シリーズ 農協運動の前進のために「農協改革」を考える ― 2 |
農協金融システム改革と政府の役割 破綻処理の方式は「ペイオフ」と「資金援助」 |
新たな農協金融システムの構築の方針のもと、農協改革法案では、JAと信連の早期経営改善を図るため、「自主ルール」を策定することが打ち出されている。三輪昌男國學院大学名誉教授は、この自主ルール策定の問題点として農林中央金庫がその設定と管理にあたる点に問題があることなどを指摘する。また、金融機関の破綻処理法のひとつである「ペイオフ」について、正しい理解が必要だと強調する。 ◆ 監査体制は中央会系統監査システムの活用を
‐‐前回は早期是正措置の設定・管理は本来、政府の仕事であって、自主ルールを作れと政府がいうのはおかしいとの指摘でした。
三輪 奇妙な話です。かりに政府が自主ルールを作れといってもよいとして、なぜ中央会系統の監査システムでやれといわないのか。 ‐‐協同組合界にはなぜそういうものがあるんですか。 三輪 協同組合では組合員が経営者です。しかし経営の素人ですから、それをカバーするためにです。もう一つは、監査を、組合員とくにリーダーの経営者能力を素人なりに高める機会にするためです。 ‐‐なるほど。早期是正の自主ルールを作れというのなら、この中央会監査システムにいえばいい…… 三輪 そうです。農林中金はそういう監査の経験もシステムも持っていないのですから。 ‐‐それなのになぜ?早期是正措置は信用事業に関するものだからでしょうか。
三輪 それはありえません。農協は総合経営だから、経済事業などのリスクが信用事業のリスクになる。これは切り離せない。 ‐‐だけど中央会系統は信用事業に弱いといわれています。 三輪 そんなことをいってないで、例えばFDIC(米国の預金保険公社、前号参照)の検査・監視の手法を勉強して強くならないといけません。急には強くなれないというのなら、農林中金から出向させればよい。 ◆ 農林中金が自主ルールを作るのは奇妙
三輪 農林中金にやれというのが奇妙である理由が、他に二つあります。 ‐‐農林中金と単位農協とは営んでいる金融ビジネスの内容が違うからと考えてのことではないでしょうか? 三輪 違っていても、早期是正措置の対象としては同類だから、矛盾は解消しません。それに「ひとつの金融機関」として一体化せよといっているのだから、違いはなくなります。 ‐‐もう一つの理由は何ですか。
三輪 農林中金と信連・単位農協は、金融ビジネスで取引をしています。一般企業界の表現を用いていえば、ある時はこちらが顧客、またある時はあちらが顧客。つまり、取引の立場は対等です。 ‐‐本当に問題が多いですね。 三輪 なぜ農林中金に、ということになるのか、私にはまったく理解できません。不思議です。 ◆ 「積立基金」の機能は相援制度と同じ ‐‐自主ルールに関連して「積立基金制度」を作れという話があります。これは貯金保険制度の補足のようなもののようですが。
三輪 これがまた、奇妙な話です。必要な説明をまず簡単にしておきます。 ‐‐そこに新しい積立基金制度の話が出てきた……
三輪 検討会の報告書で積立基金の機能としていわれていることは、本質的に相援制度が営んできた、そして今も営んでいる機能と同じです。とすると、相援制度の充実をはかれ、といえばよい。 ‐‐では、相援制度は今後、どうすべきといっているのですか。 三輪 不良債権の処理のために活用せよ、です。 ‐‐今の機能はやめて? 三輪 はっきりいっているわけではありませんが、そう理解するほかないですね。新基金との機能重複は無意味だから。 ‐‐不良債権の処理が重要で、それ専用の基金が必要なら、新基金をあてればよいのでは。
三輪 ところが、そうではない。なぜなのか、私には理解できません。相援制度の立場にとって、多年に渡って果たしてきた、そして今も果たしている役割をやめて、別の役割へ変わるのは重大なことです。新しい役割がどれほど重要かの説明が必要です。 ‐‐その説明はないんですね。
三輪 大手銀行の不良債権は深刻な貸渋りを引き起こしている。持っている株と土地の評価損を大きな要因とする大手銀行の不良債権。一方、それをけっして大きな要因としない農協の不良債権は、内容・質が違う。しかも、貸渋りが起きているわけではない。それなのに、なぜなのか。説明が絶対に必要です。それなしに、役割を変えろ、です。 ‐‐自主ルールの話はこのへんで打ち切りますか。 三輪 もう一つだけ。カネの話ですが、農林中金が自主ルールを管理する、つまり問題農協を早期発見するためには、監査システムの運営が不可欠です。それにはカネがかかります。農林中金でなく中央会系統監査システムでやるにしても充実にはカネがかかる。それを何で賄うのかの話はまったくありません。 ‐‐農林中金がくめんするだろうと……。
