差別的税金が課されている中国農業
第一段階の税費改革
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Ruan Wei:1982年上海外国語大学日本語学部卒業。92年に新華社を退職し来日、95年に上智大学大学院経済学修士課程終了。95年から現職。専門は開発経済学、農業を中心とした中国経済。主著 『中国の世紀 日本の戦略』(共著、日本経済新聞社、02年)、『中国WTO加盟の衝撃』(共著、日本経済新聞社、01年)、『WTOと中国農業』(筑波書房、03年)、「FTAと中国農業への影響」(共著『東アジア市場統合への道』渡辺利夫編、勁草書房、04年)など。 |
農家の負担を軽減させるために、中国は2000年から農家の税金と費用の負担制度を改革するようになった。この改革はこれまで2段階に分けて進めてきている。第一段階は2000〜03年の間で、安徽省でテストし全国へ広げた。目的は制度外のさまざまな費用の徴収を廃止することと農業税を農地平年生産量の8.4%に統一することであった。第二段階は04年からスタートしたばかりであるが、農業特産税の免除、農業税率の引下げ等、農業に対する搾取的な税金徴収を廃止して、その他の産業と同様な税制システムへの変換を目指す。
2000〜03年の第一段階の農村税金費用制度改革(税費改革)までは、農家から税金と多様の名目の費用を徴収していた。ここでは、第一段階の税費改革までに農家に課していた負担を税金と費用に分けて少し詳しく見てみる。
◆急増した農業各税
農家に課される税金には、農業税、農業特産税、耕地占有税、と畜税及び契約税がある。
農業税は、農地面積と穀物・植物の平年生産高に対して課税するもので、税率は3%であった。農業特産税は、穀物以外の野菜や花卉などの生産高に個別の税率でかけられるもので、税率は品目別税率を単純平均すると14.5%(最低品目の税率は12%)だった。
農業各税の徴収は、94年に中国が分税制を実施して以降急速に増えてきた。分税制の実施される前の93年から実施後の02年までの間、農業各税の伸び率は年平均21.4%と国全体の税収伸び率13.6%より7.8ポイントも高かった。特に、94年に農業各税は前年比84.1%も急増した。その結果、02年に農業各税の税収は718億元と93年の5.7倍にも拡大した。
◆税金以外にも各種費用を負担
農家にとっての負担は、税金だけに終わらなかった。さらに重い負担は税金の徴収に便乗したさまざまな名目の費用の徴収である。
まず、税金以外に郷鎮政府と村民委員会が徴収することができる費用として「五統三提」(i)があった。さらに、郷鎮政府や村民委員会は、認められているこの「五統三提」以外に、道路や電力、学校建設、住宅建設管理費などさまざまな費用を農民から徴収していた。これらは「乱収費」(制度外費用)と呼ばれ、「五統三提」に上限が決められて以降、急速に増加したとされている。
農家がこれらの公的徴収でどれだけの費用負担を強いられているかを正確に把握するのは難しい。2000年の農業部の統計によると、農家の負担がその1人当たり純収入に占める割合は8.5%と前年より3.3%上昇した(農家の総負担が1779億元、1人当たり約192元)(ii)。しかし、多くの研究結果によると、農家に課す各種税金と費用の負担は、農家収入の少なくとも10%以上におよぶといわれる(iii)。また、蘇州大学のあるサンプリング調査では、農家の負担はその平均純収入の30〜50%になっているというように、地域によってはその負担がさらに重い。
◆安徽省から全国へ改革のテスト広げる
こうした農家の負担を軽減するために、中国は2000年から改革の実験を始めた。改革の主旨は、制度外の費用徴収を廃止することである。方法としては、農業税の税率引き上げの形で廃止された費用の収入を一部カバーし、また中央財政からも一部補填を行う。改革後の農業税率は、前の農地平年生産量の3%から7%へ引き上げられ、それに村民委員会の経費に当たる部分として農業税の2割以内を加え、トータルで8.4%以内に統一した。それと同時に、農業特産税も8%に引き下げた。
この改革の実験は、まず2000年に安徽省等で始まったが、中央財政からの地方政府への「移転支出」の不足等により01年にいったんストップした。02年に中央政府は165億元の移転支出を増やして、全国18の省・市・自治区で実験を再開した。そして、03年に移転支出を約300億元に増やして全国で実験されることとなった。
◆不公平感など課題残した第一段階税費改革
2000〜03年の間、農村税費改革が実施されたが、依然として次のような厳しい問題が残されている。
1. 実質的に固定農地税の性格が強い
