農業協同組合新聞 JACOM
   

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トップインタビュー・農と共生の世紀づくりのために

消費者が本当に望んでいるのは「分かりたい」ということ
これからの食のテーマは「健康」
河野 栄次 生活クラブ事業連合生活協同組合連合会会長
聞き手:田代 洋一 横浜国立大学教授
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 首都圏を中心に北海道から愛知まで1都1道13県の26単協26万人を擁する生活クラブ生協は、「食の自給と環境保全」や食料を世界から輸入することで生じている「格差・差別の廃絶」などの基本理念を掲げるとともに、「生命の論理に立ち『安全・健康・環境』をあらゆる事に優先して行なう」という生活クラブ原則による産直によって、トレーサビリティをすでに実施しているなど、日本における食の問題のオピニオンリーダー的存在として知られている。そこで、河野栄次会長に、同生協の基本的な理念から産直や今後の農業のあり方などについて語っていただいた。聞き手は、田代洋一横浜国立大学教授にお願いした。


◆協同組合は生活を豊かにするための道具

河野 栄次氏
こうの えいじ 
昭和21年東京生まれ。40年世田谷の「生活クラブ」の牛乳運動に参加。43年生活クラブ生協(東京)設立に参加。51年生活クラブ生協(東京)の専務理事、平成元年同理事長に就任。9年生活クラブ連合会専務理事に就任。10年生活クラブ連合会会長に就任、現在に至る。
 田代 日本の生協には低価格で競争していこうという考え方もありますが、生活クラブ生協の基本姿勢はいかがですか。

 河野 生活クラブが考える協同組合の本来的な目的は、協同組合に参加した人の生活を良くするための道具ということです。ですから、人びとの生活を良くするためにどのような道具立てをするべきなのか。事業はあくまでもそのなかの一つで、事業を通して生活の豊かさを実現することもあるし、事業活動を伴わずに生活の豊かさをつくることもあるわけです。
 したがって、基本的な考え方は、組合員主権を徹底するということが、私どもの戦略です。基本理念としては、組合員が参加して等身大で社会の仕組みが分かって、自分たちの生活の仕組みを提案して、それにふさわしい社会をつくることです。だから、ナショナルセンターとして多国籍企業と戦うという戦略もありますが、その路線はとりません。

 田代 それはなぜですか。

 河野 協同組合は民主的に運営すると決定に時間がかかる弱点を持っています。2つ目は、出資金は増殖する形態を持っていないので、資本ではありえない。その制限性がある資金力を持って、株式会社と同じレベルのことをやるのは無理です。この二つの問題を解決する目途が立たない段階で、株式会社と構造が違うのに、同じように競争しても勝てるとは思えません。
 むしろ逆に、この二つを武器として使うことはできないかと考えたのが、私たちの分権化に基づくやり方です。私は、事業発展だけで本当に人びとの生活をまかなえていけるのかということについては、懐疑的です。組合員が生活全般にわたって自らつくっていく方がいいと思っています。

◆コミュニケーションの場としてこれからも班は必要

田代 洋一氏
たしろ よういち
昭和18年千葉県生まれ。東京教育大学文学部卒業。経済学博士(経済学)。昭和41年農林水産省入省、林野庁、農業総合研究所を経て50年横浜国立大学助教授、60年同大学教授、平成11年同大学大学院国際社会科学研究科教授。主な著書に『新版 農業問題入門』(大月書店)、『農政「改革」の構図』(筑波書房)、『食料・農業・農村基本計画の見直しを切る』(同)など。

 田代 業態としては、何が主体ですか。

 河野 基本的には、班をベースにした個配です。デポー(小型店舗)は、40デポー・100億円という枠組みのなかで、再生産が可能な仕組みにするという計画段階に留めるという方針です。これは店舗というよりも、大型の分け合うところであり、ここで見て発見して新たに参加する動機づけの場ですね。

