農業協同組合新聞 JACOM
 
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シリーズ 農協のあり方を探る−15

農地利用集積や食育にテコ入れ
基本計画見直しのポイントは3点


渡辺好明 
農林水産事務次官
梶井 功 
東京農工大学名誉教授


 梶井名誉教授は農政課題について見解も出しながら、食料・農業・農村基本計画の見直しなど多岐に渡って渡辺次官の話を聞いた。その中で次官は、来年は農業経営所得政策を構築するための1年になるとした。また条件不利の補正という課題も挙げた。さらに農地をはじめ水路や森林など地域資源の管理活動を対象にした国の負担も考えるなどと基本計画見直しのポイントを説明した。


◆多様な農業の共存を基本哲学に

渡辺 好明次官
わたなべ・よしあき 東京都生まれ。68年東京教育大学文学部を卒業し、農林省(現農林水産省)に入省。以後、大臣官房企画室長、林野庁林政部長、環境庁水質保全局長、構造改善局長、水産庁長官等を歴任し2002年1月に農林水産事務次官に就任。

 梶井 小泉総理の農業鎖国論が問題になっていますが、次官としてはいかがですか。

 渡辺 言葉にインパクトを与えようとしたのではないでしょうか。現場にいた人に、あの発言の前後を聞いたところ全く趣旨が違うんですよ。国際化の進展を指摘した後“先進国の農業者は所得を確保する上で国境障壁の高さだけに頼っていることはできない”として“農業鎖国の時代ではない”とおっしゃった。続いて農業の構造改革を強調されたと聞いています。
 私も何回か官邸へ行って直接お話ししていますが、総理は、世界中の国からこれだけたくさんの食料を買っている国はないという認識はしっかり持っておられますよ。

 梶井 それにしては、あれは大変に誤解を与える言葉です。財界の主張そのものじゃないか、ととられてもしようがない。

 渡辺 私としては構造改革を進める路線を揺るぎないものにしていこうと思っています。

 梶井 農業者は一定の所得が確保されなくちゃいけないという認識は大事ですが、今や先進国では効率的な農業体制を築き上げても、国際的な農産物価格を前提にしたのでは、所得が確保できない。やはり政策的な所得支援が必要で、それは米国の02年農業法による国内農業保護の強化が非常によく示しています。

梶井 功先生
かじい・いそし 大正15年新潟県生まれ。昭和25年東京大学農学部卒業。39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に『梶井功著作集』(筑波書房)など。

 渡辺 国内農業の支持は国際的なルールで認められた手法でやらないといけません。カンクンのWTO閣僚会議が壊れた一番の大きな原因は発展途上国のパワーに敗れたんですね。当初はG22といっていたのが、今は米国の働きかけで15か16カ国にまで切り崩されていますが、輸出途上国にとっての目の上のたんこぶは各国の輸出補助金であり国内支持ですよ。
 それから輸入途上国にとっては輸入すべきものが、ほかの金持ち国へいってしまうのが困るわけです。そこで全体のバランスをとる時の基本哲学は、多様な農業の共存ということになりますね。だから今回、日本を含む10カ国が関税の上限設定撤廃で団結できたのは大変な成果だったと思います。
 今後も、これを大事にすることと、農業・農村が持つ多面的機能の発揮という点でまとまれるフレンズ各国も大事にしなければと思っています。

◆早くまとまるFTAも…

 梶井 WTO農業交渉への基本的な対応方針は今後も変わらないということですか。

 渡辺 そうです。それから、こういう国際交渉は時間がかかっても必ず何らかの形で妥協が成立します。ウルグアイラウンドも当初の期間を過ぎたけれど結局は包括関税化をやったわけです。そういう日がいつかはきますから、改革を先送りすると後で困ります。その改革の主眼は国際ルールで認められた国内農業支持ということです。

 梶井 交渉の進行はWTOよりもFTAが先になりますか。

 渡辺 そこはわかりません。国是はWTOが主眼で、FTAは補完的措置という位置づけですが、メキシコ及び韓国とのFTAは、WTO交渉の決着前に結ばれる可能性が大ですね。