改革後の農業税は、農地の平年の総生産量にしたがって徴税している。この総生産量には農家が販売するものもあれば、自家消費のものや種子なども含まれる。つまり、同年の粗収入から生産コストを全く引かずに課税される。その結果、農産物の販売価格低下によって赤字になっているにもかかわらず、借金して税金を払わざるを得ない農家も出ている。
世界各国では、農業に対する課税は、農産物の流通過程で行うか、農家の所得に対して行う。中国現行の農業税は、農産物の流通過程での消費税でもないし、農家の所得に対する課税でもなく、実質的に固定的な農地税の色合いが強い。特に、農業税の課税基準には、生活に必要な基礎控除や医療費や年金等の控除がない。また、生産に必要なすべてのコストも控除されない。
2. 実質の税率が高い
上記のように、改革後の農業税率は8.4%になった。中国は約3億3000万人の農業労働力を抱えているため、農家の1人当たり耕地面積は日本の3分の1にすぎない0.39haである。結果として、農家が生産した穀物の商品化率は約40%にとどまっている。これに基づいて8.4%の税率で計算すると、実質の農業税率は17.6%になる。企業の場合は、原材料や設備などを購入するとき流通段階の税金を差し引くことができるが、農家は化学肥料や農薬、種子などを購入する場合、税金の控除はない。これを考慮すると、農産物への税率は実際には約21%にもなると中国国家税務局副局長の許善達氏は指摘している(iv)。中国で工業品で徴収している流通段階の税金は17%と農産物の実質税率より低い。
3. 税金の負担が不公平
改革後の農業税制は、確かに農家へのむやみな費用徴収をなくし、全体として農家への負担を軽減した。各種サンプル調査などにより、02年に税費改革がされている地域の農家1人あたりの負担は、改革前と比べ平均して約40%、金額的には約40元の軽減となった(v)。しかし一方、この農業税制は、農村内部、また農家とサラリーマンとの間に二重の不公平を生じている。
農村内部の税制不公平については、改革前の農家負担は農地の面積と頭数で割って課税されていた。改革後は、農地を請け負って生産している農家だけが負担することになった。これにより、家族の人数が多く農地が少ない農家はその負担が軽減されたが、家族の人数が少なく農地が多い農家は負担が重くなった。つまり、改革後の農業税制は、兼業農家の負担を軽減したものの、専門農家の負担を相対的に重くした。
農家とサラリーマン間の税制不公平については、サラリーマンの所得税は800元を超えた部分、また都市部の個人経営者への増値税は月間の販売額が600〜2000元を超えた部分に対して、累進税が課されるが、農業税はこうした免除額が一切設けられず、自家消費や種子等再生産用の分、また凶作の場合でも農地の平年の生産量にしたがって全額徴収される。これは、税収の公平原則と全く相反している。
農業税廃止など税制の統一へ――第二段階の税制改革
◆都市部との税制統一へ
上記のように、農業に課す税金が実質的に依然として農業以外の産業より重い。真に農家の負担を軽減するには、まず、農業を差別する税制を廃止し、農村部と都市部の税制を統一することが欠かせない。その上に、農業と農家への優遇措置を講じる必要がある。
農村部と都市部の税制統一には、まず、農業税率を次第に引き下げ、最終的に農業税を廃止することが必要である。04年に中央政府は、葉たばこを除き農業特産税を廃止し、農業税率を1%以上引き下げ、5年以内に農業税を廃止すると明言した。それに対して、中央財政は今年396億元を移転支出に充てる。
第二に、農民だけに課税する農業税を廃止して、農家に対して、都市住民と同様の所得税を課税すると思われる。また、農業税を廃止してから、農産物に対して工業製品と同様な流通段階の増値税にすることが想定される。その上に、農業を助成する角度から、減免や控除など各種優遇措置が望まれる。
◆改革を成功させるため中央政府農業支出を増額
農家に重い税金負担を強いた最大の理由は二つある。
一つは中国の行政サービス負担と財政制度の不公平、もう一つは農家によって養われる公務員が多すぎることである。農業税制改革を成功させるには、この二つの改革が避けて通れない。
中国全体の税制財政改革に関しては、農村の末端政府への移転支出を増やすか、中央の税収取り分を減らして末端政府の税収取り分を増やすかである。そもそも、農家の税金と費用の負担が一気に重くなったのは、94年の税制改革以降のことであった。この改革は「分税制」という名称だが、要は中央政府がその財源を増やすため大きな品目の税を中央税に、小さな品目の税を地方税へという分税制度の改革であった。この時から農業各税は、農村地域を管轄する県と郷鎮政府の税収となった。