 田代 班に基づく個配が主体ということですが、班とはどういう性格ですか。

 河野 物を分け合うという仕組みとしてだけではなくて、コミュニティの場でもあります。人びとの活動の場としての班という認識です。人びとが学び合い助け合うことができる場という意味です。

 田代 個配をどう位置づけますか。

 河野 全部が個配になったら負けると思います。なぜかというと、班が持つ教育機能は非常に重要です。班は人びとが集まりながら、人びとの生活を相互に話し合って、自分たちの生活のあり方をつくってきたという歴史的な経過があると同時に、今日も次ぎの時代も人びとのコミュニケーションは必要条件です。事業形態のあり方は多様にしますが、組織運営のあり方としては、人びとの集まる場として班を位置づけるわけです。

 田代 商品開発や仕入れへの組合員参加はどうなっていますか。

 河野 単協の代表者で構成する連合消費委員会で、すべての消費材について決めています。この委員会では米とか牛乳などの政策議論もします。新しい消費材の開発については、自分たちが開発したいものに手をあげてもらいチームを組んで半年から1年かけて開発します。
 この委員会で決めたことは各単協に持ち帰り、そこで討議した意見をもう一度、消費委員会に持ち帰り決定をして連合理事会で最終決定します。消費材について主なことは消費委員会に委任していますから、よほどのことがないかぎり理事会で覆ることはありません。

◆国産の「種(しゅ)」にこだわり生産者と一緒につくる運動が産直

 田代 「食の自給」を基本理念に掲げられていますが、産直の取り組みについてお聞かせください。

 河野 品目別に産地開発を行なっています。できるだけその品目の主産地の生産者の中で、生産情報を開示してくれる人と提携します。情報開示は絶対条件です。生産者には「『安全・健康・環境』生活クラブ原則」を批准してもらい、一緒に問題を解決していくという考え方に立っています。

 田代 代表的な例をあげてください。

 河野 米は現在はJA庄内みどりになっていますが、合併前から遊佐町農協にササニシキ全盛時代にポスト・ササニシキという提案をして、生産者と組合員で委員会をつくり、実験を繰り返しながら共同開発しました。
 米は基幹食料ですから、月5キロで年間登録してもらい、それ以上必要な人はOCR用紙で別途注文してもらっています。年間米供給量の6割が年間登録ですね。

 田代 その他の品目では…。

 河野 牛乳、鶏卵、豚肉で生産者を集めて組織化をしてやっています。鶏肉では国産肉用若鶏「はりま」で取り組んでいます。従来は、生産者に情報開示してもらっても、一般的にはコップやチャンキの原種鶏で輸入されているので生産者も原々種鶏までは分かりません。ところが(独)家畜改良センター兵庫牧場は原々種鶏まで持っているので、そこと提携して、原種鶏にしてもらって(株)イシイ関東支社で種鶏にして、群馬農協チキンフーズ(株)と山口の(株)秋川牧園でコマーシャル鶏にしています。
 ここまでやらないと外国の原種鶏に対抗する将来展望は見えてきません。そのためには、1羽全部食べる必要があるので、加工工場も含めてリンクしてやっています。これと同じようなことは肉牛でも検討していますし、93%が外国鶏の採卵鶏でも、国産鶏で取り組んでいます。
 野菜の種も、組合員、生産者そして全農や種苗メーカーが参加して「種と農法研究会」をつくり開発に着手しています。ここでは栽培実験からはじめて調理して食べるまでやって、開発しています。
 ですから私たちの場合、産直というよりも、一緒につくっていくことですね。

◆食料はどういう価値を持つのかを問う運動

 田代 通常いわれる産直とは確かに違いますね。

 河野 このやり方は、安い高いということではなくて、食料はどういう価値を持つのかを問う運動をしているということです。だからといってすべて高くなることもありません。中間の処理コストを改善したり、予約制度と1頭(羽)買いで戦えるのではないかと思います。

