農業協同組合新聞 JACOM
   

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シリーズ 農協のあり方を探る−10

JA改革の本質を見極める(中)
自らの手で改革の具体策を書こう


今村奈良臣 東京大学名誉教授


第二 農産物の生産や供給は農協がなければできない

今村奈良臣氏
いまむら・ならおみ 昭和9年大分県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。前日本女子大学教授、東京大学名誉数授。著書に『人を活かす地域を興す』『補助金と農業・農村』(第20回エコノミスト賞受賞)(以上、家の光協会)『国際化時代の日本農業』『農政改革の世界史的帰趨』(編著)(農山漁村文化協会)など。
 「金融共済は銀行や保険会社、郵便局もある。しかし、農産物の生産や供給は農協がなければできない」。かつて、黒澤賢治さん(JA―IT研究会副代表、前JA甘楽富岡営農事業本部長、現JA高崎ハム常務理事)が言い放った名言である。
 黒澤さんが言わんとしたことは、信用・共済分離論を主張しているわけでは決してない。そうではなく、農協の果たすべき最大の仕事は、国民・消費者にいかに安全かつ安心してもらえる農畜産物を安定的に供給するかにある、ということを強調しているのである。
 そのためには、これまでの農協の販売事業のシステムをいかに改革すべきか、食と農の距離をいかに縮めるか、という課題を高らかに宣言した言葉である。農協は消費者が求めているものを、身をもって捉えていただろうか。ただ作って集荷し、選果して出荷すればよいという安易な行き方ではなかったか。安全とか安心とかいう基本問題に真剣に取り組んできたか、というような反省からでてきた言葉でもある。
 さらに、販売するための農畜産物を生産するに当たっては、営農指導事業が欠かせないが、農協合併などを契機に営農指導事業は収益を生まない不採算部門として縮小されるとか切り捨てられつつあるが、それでよいのか。
 そういう路線ではなく、営農指導事業と販売事業をしっかり結びつけ、真に消費者の求めているものを作り、それを実現する販売・供給システムにつなげ、あわせて生産者組合員のフトコロを最大限に暖めることのできる改革路線を作るべきではないかということを提示しているのである。
 この黒澤賢治さんの改革提言は言い放しに終わっているのではなく、JA甘楽富岡のこれまでの実践に結びついている。
 (1)「生産者手取り最優先」の理念による営農事業の根本的な転換、(2)多様な生産者による多品目生産を支える五つの販売チャンネルの開拓とパッケージセンターの設置、(3)「公開の原則」による組合員の事業参画と面積予約による購買事業と販売事業、経営指導のリンク、(4)多様な生産者に対するきめ細かな技術サポート、(5)生産者を鍛え元気にする直売システム、(6)販売促進委員会商品開発部会によるオリジナルブランドの多面的開発、(7)面積予約による計画生産・計画販売で産地主導の値決め型販売、(8)職員の研修システムと総合職としての営農指導員の意識改革、(9)女性・高齢者が元気を出せる地域づくり、(10)平等原則から公平原則へ。
 JA甘楽富岡がJA改革のトップランナーとして評価される点は、以上述べたような斬新な改革路線にあるが、その原点は、「農協がなければ農産物の生産や供給はできない」という考え方を堅持しているところにある。この原点を忘れては、農協の存在意義はなくなってしまうということを肝に銘じてもらいたいと思う。
 「農協のあり方についての研究会」の報告書で、現状の農協に内在している問題点として次の4点を指摘した。要点だけ要約して紹介しておこう。
 (1)農協制度発足後、半世紀以上が経過して「組合員のための組織」というよりも、「組織のための組織」という色彩が強まっている。
 (2)農協合併で規模が大きくなったが、それに見合った運営ノウハウが確立していない。
 (3)食料不足を前提にした系統出荷システムを今も踏襲しているため、消費者ニーズをふまえた農産物販売になっていない。
 (4)農業者の階層分化が進んだ現在においても、「形式的な平等」となり、担い手を中心にした「実質的な公平」な事業運営に転換できていない。
 ここで指摘した問題点は、あくまでも基本的な問題点を整理したものに過ぎないが、これらの問題をいかに克服し活力ある農協にすべきかを次に具体的に述べてみよう。黒澤賢治さんの提言と実践は、実はここで指摘された問題点の全面的な改革へ取り組んだ先発事例でもある。

