農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 財界の農業政策を斬る(2)

失望を禁じ得ない農協改革提案
藤谷築次 社団法人農業開発研修センター会長

ふじたに・ちくじ 昭和9年愛媛県生まれ。京都大学大学院農学研究科博士課程(農林経済学専攻)修了。京都府立大学農学部教授を経て京都大学農学部教授、同大学院農学研究科教授、平成10年定年退官後現職。日本協同組合学会会長等を歴任。『農協運動の展開方向を問う―21世紀を見据えて―』(編著、家の光協会)など著書多数。
 日本経済調査協議会の提言「農政の抜本改革」の中間報告書(昨年12月)の最後の「むすびにかえて」の中で、「本委員会ではさらに調査研究を継続する。とくに『農協改革の課題』、『FTAとわが国農業』、『農政改革と財政問題』といったテーマを中心に、精力的な検討を行う」と記されていたので、最終報告書には大きな期待と関心をもってその発表を待っていたのだが、少なくとも「農協改革の課題」というテーマに関しては、期待外れというか、むしろ肩透かしを食わされた思いだ。率直に言って、論評する気力も湧かないのだが、本紙の要請に何とか対応せざるを得ない。

◆提案の真の狙いは何か?

 農協問題は、「政策転換・制度改革の具体像(提言その2)の中で、全く新しく起こされた第5番目の柱「農村政策の新ビジョン」の1つの論点として「岐路に立つ農協」という表題の下で、取り扱われている。
 最初に提言内容の要旨が次の3点に要約されて提示されている。
・「農協改革のキーワードは自立」
・「単位農協の活動重視と組合員への情報開示の徹底は自立への第一歩」
・「農政と農協の関係は自立を前提とした真のパートナーシップへ」
 字面を追えばそんなところだろう。ただし、もっと別な読み方もできる。
 第1にコメントしたい点は、私が肩透かしを食わされた、という思いを強く抱いたことと関係する。それは「経済財政諮問会議」や「総合規則改革会議」の場で、あれほど激烈に提起された財界サイドからの“独禁法適用除外問題”等農協陣営批判と農協制度改革要求に関して、ほとんど全く言及されていず、雲散霧消してしまっていることだ。
 もちろん、「農協が農業中心の担い手や法人経営の要望に充分に応えていない」とか、農協系統のトップに「事業の企画力や経営者としての統率力に優れた人材」が乏しいとか、「農協とそのほかのライバルを公平な競争環境のもとにおく」べきだとかの、「農協のあり方研究会」の報告書の二番煎じのような批判はちりばめられているが、「むろん、協同組合の社会的な役割にふさわしい税制上の優遇措置といった政策はあってよい」と、驚くほどの物わかりのよさである。
 気になるのは、それは“精力的な検討”の結果、“現代版反産論議”とでも呼べるほどの財界サイドの批判と制度改革要求は、間違いだったと認めた結果なのか、それとも「新たな担い手経営支援策」等本提言の主要な農政改革提案を農協陣営にも受け容れてほしい、といった別の思惑があるためなのか、という点である。

