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よしだ・としゆき 昭和23年生まれ。東京大学農学部卒、同農学系大学院博士課程修了、農学博士。(財)農政調査委員会研究員、同主任研究員、同国内調査部長を経て平成8年より現職、12年より同学部長。食料・農業・農村審議会臨時委員、自主流通米価格形成センター運営委員及び取引監視委員、米の情報委員会委員、国土交通省地域振興アドバイザー、群馬県食料・農業・農村政策審議会委員。
主な著書は『米政策の転換と農協・生産者』(農文協)、『米の基礎知識取得講座』(米穀協会)、『米の流通―自由化時代の構造変動』(農文協)、『タイ・台湾の米穀事情最前線』(農政調査委員会)、『就学構造の変化と兼業農家』(農政調査委員会)ほか。
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食と農の再生プランでは、食の安全性確保、米政策改革あるいは構造政策の推進とともに農協改革が重要な課題となっている。また、政府の経済財政諮問会議や総合規制改革会議等における農協改革に大きな関心をもち、農水省でも「農協改革の基本方向」が発表された。農協組織の一部にはこれらを外圧ととらえ、改革に消極的に対応する面もある。しかし、食の安全性確保、米政策改革といった農政課題に積極的に対応し、経済・社会の変化のなかで農協が直面している諸課題に対応するためにも営農経済事業改革は不可欠となっている。
わが国の農協は総合農協であり、経営面では、信用・共済事業の黒字で営農経済事業の赤字をカバーする構造を特徴としていた。金融自由化を契機として農協合併が推進された。しかし、合併農協の多くは組織・事業量が肥大したが、その規模に見合った組織・事業の運営ノウハウが未確立な上に、連合会の支店的地位に止められ、機能や役割が変化していないため、組合員の農協離れが指摘されている。
さらに、金融の自由化、低金利のもとで系統農協の信用、共済事業の収益が急速に悪化し、将来的にも収益改善が見込めなくなったため、農協は営農経済事業の赤字を信用・共済事業でカバーするという経営構造を維持することが困難な事態に直面している。まさに、営農経済事業改革を通じて収支改善が求められるが、営農経済事業の「リストラ」のみに終始するならば農協の存在そのものを否定することにつながる。マーケティングと生産者手取の最優先とした改革でなければならない。また、農協の信用事業が黒字であったことによって、系統農協経済事業では単協が赤字、県連、全国連が黒字という事業経営体質が容認されてきたが、単協でも収支均衡もしくは黒字が求められることとなると従来までの経済事業システムでは対応が困難となる。単協と県連、全国連の機能分担を含めた経済事業改革が必然化することになる。
◆多様な流通ルートと担い手層の構築
食の安全性確保や食と農の距離を縮めることが課題となっているが、系統農協の経済事業は、食管制度時代の集荷や卸売市場の出荷システムに対応したものであり、食に対する消費者ニーズ及び流通の多様化に対する新たな対応が求められている。その典型が甘楽富岡農協の取り組みである。
その第一は、マーケティングを基礎として従来までの市場出荷に加え生協、量販店との総合相対複合取引、インショップ、直売所、ギフト等の消費者の多様なニーズに沿った多様な流通ルートを構築したことである。
第二は、多様なニーズと流通ルートに沿った多様な担い手、法人、大規模農家、新規参入者、高齢者、女性等を組織したことである。第三は、品質、量目、価格設定は消費者に選択されることを原則としていることである。例えば、量販店で売れる量目と価格を設定し、その価格を基準とし資材費と流通コスト等の削減を通じて生産者手取を最優先する原則を貫いている。また、消費者が必要とする日に新鮮な食料を届けるために365日体制を原則としている。その結果、輸入野菜との品質・価格競争にも打ち勝つとともに高水準の生産者手取りを実現している。
この方式は従来型の生産・流通コスト積み上げ型とは質的に異なる消費者、生産者視点にたったマーケティングと資材、流通コスト削減型である。同時に、従来型の系統共販とも異なる方式である。
