農業協同組合新聞 JACOM
   

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中国農業を視る

第1回
あらゆる手段を使って農家収入を高める
深刻な農家所得の低迷
――中国 全人大「三農問題」討議の背景

阮 蔚 農林中金総合研究所副主任研究員
インタビュアー 原田 康 本紙論説委員
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 日本農業にとって、中国から受ける影響は良くも悪くも大変に大きい。しかし、中国農業の実情や抱えている諸々の問題を正確に把握しているとはいえない。なぜならば「中国はどこをターゲットにするかでまったく話が違ってくる」(阮蔚氏)からだ。そこで本シリーズでは、中国農業についてできるだけ多角的な視点から分析することで、これからの日本農業への影響、中国との関係のあり方を考える一助にしたいと思う。
 第1回は、3月5日から14日まで北京で開催された「第10期全国人民代表者大会(全人大)第2回会議」で、私有財産の保護や人権保護など憲法改正と同時に討議された「三農問題」の解決について、その社会的・経済的背景について、阮蔚氏に聞いた。なお、「農業税」については、日本にはほとんど伝えられていないこと、中国農業を理解するために欠くことのできない問題だと考え、近々、阮蔚氏に詳細な解説を執筆していただく予定にしている。
 聞き手は、原田康本紙論説委員。

◆中国経済最大のネック――7割占める農家の消費低迷

阮 蔚氏
Ruan Wei 1962年中国生まれ。82年、上海外国語大学日本語学部卒業。92年に来日、95年に上智大学大学院経済学修士終了。95年から現職。著書・論文に『中国の世紀 日本の戦略』(共著、日本経済新聞社、2002年)、『中国WTO加盟の衝撃』(共著、日本経済新聞社、2001年)、「長江大洪水の総決算」(『中央公論』99年3月)、『WTOと中国農業』(筑波書房、2003年)、『FTAと中国農業への影響』(共著、『東アジア市場統合への道』渡辺利夫編、勁草書房、2004年)など。

 原田 3月5日から開催された全人大で、農業・農村・農民の「三農問題」の解決が「すべての仕事の中でもっとも重要」と位置づけられました。この意味はどういうことでしょうか。

 阮 「三農問題」を解決しなければいけない時期にきています。なぜかといえば、一つは、所得の格差があまりにも拡大しすぎているからです。中国に対する日本での報道は、景気が良くて高成長ということになっていますが、消費は低迷しています。消費低迷の最大の要因は農家の所得低迷です。人口の7割は農村地域にあって、その人たちの消費が伸びなければ、全体の消費も伸びません。これがいまの中国経済の最大のネックになっています。
 中国は投資に牽引されて7%以上の高成長をしていますが、物価が97年からずっと低迷しデフレ状態にあります。経済が高成長で物価がマイナスというのは、世界で中国だけではないでしょうか。

 原田 なぜですか。

 阮 人口の7割を占める農家が有効な需要になっていないからです。農産物価格も消費不足で97年以降下がっています。

 原田 供給過剰ということではないんですか。

 阮 現象としてはそういうことになります。しかし、卵を例にとると、一部の中部地域や西部地域では高価なので、子どもかお年寄りでないと普通は食べられません。肉や牛乳も同じで、毎日消費できるような状態ではありません。7割という大量な人たちが消費するには足りないということです。

 原田 日本で伝えられているのとは違いますね。

 阮 公共投資がダウンした段階では大きなリスクをはらんでいます。それを解消するには、農家の所得を上げて有効需要を拡大しなければならないという切実な事情があるわけです。

◆1億人が出稼ぎに――内陸部農家の農業所得は5割以下

 原田 北京や上海あるいは山東省の農村地帯に行くと車は多いですし、みなさんテレビも携帯電話も持っていて、生活水準が高いという印象をもちましたが、中部や西部の農村地帯とはかなり格差が広がっているわけですね。

 阮 中国はどこをターゲットにするかでまったく話が違ってきますね。北京と上海は「先進国」、沿海地域や山東省は先進国入りしようとしているところです。ところが、西部地域と中部地域は違います。食料主産地である中部地域の農業所得は、97年を境に絶対金額で低下し横ばいになり、所得に占める農業の割合は5割を切り完全に兼業になっています。

 原田 農村部では兼業する場所がないと思っていたのですが…。

  かつては「土を離れて郷を離れず」ということで農村地域の郷鎮企業が中心でしたが、90年代半ばから発展が伸び悩み、労働力の吸収力が弱まってきました。それ以降は「土を離れて郷も離れる」になって、都市部への出稼ぎに出てるようになりました。いま出稼ぎ労働者は、長期と短期を合わせると約1億人います。

