農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ・鳥インフルエンザ−2 

「風評被害」が生産者を直撃
京都で何が起きたのか…

 4月13日、京都で終息宣言が出されて以降、幸いなことに鳥インフルエンザの発生はない。だが、これで終わったと考えている養鶏業者はいない。「いつまたどこで…」と不安な気持ちを拭い去ることはできない。もし、発生したとしても、再び山口・大分・京都のような事態を起こしたくない。そのためには、この間の経過をきちんと見直し、今後、何をすべきかをこの夏の間にしっかりつくり上げて欲しいというのが、養鶏関係者そして消費者の気持ちではないだろうか。もっとも被害規模の大きかった京都で何が起きたのかを取材した。
◆「サリンより怖い」 テレビ報道が与えた衝撃

 真っ白な完全防護服で消毒作業をする姿が2月27日朝のテレビニュースで放映されるのを見て「(オウム真理教の)サリン事件よりきついな。消費者の方もサリンも大変やったけど、サリンより怖いな、と思うだろう」と直感したと、亀岡市で養鶏業を営む中澤廣司京都府養鶏協議会長は振り返る。
 その後、発生農場での鶏の死骸、殺処分され穴に埋められる鶏など、衝撃的な映像を求めて連日にわたって放映される発生農場の惨状は、間違いなく消費者に不安と恐怖心を植えつけ、「風評被害」が広がっていった。さらに、人びとの恐怖心を増幅させたことの一つに、東南アジアで鳥インフルエンザによる人の死亡が報じられるなかで、人の新型インフルエンザに変異する可能性があるかもしれないというウイルス学者の発言が大きく報道されたこともある。30kmの移動制限区域の設定は、家畜から家畜へ、鶏から鶏からへの伝染を防ぐための措置であって、鶏から人へ伝染する心配は日本ではないにもかかわらずだ。

◆「地に堕ちた」 京都、丹波のブランド

返品されてきた鶏卵の山
返品されてきた鶏卵の山
3月13日、丹波町の生産者を回った京都府生協連の坂本さんと京都生協の高橋さんは、店頭からそのまま送り返されてきた鶏卵の山に驚かされた(写真提供:京都府生協連)

 中澤会長の直感は、すぐに的中する。テレビニュース放映直後から、大阪・滋賀・京都の取引先スーパーから「卵をすぐに引き取りにきて欲しい」という電話がかかってくる。引き取りに行くと「何日も前に納めた関係のない卵まで引き取れといわれました。こんな惨めな話はないですわ」という。これは中澤会長だけではなく、30km圏内の養鶏業者みんなが経験したことだ。また、あるブロイラー生産者の場合には、冷蔵庫で保管されている鶏肉まで引き取らされた。
 当初は30km圏外だったので「あぁ、よかった」と胸を撫で下ろしていた人も、数日後には「京都の卵はあかん。出したかて買うてくれへんさかい引き取って」といわれることになる。やむを得ず他所で売ろうとしても足下を見られて買い叩かれ、ただでさえ安かった卵価の3分の1で売らざるを得なかったという。そのうえ「30kmの圏外だから売れたはずだ」ということで何の補償もされない。まさに踏んだり蹴ったりだ。
 被害は養鶏業者だけではない。GPセンターや食鳥処理業者、鶏糞処理業者、飼料関係者など、養鶏関係者全体に広がっている。さらに、鮎釣りで知られる美山町では30km圏内ということもあって民宿のキャンセルが相次いだという。大分県九重町でも、2月17日の発生から1週間で宿泊キャンセルが1800人にのぼったと大分合同新聞は報じているように、地域経済をも直撃している。
 スーパーには「京都産はおいていません」と貼り紙をされ、まるで「京都はばい菌の塊のような印象」となり、京都、丹波のブランドは「地に堕ちた」。

◆「価格設定なし」で取引再開――回復しない売上げ

 4月13日に移動制限区域が全面解除され、終息宣言がでるが、それ以前から中澤会長をはじめ移動制限区域内の養鶏業者は、出荷再開後の取引再開を要請しに取引先を回る。しかし「入荷がストップした段階で、他所から入れることにしたので、元に戻すことはできない」と、長年、努力してきた取引先の多くを失ってしまった。
 地元の京都新聞によると「近畿農政局が府内産の鶏卵、鶏肉を仕入れている関西の大手スーパーなど36社を回ったが、5社が取引き再開の考えはないと伝えた。“京都の市場を狙い、大手が営業を強めている”。そんな話が、業界内で飛び交っている」(4月25日)という。そして、取引きが再開できた場合でも「価格設定なしか、安くして納入しているために」売上げは回復していない。
 浅田農産は兵庫、岡山にも農場があったが、最大の取引先であるコープこうべが取引停止となり、他のスーパーとの取引きも停止されたこと。農場などの売却が風評被害などでうまくいかなかったことから、約200人の従業員を解雇し、経営継続を諦めざるをえなくなった。そしてコープこうべは業界最大手のイセ食品などから卵を仕入れることにしたという。