渡辺次官
梶井 メキシコとEUのFTAは農産物の例外扱いがかなり多く、豚肉もそうです。ところが日本には土壇場になっても、さらなる譲歩を求めました。一体どういうつもりですかね。

 渡辺 メキシコはFTAを結んでいる32カ国に優先的に国内のマーケットを与えていますから、日本の経済界とくに輸出なり現地生産している企業などは相当の実害をこうむっている実感があると思います。だからメキシコは強硬に出ていれば日本は譲るんじゃないか、と考えているようです。ふりかえってみると、農業担当の大臣が訪日しないで農産物について手を結べるわけはなかったのかとも思います。

 梶井 次ぎに食料・農業・農村基本計画ですが、見直しの省内作業は始められたのですか。

◆自給率向上は食育からも

 渡辺 ええ、見直しの中で一番大事なのは、基本法で自給率の向上に向けて農業構造を再編していくといっていますが、実際には、例えば、効率的かつ安定的経営体に農地の6割を集中するという政策は必ずしもうまくいっておらず、このままでは実現できないので、それをこの際テコ入れするということです。
 生産と需要が車の両輪のようにうまくかみ合って自給率が向上するわけですが、消費面では、食育とか日本型食生活の面を含めて、認識も行動も進んでいません。そこで食の安全、安心という世界から入って食育にももっとテコ入れしないといけないのではないかと思います。

 梶井 食生活改善で需要面からも国内農産物に対する需要を掘り起こして自給率を向上させることを今後の一つのポイントにするわけですね。それも大事ですが、私は自給率よりむしろ自給力が問題だと思います。不測時でも最低限必要な食料を供給するために平成20年にも耕地面積は470万ヘクタールを確保しなくてはいけないとの目標が、基本計画にあります。あの時に、このままでは危険だとした耕地面積の減少率は依然としてそのまま続いています。その減少率で去年の数字を計算したら474万ヘクタールですが、現実に476万ヘクタールです。これをどうしますか。

 渡辺 一番懸念されるのは耕作放棄地の増加で、間もなく耕地面積の1割になるのではないでしょうか。これをどう復活させるか。また耕作放棄地が出ないような手法を考えなくてはいけません。このためコメ政策を大きく転換し、地域でどういう農業をやるのか、地域ビジョンを作ることにしました。

◆ビジョン策定は参加に意義

梶井先生

 渡辺 耕作放棄地は農業外の人たちにつけ入るスキを与えます。株式会社の参入問題にしてもそうですよ。彼らの論法は、今の農家こそ耕作を放棄して産業廃棄物を入れているじゃないかといいます。ビジョンは今、半分くらいの市町村が作ったとみていますが、私は我慢しています。ここで促進を上から指導すると、どこかの企画会社の構造改革プランじゃないけど、みんな金太郎あめみたいなビジョンができますからね。ビジョンづくりは参加に意義があるのですから。

 梶井 柳田国男が村是つくり批判をしたとき、同じことをいっていますね。上からの画一的指導も問題ですが、私は担い手の面積要件には賛成し難いのですが。

 渡辺 予算の支出には要件が伴いますが、ある程度は柔軟性が必要なので一定のゆとりは知事の特認で与えられます。中山間地域の集落協定を結んだところに聞くと、ビジョンづくりはそんなに難しくないといっています。先が見えるような集落営農ということで要件を出していますから。

 梶井 先の見える集落営農の形にしていく時に担い手確保で問題になるのは社会保険です。そのためには法人化しなければ対応できませんよといったことを教育していく中で集落の人たちに組織の形を選択させる方向が必要です。

 渡辺 産地づくりのために出す予算は決定的な最終的なものではないのです。3年間に地域の農業を再編するためのいわば訓練期間の準備金です。目いっぱい理想を出してもらって、3年後にはまたその先を考えるということです。まずは一歩前に出て地域分権型の農政に切り換えていく方向です。

◆農地参入の主張には下心?