 原田 戸籍制度で農村から都市への移動には制限がありますね。

 阮 北京と上海を除けば、小都市は完全に自由化されていますし、中都市は住宅を買えばとか条件は付きますが自由化されています。問題は安定的に生活するために、仕事があるかどうかと、社会保障制度が整備されるかどうかです。

◆84年以降、農業のGDPは低迷

原田 康氏
はらだ・こう 昭和12年9月生まれ。昭和36年全農(全販連)入会、平成5年全農常務理事、8年(株)全農燃料ターミナル社長、平成11年(財)農協流通研究所理事長。

 原田 ケ小平から江沢民の時代は経済的な改革を進めて、それなりの効果があったわけですね。それに対して胡錦涛主席・温家宝首相は、調和とかバランスを強調され言葉は穏やかですが中身は改革なのですね。

 阮 78年から始まった農村の改革は、人民公社制度から請負制の個人農業にしました。人民公社時代は、所得が一緒でしたから働く意欲はありませんでしたが、請負制になると、収穫があればあるほど所得が増えるということで、人も土地も種子も変わっていないのに制度が変わったことで、一所懸命働くようになり、いきなり食料が増産されました。
 84年頃から改革が都市部に移りましたが、そこで農村の成長は止まってしまい農業のGDPは84年以降低迷しています。中国の高成長は、農業にとっての高成長ではありません。最初の改革は、一部の人を除いて全員にメリットがありましたが、それ以後の改革は「利益の調整」ですから、農家は農協組織もなく力が弱いですね。

◆20年振りに農業問題が第1号文件に――深刻な農家所得

 原田 全人大に先立って2月に、2004年党中央1号文件「農民の収入増加を促進するためのいくつかの政策に関する党中央委員会、国務院の意見」(別表)が出されていますが、「1号文件」の意味合いはどういうことですか。

 阮 全人大の政府活動報告の農業に関する内容は、この1号文件とほぼ同じです。農業問題が1号文件で取り上げられるのは、85年以来ですね。この間ももちろん農業問題は取り上げられていますが、1号ではなかったわけです。

 原田 大きな意味を持つわけですね。

 阮 「あらゆる手を使って農家の収入を高める」とタイトルで謳っているので、今回は違うとみんな感じています。農家の収入増について中央政府が専門的に政策を出したのは初めてのことで、農家の状況がいかに厳しいかということを表しています。農家所得を上げないと、中国経済の発展、社会の安定が得られないということでもあるわけです。
 今回の政策の特徴は、一つは農業税の減免など農家に対する不利な政策を止めようとしていること、もう一つは、財政支出の増加など農家への支持を強化すること、さらに流通、金融領域の独占を緩和して新規参入を認め、競争をさせることで農家にメリットをもたらすこと。と同時に、農家組織の育成も考えていこうということです。かつては食糧不足でしたから増産が所得につながっていました。今はあらゆる手を使わなければ、農家所得を高めることができない状況にあるといえます。

2004年党中央1号文件
農民の収入増加を促進するためのいくつかの政策に関する党中央委員会、国務院の意見

◆質と安全性を高め輸入品との競争力をアップ

 原田 まず「食糧生産能力と加工水準を高める」こと…。

 阮 中国農業のポイントの一つは穀物です。生産量もありますが、いざというときに増収できる生産能力、つまり耕地面積を守り、また灌漑などのインフラを整備する必要があるということです。

 原田 優良品種の導入もいわれていますね。

 阮 エリアで同じ品種を作らなければ商品価値がありません。農協がありませんから、政府のサポートがないと品種導入がバラバラになります。

 原田 政府はサポートをするわけですか。

 阮 今回の特徴の一つは、食糧の増産に強制的な行政手段は使わないということです。94年の穀物不足のときには穀物価格が暴騰し、それを抑えるために行政手段を使いましたが、今回は食糧主産地に絞って、優良品種を導入するときには補助を出すとか経済的な手段でいくということです。

 原田 二つ目の「農業構造を調整して、農業内部の増収能力を高める」というのは…

 阮 質と安全性を高めるということです。日本から見ると輸出促進に見えるかもしれませんが、そうではありません。中国では輸入品の方が質が高いという輸入圧力があります。WTO加盟で関税が低下していくということもあります。輸入品との競争に勝つためには、国内農業の質と安全性をあげないといけないということです。

 原田 中国国内で輸入品と対抗するためで、輸出戦略ではないわけですね。

 阮 中国政府にはこれまで農業輸出促進戦略はほとんどありませんでした。そこまでの余裕はなかったのです。輸入が増えると国内市場が食いつぶされ、ますます農家所得が低下してしまいますから、競争力を高める必要があるということです。これは「食料安保」の問題でもあるわけですね。

