徹底、従業員教育の遅れなどが慢性化しつつある。消費者はわがままなものだから、売上を伸ばすことだけに気を取られて消費者の不満解消を怠ると、たちまち客足が遠のいてしまう恐れがある。
 もちろん、「めっけもん広場」ではこのことを十分に認識しているはずだ。これまでのめざましい実績に慢心することなく、消費者に軸足を置いた「売れるものをつくる店」として、消費者ニーズ優先の運営努力と出荷者に対する営農指導を続けること。そうすれば、消費者の圧倒的支持を得ることができ、組合員農家の意識改革がさらに進んで、輸入農産物にビクともしない「地産地消」の拠点になるにちがいない。




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