◆国の役割については見解が不明確

 第2にコメントしたいことは、右の点とも関連するが、本提言では、「『農』と『共生』の世紀づくりをめざして」と題した第23回JA全国大会の決議内容が高く評価されていることに関してだ。評価の理由は、「当面する農協改革の課題が包括的に掲げられている」とか、「大会決議のサブタイトルは『JA改革の断行』であった」とか、「危機感がきわめて率直に表明されている」といったことのようだ。
 驚いたのは、「農協のあり方研究会」報告書が「同じように包括的な指針を提示している。JA全国大会決議とも重なるところが少なくない」と述べていることである。事実は逆ではないか。現場の農協役職員には批判と反発が根強くあるにもかかわらず、報告書の内容を金科玉条として、農協陣営は受け容れさせられたのではなかったのか。第22回全国大会の決議の主内容は“JAバンクづくり”であったが、あの時も、当初の組織協議案が大幅変更された最終決議案の下敷きになったのは、国の委員会の報告書であった。
 本提言では、「農協改革のキーワードは自立」とまで言っているのだし、“過度の行政指導”は、提言の立場からも否定されてしかるべきであろう。この点に関連して、興味深い文章が書かれているので、少し長くなるが紹介しておきたい。
 「農政改革が農協改革を促すという大局的な構図は明瞭である。しかしながらこの構図を客観的に眺めるならば、国の政策や制度の変化に呼応して農協のあり方が変わるという点において、農政と農協の関係に本質的な変化は生じていないとみることもできる。依然として、政策・制度の鋳型に合わせて農協の事業や運動のスタイルが形成されることになるからである」というのである。さらに、「中長期的な見地に立って農協の歩むべき道を構想するためには、このような関係自体が問い直されるべきである」という。正にそのとおりだが、「それも農協人自身によって問い直される必要がある」というのは、理解できるが、片手落ちではないか。
 国もまた、協同組合運動として農協運動の健全性と発展性確保に必要不可欠な制度条件の整備と、最小限の行政指導に止める姿勢を確立することを求めるべきであろう。

◆薄い日本農業の特質への認識

 第3にコメントしたいことは、何故農協改革問題が「農村政策の新ビジョン」の中で取り扱われたのか、ということだ。
 この点は、本提言が報告書の内容を評価している“農協のあり方研究会”の立場と大きく異なるようだ。“あり方研”は、「行政代行的業務の是正」を強調しつつ、「農業に生活を依存している担い手に十分なメリットが出るようにする必要があり、こうしてこそ、各種農業政策と相まって、新基本法のめざす食料自給率の向上や国際競争力の向上につながることになる」と、依然として農協陣営に行政補助機関としての役割発揮を求めている、と受け止めざるを得ないのだが、提言は、“日本農業と農協との関係”、“農業に対する農協の役割”について、全くといっていいほど考え方を示していないのは、農業・農政改革提言としては、残念というか、不可思議という他ない。“あり方研”がどういう役割を農協に期待しようと、本提言がどのような立場を取ろうと、農協は、組合員の切実な期待・要求に応えて、地域農業への積極的対応を進めざるを得ないし、多くの農協は厳しい農業情勢の下で真面目な取り組みを進めているのである。
 関連して言及しておきたいのは、「新たな担い手経営支援策」の杜撰さについてである。この点に関しては別途論評したので(センター機関誌『地域農業と農協』近刊所収参照)、詳論はしないが、最も気になったのは、国際的に見た日本農業の特質に対する認識の薄さであり、担い手対策の対象を限定しようとした“新支援策”が日本農業の国際競争力強化の妙手だというのだが、その根拠がきわめて薄弱なことだ。
 日本農業の特質は、第1に、少なくとも世界の先進諸国の中では、極端に劣悪な土地基盤条件(耕地の4割前後は中山間地域に、平坦部では、ごく一部の地域を除いて、農業的土地利用と都市的土地利用が錯綜)と世界一割高な労働コスト環境の下で営まれていること、従って、多くの実証研究が示しているように、経営規模拡大の効率化効果は意外に小さいのである。
 そのため、一人前の農家労働力が他産業に就業して獲得できる賃金所得を農業所得として実現できる農業経営を形成することは容易なことではない。
 第2の特質は、その結果、日本の農業経営は、他の先進国農業に比べて、経営企画的機能(a)、対外的取引的機能(b)、最近では作業的機能(c)まで含めて、経営機能の自己完結度が低いのである。これらの外部依存せざる得ない各種の経営機能の補完・助長のために果たしている農協の多様な役割を度外視して、日本農業の現状も将来も考えられるはずはない。例えば、(a)については、地域農業の作目選択や産地づくり、(b)に関しては、販売事業や購買事業、(c)に関しては、作業受委託組織の育成や集落営農の推進等、日本農業の生産力の維持・強化を現に果たしている、一層果たすことのできる農協の役割を明確に折り込まない農業・農政改革論は、眉唾物だと断じてもよいのではないか。 (2004.7.14)


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