中央政府にとられた税収取り分を少しでも取り戻すために、省級政府は、省以下の地方政府の税収取り分を取り上げた。そして力関係から、県以下の政府の財政収入が大幅に減少することとなった。その結果、全国の公務員総数の71%を占める県と郷鎮政府の財政収入は、全国財政収入の21%しかない。
一方、県と郷鎮政府はさまざまな行政サービスを担っている。例えば、道路等農村インフラ建設、義務教育、一人っ子政策の監督実施等がある。そのうち、負担が最も重いのは、義務教育の実施である。全国で義務教育を受ける人数は1.9億人だが、そのうちの7割は農村にいる。この義務教育の費用について、県政府はその約8割を負担しているが、県財政の負担分は実際に郷鎮政府からの上納金であることを考えると、農村義務教育の8割が郷鎮政府の負担、いわば農家の負担となっている。
中央政府は県と郷鎮政府の行政コストを賄う財源を保障していないため、郷鎮政府はいろいろな名目をつけて農民からの費用徴収を増やさざるを得なかった。それでも完全に賄えなかったため、今日の郷鎮政府の巨額な債務として蓄積されてきた。04年、中央政府は農業関連の支出を増やすと公表した。中央財政の農業関連予算は1500億元と2003年の約1200億元より約25%増になっている。増加した300億元弱は主として次4つの分野に使う。(1)上記の農村税費改革へのサポート、(2)森林や水利等生態系の建設、(3)農村の社会事業の発展、特に農村の教育、衛生条件の改善、若手農家の職業訓練、(4)農村の小型のインフラ建設と貧困扶助に使う。
◆郷鎮政府統廃合など農村行政体制の改革
農村行政改革に関しては、末端の郷鎮政府の大幅な統廃合により財政資金で養う人の数を減らすことである。郷鎮政府は80年代半ばに崩壊した人民公社から転換してきたものだが、その後、郷鎮政府から給料をもらう人は急速に膨張してきた。農家からのさまざまな公的徴収により得た資金の一部は、この膨大な郷鎮政府の運営費用に当てられている。
中国で1人の官吏を養うには、漢の時代は約8000人、唐の時代は約3000人、清の時代は約1000人であったが、1980年代の半ばになると67人になり(vi)、98年になるとさらに40人と国民負担が増えた。急速に増えたこの「官吏」の大部分は郷鎮政府にいる。
農家への負担へ跳ね返さないためには、郷鎮政府の要員を大幅に減らさなければならないが、それには郷鎮政府の統廃合を加速する必要がある。郷鎮政府の数は、02年に3.9万と2000年の4.37万に比べ1割以上も減った。しかし、依然として膨大な規模にあり、郷鎮政府の統廃合の加速や現在5段階の行政体制(中央⇒省⇒市⇒県⇒郷鎮)そのものの改革も視野に入れる必要がある。
もし、中央財政から県と郷鎮政府への移転支出を大幅に増やさなかったら、また郷鎮政府の大幅な統廃合等による農村行政体制の改革を行わなかったら、農家への負担が跳ね返るのは時間の問題だと見られる。実際に、湖南省、湖北省等中部地域の食糧主要産地では、農家負担への跳ね返りは既に散発的に始まっている。洞庭湖地区のある県は、農家の1人当たりの負担は改革前に110元であったが、現在、140元に増えた。この30元を付け加えないと、政府の運営が維持できなくなったからである(vii)。
【注】
i |
「五統」とは、郷鎮政府が徴収する教育費、道路建設費、計画出産管理費など5種類の費用を指す。「三提」とは、村民委員会が徴収する公的積立金、公益金、行政管理費を指す。村民委員会が行う各種行政サービス(集団所有の土地・財産の管理、保健・環境衛生事業、計画出産の管理、治安維持、橋梁・道路の整備など)のための費用である。これらの費用徴収の際限ない増加を防ぐため、国務院は91年、「農民の負担費用、労務管理条例」を出し、「五統三提」が前年の農民純収入の5%を超えてはならないこととされたが、実際には5%を上回っている地域も多い。 |
ii |
「農村税費体制改革試点情況与存在問題」趙陽、2001年10月11日(国務院発展研究センター・ホームページ) |
iii |
同上。 |
iv |
「農業税制改革目標確定」中国農網、2003年2月11日 |
v |
「2002年の農村税費改革テストの成果、問題と提言について」『中国経済時報』、2003年2月2日 |
vi |
1987年に中国財政経済出版社が出版した『中国第三次人口センサス資料分析』による。 |
vii |
「減免農業税之後 中国下一歩将改革県郷財政体制」張邦松『新聞週刊』、2004/04/04 |
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(2004.5.7)
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