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(こいけ・つねお)昭和16年東京都生まれ。京都大学大学院農学研究科修士課程修了。63年滋賀県立短期大学教授、平成7年滋賀県立大学教授、11年同大学環境科学部長。主な著書は、「協同組合のコーポレイト・ガバナンス」(家の光協会)、「環境保全と企業経営」(東洋経済新報社)など。 |
米政策改革の基本理念、検討のプロセスには歴史的に問われるべき根本的な問題ありで、その点についてはしかるべき機会にきちんと書き残しておくべしと考えている。しかしここでは、むしろ米政策改革大綱に沿う実行の過程で生じるであろう問題にしぼって検討を加えておくことにしたい。とはいえ、いまだ不明の部分が多く、今国会での食糧法の改正、それに併行して策定されるであろう「基本要綱」、さらにはこの8月には明らかになる平成16年度の予算措置等々を待たなければ詳細のところはわからないというのが実態であろう。
現場での最大の関心事は(それは最大の不安にひとしい)、1つには、「担い手経営安定対策」の対象者は誰か、そしてその対策の中身がどのようなものかである。2つには、生産調整の誘導策が万全なものであるかどうか、そしてそれを実施するのは誰なのかである。そしてその結果として、このプログラムがソフトランディングを誘導するのか、それともハードランディング不可避のシナリオになるのか、その行方を注視せざるを得ないというところであろう。もちろん加えて、WTO農業交渉におけるMA米の取扱い如何も重大な関心事である。はじめに、「担い手経営安定対策」の対象と中身について検討しておきたい。
◆問われる「担い手経営安定対策」の対象と中身
米政策改革大綱(以下では「改革大綱」)が担い手として位置づけているのは認定農業者(制度の見直し・改善を行うとしているが)と集落型経営体(一元的に経理を行い、一定期間内に法人化する等の要件を満たす集落営農)である。一方、生産調整に関する研究会の「水田農業政策・米政策再構築の基本方向」(以下では「基本方向」)が提示している「効率的かつ安定的な家族農業経営」は、現状(平成11年)で4ヘクタール、目標年次(平成22年)で12ヘクタール規模で、6万戸、これが6割の経営耕地面積シェアを占めるという展望を示している(いずれも都府県)。この基準については西日本では、「改革大綱」のあいまいな設定を歓迎、「基本方向」の基準は過大という受けとめが一般的といえる。
つぎに肝心の「担い手経営安定対策」の中身についてであるが、周知のように、「改革大綱」はこれについて、「米価下落による稲作収入の減少の影響が大きい、一定規模以上の水田経営を行っている担い手を対象に、すべての生産調整実施者を対象として講じられる産地づくり推進交付金の米価下落影響緩和対策に上乗せし、稲作収入の安定を図る対策として、『担い手経営安定対策』を講じる」としている。
一方、「基本方向」は、「地域農業の維持・発展を責任を持って担いつつ、規模拡大等の経営改善に取り組むものを対象として、米価の著しい下落の影響を緩和するための対策、生産調整を実施している担い手の稲作収入が、米価の下落により一定の基準を下回る場合に、その差額を一定部分(米価下落影響緩和対策補填金等を控除)を補填する仕組み」を検討している。つまり言われていることは、一定水準以上の米価下落の「一定部分の補填」以上のなにものでもなく、しぼり込んだ担い手に対する不足払い、といったような内容の補填はまるでみえてこない。加えて、米価下落対策や担い手経営安定対策の拠出割合について、現行の稲作経営安定対策の1:3から1:1への後退も言われており、「しぼり込んで、ふりかけ程度」の経営安定対策の対象と中身と言わざるを得ないであろう。
◆問われる生産調整の誘導策と実施者(参加者)