◆生産者を励まし続ける京都生協

 そうした厳しい状況のなかで、「本当に感謝しています」と京都の養鶏業者にいわれているのが、京都生協だ。京都生協は、国産鶏による「コープさくら卵」「コープひらがい卵」という特色の強い卵を生産者と提携して供給している。今回の移動制限区域内には、10生産者(京都府8、兵庫県2)がいて、その飼養羽数49万羽にのぼる。
 同生協は、スーパーなどとは異なり、返品は一切せず、生産者との取引きも中止しなかった。もちろん移動制限区域内で生産された卵を仕入れるわけにはいかないから代替品を他地域から仕入れるときに、制限区域内の生産者を通すことで、いつでも再開できるようにしたのだ。そして、3月27日には「鳥インフルエンザに負けないぞ! 生産者と消費者の緊急集会」を行い生産者を激励。その後も生産者や飼料メーカーなど関係者と一体となって、消費回復のための活動を強化している。
 それでもBSEの経験から「消費が元通り回復するには1年はかかる」だろうと、高橋茂雄京都生協農産チームチーフは語る。

◆なぜ遅かったのか国の「安全宣言」

 「サリンより怖い」、という印象を拭い去るのは容易なことではないのだ。
 そもそも、今回の「風評被害」を招いた責任はどこにあるのだろうか。最大の責任は、農水省・国ではないだろうか。
 鳥インフルエンザが日本でも発生するのではないかという危惧をもっていたのは生産者だけではない。消費者も「韓国で発生したときから重大な関心」をもっていたと坂本茂京都府生協連事務局長はいう。この間、国が行ったのは昨年9月に学者など専門家だけで「防疫マニュアル」をつくったことだけではないのか。
 1月11日に山口県で発生以降もこのマニュアルにもとづいた措置はしてきたが、国民に対して「安全」だと明確に言い切ったのは、ほぼ2ヵ月後の3月9日の「国民の皆様へ」であったし、食品安全委員会が「安全宣言」を出したのは3月11日だった。このとき、すでに「サリンより怖い」との風評被害は定着してしまっていたのだ。
 なぜ、タイやベトナムそして韓国で発生したときに対策をとらなかったのか。BSEと同様に「日本では発生しない」と考え、危機意識が欠如していたためではないだろうか。初期段階でマスコミが何をどう伝えるかで、国民の意識はほぼ決まるといえる。早い段階でマスコミ関係者に正確な情報を伝えなければ、あとで誰が何をいおうと風評被害を食い止められないことをBSEのときに学んだのではなかったのか。

◆政府の責任は「積極的な主体性の発揮」

 また、「マニュアル」自体に不備があることも、現場で対応した多くの関係者が指摘することだ。京都府生協連は3月4日に、国が「府県間の協力を可能とする総合的な態勢をとる」ことなどを内容とする要望書を出している。
 それは、移動制限区域が複数の府県にまたがり、府県ごとに対応・対策が異なれば混乱をまねくので「国の関与が必要」だからだと坂本事務局長。経済的な補償についても、府県によって対応が異なっていることが生産者にとって大きな問題となっている。
 30年前の「庭先で鶏を飼っていた時代とは違う。国が防疫の責任を負わなければ食の安全は守れない。府県任せでいいのか」という関係者の声は多い。
 しかし、3月10日に改訂された「マニュアル」には、報告義務の強化や移動制限区域の縮小はあっても「国の積極的な主体性の発揮」(山田京都府知事)については盛り込まれなかった。

(2004.6.14)

社団法人 農協協会
 
〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町3-1-15 藤野ビル Tel. 03-3639-1121 Fax. 03-3639-1120 info@jacom.or.jp
Copyright ( C ) 2000-2004 Nokyokyokai All Rights Reserved. 当サイト上のすべてのコンテンツの無断転載を禁じます。