第四に、以上の原則のもとで情報公開を原則とし営農経済事業においてコストに見合った負担を原則とし事業収支を大幅に改善している。第五に、流通業者、実需者(買取り)及び農協、生産者がリスクを応分に負担することによって、全量販売をすることを原則を貫いている。そのことによって、売筋は増産、売れ行き不振は品質、価格の見直しを適確にかつ機敏に対応することが可能となっている。全体として、食と農との距離を縮めることに成功している。同時に、事業原則を「平等」から「公平」へ転換に成功している。以上は、市場原理や国際化のもとでの農協の事業、組織の方向を示すとともに日本農業の在り方を示している。
◆コメ事業にも求められる
JAのマーケティング力
甘楽富岡の事例は米政策改革における「売れる米づくり」や水田営農のモデルでもある。ところで、系統農協の米穀事業は、食糧法下では「失われた7年」であった。計画流通制度のもとで食管制度時代の事業方式を維持したため計画外流通米が増加し、農協小売や経済連卸の売上が大幅に減少した。計画外流通米が全流通量の40%以上を占め、計画流通米が上回る県つまり農協へ出荷する組合員がマイナーとなった県が23県に達した。しかも、計画外流通米は中間流通段階を省略し、多様なニーズに対応し多様な流通ルートを形成しているのである。とりわけ有機・低農薬米等の多くは計画外流通米が担っている。つまり、食と農の距離を縮め、多様なニーズに的確に対応しているのが計画外流通米なのである。同時に、米改革は米政策から水田営農への転換であり、「地域水田営農協議会」による水田農業構造計画に基づく、「売れる米づくり」、水田営農、担い手づくりである。今回は計画が文字通り「実効」されることが期待され、実効できない産地は存立基盤が大きく揺らぐことになる。
したがって、農協がマーケティングと販売力に裏付けた売れる米づくり、水田営農、担い手育成に積極的に関与することが求められる。そのモデルは越後さんとうであり、土づくりとマーケティングを基礎に地元の酒造メーカーや首都圏の生協、スーパーと米、大豆の高付加価値契約販売を行い、トレーサビリティに取り組むとともに野菜の産地化、法人経営の育成に成功している。その結果、高価格販売を背景として米の集荷率は95%を実現するとともに施設や資材の利用率が向上し、収支を改善している。この事例も、従来型の営農経済事業がマーケティングと担い手育成を基礎とした改革が必要であり、農協と連合会の機能見直しが必要なことを示している。
◆組合員の信頼得て改革を
担い手育成に関連して、農業就業人口の半分以上が65歳以上となっており、世代交代に伴う担い手育成が地域農業の緊急課題となっている。このことは組合員の世代交代が近い将来生じることを意味する。世代交代の過程で農協が組合員に選択されるとになり、選択されない農協はその存立基盤を失うことを意味する。組合員に選択される農協とは?が問われるのである。選択される農協になることは甘楽富岡や越後さんとうをモデルとして、組合員の視点に立ち(1)マーケティング、農産加工を通じて販路を拡大するとともに生産者手取りを実現するとであり、(2)それらを基礎として多様な担い手、法人、大規模農家、新規参入者、高齢者、女性等を組織し農業、地域振興を行うことであり、(3)組合員に必要な良質で低価格の生産資材や生活資材、サービスを供給することである。まさに、営農経済事業改革を通じて、農協は消費者に選択される農産物、食、サービスを供給し、さらに、組合員に選ばれ、地域社会に認知される農協に大きく変革することが求められているのである。以上のように食と農の再生を実現するには農協改革が不可欠なのである。
同時に、農協は組合員の結合した組織であり、事業、組織改革の基礎にあるのは役職員に対する組合員の信頼である。組合員の信頼を得るだけ能力を身につけ、活力をもって事業に取り組むことである。そのためには、地域農業と農協改革についてのしっかりした戦略とその上にたった意識改革と人材育成が必要となっている。 (2003.6.11)