 田代 野菜については…。

 河野 地場産を中心に生産者を組織しています。これが全体の供給量の2割ほどです。後は首都圏の場合、100キロ圏内の農協と話し合いをして決めます。年間正月とお盆休み等を除いた49週にどんな野菜をどう扱うかを最初に決め、まず地場、次に主要産地にお願いし、それでも需要供給のアンバランスがあるときは補完産地をつくります。

 田代 欠品が起きたときはどうしますか。

 河野 仕様規格書が出ているところがあれば代替できますが、そうでなければ欠品になってしまいます。

◆熟して次ぎの生命を生むときが一番おいしい

 田代 これからの食のテーマはなんだと思いますか。

 河野 「健康」です。いまは「安全・安心」といいますが、これは間違っています。はりまのような健康な鶏が安全性を保証してますし、健康な牛が安全な牛乳を保証しているんです。人間は「健康で長生きしたい」といいますが、動物は経済的な動物になって健康という概念がありません。私たちが種の問題に取り組んだときから、健康は絶対条件になりました。
 それから、日本人の味覚には鮮度と熟度が必要ですが、いまはマーケットが熟度という概念を見失っています。一番おいしいのは、熟して次の生命を生み出すときで、これが熟度です。鮭なら3〜4年で回帰してきて卵を生む一番脂がのっているときです。野菜も同じで、早生種がおいしいわけではない。次ぎの種を次ぎの生命を生む状態のときに力を持った野菜は保存能力を持っています。いまは早生種で甘さだけで苦味や渋味がありません。これなら世界どこからでも技術でもってこれます。
 野菜なら、新しいときは生野菜で食べて、古くなったら煮野菜にすればいい。いまは煮野菜がなくなり、食文化を無視していると私は思いますね。次の時代に勝つためには、食文化まで丁寧に時間がかかっても理解してもらうことだと思います。

◆守りの発想をやめ、農業は創造的な仕事だと宣言しよう

 田代 最後に農業サイドへのメッセージをお願いします。

 河野 一番いいたいのは、農業・農村を守るという発想をやめて欲しいということです。その発想が既得権益を守るエゴとして受けとめられています。そうではなくて、自分たちは1億3000万人の食料を創る産業なのだと、ハッキリ宣言してください。そして、農業とは創造的労働なんだと。こうしたメッセージを明確に出すべきです。工業は開発や製造など作業が分業化されていますが、農業は環境条件が毎年異なり、二度と同じことはありませんから、経験に基づきながらも、常に自分で創造的に判断しなければならない。こんな面白い仕事はありません。それがいつの間にか3K労働になってしまったわけです。なぜかというと、農業の生産時間と生産空間をメッセージとして消費者に出さなかったからです。
 国内で食料を自給していこうというなら、生産時間と生産空間・実態を明らかにして情報を開示してくれれば、まだまだ十分いけると思います。日本の消費者が本当に望んでいるのは、安全だと誰かにスタンプを押してもらうことではなく、どこで誰がどうつくっているかを「分かりたい」ということです。

 田代 今日はお忙しいなか、ありがとうございました。

(インタビューを終えて)
 食料流通業界は多国籍企業の上陸もあり、いよいよ競争は激化している。そのなかで生協運営もいかなる理念のもとにどんな競争軸を設定するか厳しく問われている。大衆路線をとれば、あるいは店舗を主軸にすれば、どうしても低価格競争になる。
 それに対して生活クラブ生協は協同組合の原点にこだわることに撤している。そしてこの協同組合の原点へのこだわりが、日本農業への熱いエールに直結している点が農業にとって頼もしい。安全・安心は人間の勝手で、食の原点は食べられるものも食べる者も「健康」だという。そのために原々種、塾度、旬にこだわる。アメリカ養鶏業界トップの農場に乗り込んで徹底調査する姿勢には圧倒された。
 生活者の願いは「分かりたい」だ。生活者に農業は「守り」の対象ではなく創造的な仕事であることをアピールせよ。インタビューは暮れの24日。最高のクリスマス・プレゼントの言葉だ。(田代)
(2005.1.6)


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