◆農業外の就業環境整備が21世紀最大の課題

 原田 3番目の「農村第2次、第3次産業を発展し…」については…。

 阮 郷鎮企業を引き続き強化していくと同時に、全労働力の約半分を占めている農業労働力を農業以外に移出しないと農家所得の向上はできません。現在、約2億人の農業労働力が余っていますから、その人たちを吸収できる都市建設ということです。農業労働力を減らすことは、増収の課題であると同時に、中国農業の競争力を高めるための課題です。これは、21世紀中国の最大の課題です。
 中国の農業労働力1人当たり耕作面積は日本の3分の1です。日本は、米国や豪州と比較すると小さいですが、アジアでは大規模なんですね。だから、日本農業は政策次第で競争力があるはずです。

 原田 そして「出稼ぎ農家の就業環境を改善」ということになるわけですが、戸籍制度の改革とか職業訓練ということがないと、労働力を農業外にもっていくことが難しいわけですね。

 阮 それと、出稼ぎに行って、給料がもらえないという問題が一部で出てきているんですね。そういう就業環境を改善しなければいけないということですね。

 原田 日本では考えられないような問題があるわけですね。次の「農産物流通の整備」は…。

 阮 いままでは、農業の改革は生産現場レベルの改革をしてきました。穀物の流通は、これまで国有食糧企業が独占していましたが、これを緩和して新規参入を認める。それから農民合作組織、つまり協同組合組織も強化しそのための法律もつくろうということです。
 金融についても、いままでは農村信用社だけでしたが、これからは外資も含めて「あらゆる所有制」の金融を認めることで、独占を破ろうとしています。

◆重石となっている「特産税」

 原田 「農村インフラ建設」は分かりますが、その次の「農家の負担軽減…」の中に「特産税」とありますが、これはどういうことですか。

 阮 「特産税」は、穀物以外の農産物に対する税金です。これは、食糧・穀物が不足していたので、穀物以外の農産物生産を抑制するために、穀物以外の農産物を作ると高い税金を徴収していました。食糧が満たされるようになっても、地方政府の収入源でしたから強化されました。

 原田 収穫量ではなく、所有面積に対してですか。

 阮 大部分の地域は面積です。収穫がなくても徴収されますから、農家には厳しいものです。

 原田 地域によって税率に差があるわけですか。

 阮 他の財源がある地域は低くしていますが、中部地域のような内陸部になると財源がないので高くなっています。貧しいところがますます貧しくなってしまうわけですね。
 この食糧以外の農産物にかかった農業特産税は、その農産物が輸出されたときも還付されることはほとんどありませんでした。これは輸出阻止政策といってもよいでしょう。ただ、労賃が安いから輸出すれば儲かるから、みんな輸出用に一所懸命なだけなんですよ。

 原田 農業税率は7%くらいですか。

 阮 実際には8.4%ですね。今年1%引き下げ、5年以内には撤廃するといっています。

◆日本の農協の経験を中国に伝える

 原田 農業税の問題については、日本ではほとんど知られていません。これを理解しないと中国農業を理解することは難しいと思いますので、阮さんにこのシリーズで解説していただくことにします。
 最後に日本の農業との関連では、どういう影響があると思いますか。

 阮 WTOに加盟したこともあって、海外のマーケット情報を政府が伝えると書いてあります。これは初めてのことです。これは、質と安全性を高めることにつながりますね。それが最終的には、日本への輸出振興につながるのではないかなと私は思います。
 中国には絶対に農協組織が必要です。この点では日本は経験があるわけですから、その経験をぜひ中国に紹介していただきたいと思います。中国に農協ができれば、農家を守るために農産物価格を引き上げますから、日本にとっても決してマイナスではありません。

 原田 ありがとうございました。

インタビューを終えて
 北京、上海や沿海地域の発展しているところを見てこれが中国の現状と判断をするのは間違いであるとのご指摘である。中国全体から見ればむしろ外国であるという。
 全人代は日本の国会にあたるが、内容は日本の国会に比べはるかに重要な意味をもっている。大会は農業問題が「すべてに優先する」と位置づけられた。例えば、農業税を5年以内に撤廃するという方針も、国税、地方税のあり方という中国の財政の基本にかかわる問題であることは案外知られていない。
 WTOに加盟した結果、むしろ中国に近隣の国から安くて質の高い農産物が輸入をされるという関係になり、中国の農業問題は東南アジアの農業問題でもあるわけだ。
 中国からの農産物や加工品の輸出はけしからんというだけの議論ではなく、中国の農業をもっと知ることが大切である。(原田)
(2004.4.6)


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