生産調整の誘導策については、「改革大綱」も「基本方向」も「すべての生産調整実施者を対象として講じられる産地づくり推進交付金の米価下落影響緩和対策」という点では一致している。加えて、前者は一応自給率向上を言っているが、これがどのように誘導策に結びつくのか、その中身はまったくみえない。生産調整参加のインセンティブは弱まらざるを得ないという状況のもとで問題になるのは、言うまでもなく、「誰が生産調整を実施するのか」の問題である。実施のインセンティブが弱く、零細規模農家、兼業農家を経営安定対策の枠の外に追い出すということになると、生産調整は認定農業者だけでこなさなければならないということになる。先にみたように、認定農業者の経営耕地面積シェアが6割に達するということであれば、その内の3割を生産調整に当て、稲作の作付は残りの3割で行うということになる。生産調整参加のメリットは零細規模農家と同一のものであるわけであるから、これも参加のインセンティブは弱いとみなければならない。
かくして、生産調整は頓挫する、価格はさらに暴落する。備蓄政策は回転備蓄方式で用をなさない。ということで、準備されているのはまさにハードランディングのシナリオ以外のなにものでもない、と考えざるを得ない。そのときに、もう一度米管理システムを見直さざるを得ないということになるのか。何のための試行錯誤、犠牲はあまりに大きい。
結果的に、かつての生産調整協力者を国賊呼ばわりすることになった、「生産調整に関する研究会」の「生産調整はカルテル行為」という決めつけ発言の意味は小さくない。国のために生産調整に協力するというような生産者はもうどこにもいないと考えざるを得ない。この点から考えてみても、研究会のハードランディングのシナリオはまさに確信犯の提案とみるほかはない。
◆どんな現実的対応が求められているのか
ハードランディングの意味するものは、「荒廃農地の大量発生と、さもなくば価格の大暴落」である。前者についてとくに懸念されるのは、大規模経営のバンザイ、条件不利地域の「これを機に胸を張って耕作放棄」の対応、価格反応の小さな飯米農家、縁故米生産農家は「動かざること山の如し」という構造である。ハードランディングプログラムが想定している8000円への大暴落(研究会内部ではこの見通しすら甘いと指摘されている)、その後の1万2000円への回復という価格回復のシナリオが前提にしていることは、さらなる荒廃農地の拡大しかないのである。破壊の後に建設があるというのは一種の神風思想であり、市場原理主義というが、そこにあるものは現実に対する絶望と不信と非科学的思考(清算主義)ではないか。
どのような現実的な対応が考えられるであろうか。決め手は、「しぼり込んで、ふりかけ程度」の経営安定対策の対象と中身の提案に対抗して言えば、担い手要件の弾力的な設定、手厚い経営安定対策、手厚い産地づくり推進交付金しかないということになるであろう。とくに、担い手要件の弾力的な設定に関して言えば、全国一律ではなくて、地域の規模構造に対応した、また、たとえば条件不利地域に対しては不利な条件に対応した基準の設定が必要であり、また、経営耕地面積規模のみでとらえるのではなく広く事業規模(たとえば作業受託規模も加える等)でとらえるというような基準の弾力的設定が強く望まれる。集落営農については、要件は厳しく設定するとしても、魅力となる手厚い経営安定対策、手厚い産地づくり推進交付金を、という対応が求められるであろう。
つぎに提案しておきたいのは、過去の政策手法をふまえた現実的対応である。これまでの政策手法に共通してみられるのは、「新たな高度な取り組みをした者に対しては、従来水準の補助金を確保する」という「原則」(暗黙の了解)である。そういう意味では、今からさまざまな可能性に対応した地域における次善策の検討の必要性を強調しておきたい。実務担当者の、「あまり無茶なことはできません。そんなことしたらむちゃくちゃなことになってしまいます」という本音も聞こえてくる。
最後に、国民の食料安全保障の意識の高さを信頼して(これについては、周知のように、各種のアンケートによって十分に確認されている)、全国各地で「食と農の分断を越えて」のともに生活者の視点に立った、市民自治に基づく産業政策の確立をめざした取り組みを展開していくという大きな課題が残されていることを指摘しておきたい。 (2003.4.9)