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シリーズ 「個配事業」の創造と21世紀的可能性−東京マイコープ |
◆驚くべし個配事業の伸長
ではそもそも東京マイコープの個配はどうして始まったのか。ここに面白い証言がある。先駆者メンバー職員の丹治正人氏「[夕暮れ宅急便]から[COOPパルシステム]へ」から引用する。 「商品の供給を始めたのは90年10月から開始して、初年度はゼロから始まり6ヶ月間当然剰余はマイナスでした。91年度は仕分け業者が累損を出して事業から撤退、運送会社も料率料金制で運用していたが、資金ショートで倒産寸前となり、月額料金制に変更、本部管理費の減免でなんとか黒字を計上。92年度は緊縮財政で、拡大コストを押さえ込み(拡大も停滞したが)大幅黒字を計上」。93年度から「そこそこの剰余を出せるようになった」と生々しい。これを読むと、北多摩生協とふれあい(調布)生協、埼玉県のわかば生協の3つが初期参加生協だった。如何にも弱体3生協ではあった。 ◆その形成の跡 準備段階を含めて、主要年表でみよう。 1883〜84年:共同購入研究会と新宿事務所が開設 1987年:北多摩、西多摩、立川、調布、タマ消費で共同PCセンター開設 1988年:多摩部会共同事業開始、共同仕入れセンター(多摩連帯事業センター)設立 1990年10月:三多摩地区で実験的に個配事業開始(「パルシステム」ともいう) 1992年:連合会事業として個配事業を位置づけ 1993年:連合会の個配事業「パルシステム」と名称 ここでいう新宿研究会とはなにか。創立メンバーの下山氏が「新宿事務所物語」として以下触れる。 「84年、[共同購入研究会]の新宿事務所が開設された。(中略)この事務所は小生協運動主義を掲げて、全国にゲリラ的に共同購入会をという小生協づくりを進めることを目的としていた。(中略)この時期のこれらの動きを通じて首都圏コープの第3期を迎えるために下準備が整ったといえる」 ◆旧全購連生活部にもサロン 私が全農現役の生協担当として、当時の北多摩生協リーダー・中澤満正氏に呼ばれた。この研究会を傍聴したのは、確か85年頃だったろう。門外漢だから、討論しているテーマ自体がよく見えなかった。その代わり、旧全購連生活部が1970年代、農協店舗拡大をめぐって首都圏主力スーパーの実務責任者とサロンをつくって、研究した経過を聴いたことがあった。ああ、あれだなとの思いはあった。 (2003.7.28) |
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