 梶井 例えば10ヘクタールという面積要件でも山間地ではきつい。1つの集落に担い手がいない場合、地区の再編成に動いているところもある。そういう動きを助長していくことも必要です。

 渡辺 その点では農協が市町村を突き上げてほしいと思います。農協についていえば、JA全国大会で経済事業改革を決めましたが、営農指導をうまく進め、それが経済事業の収支にはね返ってくるといった形に早くしてほしいと思います。

 梶井 株式会社の参入問題についてはいかがですか。

 渡辺 私は農業参入と農地参入をきちんと分けるべきだと考えます。土地利用型農業では、今ですら地価の高い農地を買い入れてペイする状況ではないのに、なぜ農地取得にこだわるのか、何か下心があるのかという気がします。米国でも欧州でも大規模営農は基本型として借地農業ですし、また株式会社参入に厳しい要件を付しています。
 農地参入問題は慎重に考えないといけない話で、まだまだ早いと思います。構造改革特区で借地による株式会社の土地利用型農業経営の例が出ていますから様子を見ることです。

 梶井 話は戻りますが、耕作放棄地には、いざとなったら特定利用権を設定するという法的な用意もあるのに、それはさっぱり機能していない。どうしてなのか、問題点の検討をされているのですか。

◆品目ごとの手法から転換

 渡辺 利用権を設定しても受け手がいないという問題がありますから、やはり地域の話し合いが大前提になります。

 梶井 農協も農業経営ができるようになっているのですから、受け手がいないというのはもう少し検討が必要な気がしますが、基本計画の見直しでは何が一番の問題点ですか。

 渡辺 価格支持にしろ助成金交付にしろ今のように品目ごとにやっている手法を切り替えたい。例えば北海道の畑作輪作経営ですが、ビートなどの輪作の間に豆や麦をはさんで畑作経営が成り立っていますから、そこに着目した支払いをするようなことが検討課題です。
 次ぎに国内農産物を市場原理で国内市場に流通させることが課題です。そうしてこそ国産品と輸入品が競り合って、国産が安全安心だと選ばれます。
 さらに、そうなった時の農家の経営所得政策の手法を考えます。
 これに加えて、地域資源の維持の問題があります。地域資源には農地に加えて基幹水路や、それらの背景となる森林などがあり、地域全体でこれらを保全し維持しています。その活動費用を国が負担するように切り替えなくてはいけないと思います。資源の保全は数10万の担い手農家だけではできません。現実に基幹水路の清掃などには地域の消防団が出たりもしています。以上3つが大きなポイントです。

対談風景

 梶井 所得補償を担い手農家だけでなく地域資源管理にも及ぼすというのは大事なことです。

 渡辺 しかし所得補償にはまだ国民的なアレルギーがありますから、堂々と予算が支出できるように世の中に位置づけていきたいと思います。

 梶井 最後に、JAグループに対して望みたいことをもう一度聞かせて下さい。

 渡辺 改革の断行を決められたのだから、それを学習し運動し実践するという3原則を守って下さると、私は安心しています。“農協がないと困る”“農協があってよかった”といわれることを望んでいます。


(対談を終えて)
 現実を無視した農業鎖国論をぶつ首相のもとでの農水事務次官の立場は、甚だ微妙なものだというのが、お話をお聞きしての第一感。
 それだけに農政の主軸は堅持して頑張ってもらわなければならないのだが、先進国といわず途上国といわず、“全体のバランスをとる時の基本哲学”である“多様な農業の共存”で、WTO・FTA交渉には今後とも対処すると次官はいわれた。賛成である。同時に、要路の人ほど妙な誤解を生む言葉は使わないように政府内に徹底させてほしいと思う。
 “産地づくりのために出す予算は…いわば訓練期間の準備金”だといわれる。この趣旨はむらの段階にまで徹底しているのだろうか。これから検討に入る“所得政策は…特定の優れた農家だけが対象ではありません”とも次官は明言された。農山村の“資源の保全は数10万の担い手農家だけではできません”という認識が基底にあるからである。いずれも重要な認識である。この認識がどう基本計画として具体化されていくか、注視していたい。(梶井)


(2003.10.31)


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