第三 危機を発展のエネルギーに転化させ、
営農指導は「先行投資」と位置づけ、トップ・ランナーへの道を

◆「農業恐慌」から立ち上がる

 目を見張らせるような販売戦略。老若男女の生産者組合員全員の信頼を集めてゆるぎない活動をする営農指導。ガラス張りの経営。たゆみない市場開拓と新作物の創造。JA甘楽富岡の早朝の集荷場に来た組合員と話してみると、その活気に充ちた会話から、こういうことがすぐ連想される。
 いまでこそ全国JAのトップ・ランナーと評価されているJA甘楽富岡だが、かつては倒産してもおかしくないような状況に追い込まれていた。つまり前回述べた私の分類による下位200JAそのものであった。1980年代半ば、現在のJA甘楽富岡管内の農産物売上高は約83億円。そのうち養蚕50億円、コンニャク30億円で売上の96%、80億円はこの二品目で占められていた。それが生糸の輸入自由化(84年)、コンニャクの自由化(95年)により壊滅的な打撃を受けた。98年には養蚕は僅かに1億3800万円、コンニャクも8億8500万円、両者合わせて約10億円。6〜7年の間に実に70億円の売上の激減であった。まさに農業恐慌そのものであった。そのうえ、合併した養蚕農協は膨大な赤字。「危機」という言葉を通り越していた状態であった。また、近隣に立地した工場団地へ10年間で2480名の青年男女が流れ出ていった。農地の荒廃は激増し、まさに、地域空洞化、とはこの地域のために作られた言葉のようであった。
 しかし、ここから出発し、今日のJA甘楽富岡が創り出されたのである(詳しく知りたい方は「農村文化運動」157号、161号、163号をとりあえず読んでほしい。また、ビデオ「『営農の復権』で元気な地域づくり」も見て欲しい)。

◆大水害で飛躍のバネに

 JA越後さんとうは、米政策改革大綱の打ち出されるはるか以前から、この大綱に盛られたような路線をすでに実践してきたということで、いま全国から熱い視線を浴びている。
 生産者手取りをふやす、「安全・安心な健康米」づくり。そのための米の分別管理とブランドの確立、つまり売れる米づくり。マッピング・システム(地図情報化)にもとづく施肥・栽培体系の統一。人工衛星活用によるタンパク含量測定と適期稲刈りの徹底。集落に基盤を置く農業法人化の推進と生産性向上、コスト低減。女性、高齢者による六次産業化の推進と生産的福祉の道の開拓。いずれも「米政策改革大綱」で示された路線の更に先を行く地域農業戦略を具体化し、実践している姿を見て取ることができるであろう。
 しかし、このように先端を歩むJA越後さんとうも、大水害という危機を契機に新しい飛躍を勝ち取ったのである。1978年、JA越後さんとうの沃野をうるおしてきた信濃川の支流で一級河川の渋海川が氾濫、管内の優良農地が一夜にして荒廃することになった。
 大水害の復旧と合わせて大規模圃場整備の実施が行われるが、折からの高度成長の中で労働力流出、兼業化の進展、機械化貧乏の深化など、米作地帯共通の難問につき当たるが、その中から地域農業の司令塔としてのJA越後さんとうの斬新な活動が始まるのである(詳しくは、「農村文化運動」167号、ビデオ「水田営農復権への地域戦略づくり」を見てほしい)。

◆人材と営農指導

 さて、以上、全国のJAのトップ・ランナーとして位置づけられている野菜など青果物を主体としたJA甘楽富岡、米作地帯の代表としてのJA越後さんとうについて紹介してきたが、いずれも「危機」を逆転の発想で乗り越え、今日の姿を築き上げたことが判ったと思う。だから、現状ではどん底にあると見られるJAでも、常に努力次第でトップJAに飛躍できる可能性を秘めているはずである。では、どこから、どういう視点で取り組むべきか。
 第一、何よりも人材が基本である。まず、組合長はじめ役員に「経営者」としての資質を持つ人材を選任することが基本である。しっかりした将来構想を持ち、職員、組合員、そして消費者、実需者の声を聞く能力を持ち、とりわけ職員のもつ開発力を掘り起こし力量を発揮させうるような人材が、まず何よりも不可欠であろう。旧来型地域名望家とされていても「経営者」能力を欠く場合、JA改革は容易ではないであろう。
 さて、次に課題とされることは、「営農復権」という課題である。営農指導事業は、旧来からとられてきた細々とした狭い技術指導や経営指導などを乗り越えて、JA管内全域の農業をいかなる方向へ持っていくのか、そして、JA管内の生産物を消費者、実需者にいかに売るかという計画と構想を提示しなければならない。そうすることによって、JAは地域農業改革の司令塔になることができるのである。計画の策定について、具体的にその要点を述べれば次の10項目を充たす計画を具体的に策定しなければならない。

(1) 誰が
(2) 誰の(どの)土地で
(3) 何を
(4) どれだけ
(5) どういう品質のものを
(6) どういう技術体系で
(7) いつ作り
(8) どのような方法で、誰に売るか
(9) そのために産地づくり交付金などの多様な助成金をいかに活用するか
(10) 以上を実現し、実行するために、JAの組織体制、指導体制、実行体制をいかに再構築し改革するか

 この10項目の1つ1つの項目はいずれも重要だが、それぞれについて詳しくは次回(下)で述べることにするが、これを読んで頂いたJAの役員、そして職員は各自、まず自らの手で答案を書いてもらいたいと思う。各JAで役職員が500人いれば500通りの答案ができる可能性があると思うが、それを持ち寄って、JAとして何をどこから始めるべきか、核心に迫る討議を始めてもらいたい。
 これまでの事例としてとりあげてきたJA甘楽富岡にしてもJA越後さんとうにしても、あるいは、JA三次、JA山武郡市、JAふくおか八女、JAかづの、JAひまわりなど、JA―IT研究会に結集しているトップ・グループは、いずれも、先にあげた10項目について真剣な検討を行いつつ、JA改革に取り組み、組合員に「選択」してもらい、消費者、実需者の要望に応えるべく全力をあげているのである(詳しくは『農村文化運動』169号、「すすむJAの自己革新−トップリーダーの提言−」参照)。 (2003.8.12)



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