◆日本向け野菜輸出の再増加
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藤島廣二(ふじしま ひろじ)
昭和24年埼玉県生まれ。北海道大学大学院農学研究科卒。農学博士。平成5年〜8年農水省農業総合研究所流通研究室長。8年〜10年東京農業大学農学部教授。10年〜現在同大学国際食料情報学部教授および同大学大学院農学研究科教授。相模原市経営・生産振興協議会会長、農水省食料・農業・農村政策審議会臨時委員、卸売市場研究会会長、船橋市中央卸売市場運営協議会会長。農水省生産局「野菜政策に関する研究会」座長。主な著書に『輸入野菜300万トン時代』(家の光協会)、『新版 現代の農産物流通』(全国農業改良普及協会)など。 |
日本政府(厚生労働省)は2002年1月、オオバなどの中国産生鮮野菜で、また同年3月、中国産冷凍ホウレンソウで、基準値を超える残留農薬を検出した。その後も中国産野菜で同様な残留農薬違反が続き、日本向け輸出量は02年には前年に比べ15万トン、10%以上も急減し、再び増加することは困難と思われるほどであった。
ところが、残留農薬問題の発現から1年経つか経たないかのうちに中国産生鮮野菜の日本向け輸出量は減少から増加に転じ、また減少傾向が相対的に長く続いた冷凍野菜輸出量も03年後半以降、対前年同月比で増加を示す月が現れ、04年に入ると明らかな増加傾向に転じた。この1月から4月までの合計輸出量で推計すると、04年の日本向け冷凍野菜輸出量は前年を5万トン以上も上回り、01年に次ぐ過去二番目の多さになると予想されるほどである。
このように残留農薬問題で大幅に落ち込んだ日本向け輸出が急速に立ち直ったのは、直接的には中国の輸出企業(貿易商社、加工会社)や産地(農業者)が野菜の安全性を保証できる仕組みを構築したことによるものであろう。が、そうした仕組みの構築が驚くほど短期間に可能であったのは、中国の中央政府と地方政府が関連法律・制度を早急に整備したからといえる。
以下では、そうした法律・制度の内容を特に重要と思われる二点(野菜栽培基地の登録制度、同基地の管理・監督方法)に絞って、また中央・地方政府間での若干の違いも含めて要点を紹介することにしたい。
◆野菜栽培基地の登録制度の開始
中国中央政府は、日本で発現した中国産野菜の残留農薬問題に対処するために、早くも02年8月12日に「輸出入野菜検査検疫管理弁法」(担当部局は国家質量監督検査検疫総局)を制定し、その施行細則として「輸出野菜栽培基地登録管理細則」を定めた。
そして、残留農薬問題の解決に向けて、まず第1に輸出用野菜栽培基地(生産団地)の登録制度を開始した。というのは、従来、輸出企業は集荷コストを削減するために卸売市場でのスポット仕入れも積極的に行っていたが、それは不特定多数の農業者からの仕入れとなるため、残留農薬問題の一因となっていたからである。したがって、登録制度によって輸出企業の仕入れ先を登録野菜栽培基地に限定し、基地の登録にあたっては安全性を確保するための条件を付したのである。その主な条件は以下の六点である。
(1)野菜栽培基地の周辺に環境汚染を引き起こす可能性がある施設が存在しないこと。
(2)野菜栽培基地の栽培面積は300ムー(20ヘクタール)以上で、看板等によって栽培基地であることを明示すること。
(3)野菜栽培基地に植物保護管理専門員を1人以上配置すること。
(4)専任者が農薬の保管、配給、使用を担当し、農薬の使用に関する全ての情報を記録すること。
(5)病害虫防除等にかかわる厳格な農地管理制度を有すること。
(6)野菜の病害虫の予防およびその発生と対策に関する報告制度と記録を有すること。
◆日本政府も評価する山東省の対応
こうした中央政府の条件に対し、地方政府の中にはこれをさらに厳しくしたところもある。
例えば山東省政府の場合、山東輸出野菜栽培基地登記登録管理細則においてホウレンソウ等の残留農薬違反の多い野菜については、登録栽培基地を登録企業が直接に管理するか、国内外の権威ある機関が有機野菜栽培基地と成り得ることを保証しなければならないとした。
なお、こうした山東省の厳格な対応は日本政府に高く評価され、同省内の27工場が直接管理する圃場で収穫された冷凍ホウレンソウについては、04年6月17日付けで日本側の輸入自粛が解除された。
◆抜き打ち検査もある野菜栽培基地の管理・監督方法
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菊地昌弥(きくち まさや)
平成14年4月東京農業大学大学院博士後期課程入学。現在、東京京農業大学大学院博士後期課程3年。主な論文に「中国における残留農薬問題への対応とその課題−生鮮野菜・冷凍野菜を対象に−」(東京農業大学農業経済学会『農村研究』)、「開発輸入業者のプロモーション戦略に関する一考察−残留農薬問題発生以後における同業者間売買の事例−」(日本農業市場学会『農業市場研究』)など。 |
野菜栽培基地で収穫され輸出される野菜の安全性を確保する上で、上記のように登録時に条件を付すことは肝要であるが、もちろんそれだけで十分とは言い難い。登録時の検認に加えて、その後の管理・監督が不可欠と考えられる。
そこで、中央政府は輸出野菜栽培基地登録管理細則の中で、輸出野菜の安全性の確保を目的に「検査検疫機関は実態に応じて登録野菜栽培基地への不定期の抜き打ち検査、年度ごとの定期検査、再検査を実施」し、「書類審査と現場検証を結合する方式で野菜栽培基地の管理・監督を行う」こととした。
その際の主な検査項目は、以下の7点である。
(1)前述の基地の登録条件をクリアしているか否か。
(2)十分な能力を有する植物保護管理専門員がいるか否か。
(3)野菜栽培基地における農薬の使用管理の実態。
(4)野菜栽培基地の病害虫の発生および防除の状況。
(5)野菜の仕入れ・買い付け状況および加工・輸出の記録。
(6)野菜の残留農薬自主検査と農薬を抑えるための自主的コントロールの状況。
(7)サンプルの抜き取りによる残留農薬の計測。
こうした中央政府の管理・監督方法は大多数の地方政府においてもほぼそのまま踏襲されているが、地方政府の中にはその方法を強化しているところも存在する。
例えば福建省が定めた福建検査検疫局輸出野菜栽培基地登録管理プログラムによれば、同省内では中央政府の管理・監督方法に加えて、検査対象企業の残留農薬検査結果を他の機関の残留農薬検査結果と比較し、当該企業の検査能力のチェックを行うこととしている。
◆日本側の反省点
以上、残留農薬問題に対する中国政府の対応方法についてごく一部を紹介したが、これからも理解できるように中国側の対応はきわめて迅速かつ厳格であった。日本人の中でこれほど大きな変化を予測した人は、多分誰もいなかったであろう。今後も中国において、われわれ日本人には容易に予測できないような変化が起こりうると考えられる。十分に留意しておかなければならないであろう。
(2004.7.9)
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