三輪 どんぶり勘定はいけません。相援の基金なり新基金なりで捻出すべきです。 ◆ 破綻処理の方式は「ペイオフ」と「資金援助」 ‐‐早期是正措置の自主ルールを作れという話は、農協の経営環境が厳しくなるからということで出てきました。厳しくなる事情の一つとして来年、2002年4月からの「ペイオフ解禁」があげられています。 三輪 ペイオフ解禁というのは間違いです。「全額保護の打ち切り」。「解禁」を使うのなら「1000万円以上の保護をしないことの解禁」が正しい。全額保護期間中も、別にペイオフが禁止されていたわけではない。ペイオフをできるけれど、しなかっただけ。だからペイオフ解禁は間違いです。 ‐‐もう少し説明を。
三輪 自己資本比率0%未満になり、早期是正措置で業務の全部停止命令が出ると、預貯金保険制度が登場して破綻処理に入ります。破綻処理の方式は大別して「ペイオフ」と「資金援助」の二つです。 ‐‐ペイオフだと、1000万円以上はパーになってしまうのですか。 三輪 いいえ。管財人が、破綻金融機関の資産を処分して得た資金で、預貯金を含む諸負債について、残高比例で返済します(優先条項があればそれを組み入れる)。だから通常、パーにはならないし、損失僅少ですむこともあります。 ‐‐二つの方式はどう使い分けるんですか。 三輪 米国では、処理コストを推定・比較して、コストが小さい方式を使う、というのが原則です。 ‐‐コストの内容は? 三輪 ペイオフの場合、支払保険金額と資産処分による預金回収額の差額、他に名寄せ、支払対象外の預金(他人名義・架空名義・導入預貯金など)の選別、支払事務などに手間(人件費)・雑費がかかります。資金援助の場合は、無償供与が主です。 ◆ 米国では「ペイオフ」でなく「資金援助」が主流 ‐‐二つの方式の、米国での実績はどうなんですか。
三輪 保険機関(FDIC)は、資金援助を好みます。ペイオフは、名寄せなど手間がかかって煩わしい。もう一つ、重要なことですが、ペイオフで最高限度超過部分に損失が生じて、騒ぎが起きるのを避けたい、という理由です。 ‐‐別表をみると、件数は資金援助よりだいぶ少ないですが、ペイオフが実施されていますね。限度超過部分の損失での騒ぎは?
三輪 米国でペイオフを実施するのは小規模金融機関のようです。小規模金融機関の預金者は最高限度内の少額の人がほとんど。超過部分を持っている人も少しはいるが、しかしFDICの『80年代の歴史』というレポート(97年刊)をみると、騒ぎが起こった記録はまったくない、と書いています。損失はあっても僅少というのが、昔はともかく別表にみる近年の実績なんですね。 ‐‐日本では……。 三輪 当初はペイオフの定めだけでした。86年の法改正で資金援助ができるようになった。87年に貯金保険で、91年に預金保険で初めて制度が発動されて、その後、特に預金保険ではかなりの発動件数になっていますが、すべて資金援助です。96年6月以降の全額保護中も。ペイオフは手間がかかって煩わしいということが理由でしょう。 ◆ 米国と日本の経験から「ペイオフ」はないとみるのが常識 ‐‐来年4月、全額保護打切り後の見通しはどうでしょうか。
三輪 お話してきた米国と日本の経験からすると、ペイオフはない、とみるのが常識ではないでしょうか。マスコミは人々の心配をあおるのが商売のようで、「解禁」後ペイオフが起こり、預貯金者が何らかの損失を被る可能性が大きいようにいっています。 ‐‐マスコミが不安をあおるので、他の金融機関に貯金を移す動きが、農協で起きるかもしれませんね。 三輪 農協の組合員には、土地代金を農協貯金で持っている人がいますから、1000万円まではともかく、超過部分を分散しようとする動きは、すでにあるかもしれませんね。 ◆ 農協のこれからの対処は的確な情報提供 ‐‐農協サイドはどう対処したらいいんでしょうか。
三輪 さきほどお話した米国と日本のペイオフの経験、それから出てくる常識的な今後の見通しを、誇張などけっしてせずに情報提供することですね。 ‐‐ありがとうございました。 |