農業協同組合新聞 JACOM
   

農業の新世紀を創る担い手たち
現地ルポ―輝く明日へ 個性豊かな農に生きる人々
耕作放棄地の解消から地域農業の発信へ
集落の合意形成にリーダーが力を発揮
――立ち上がる中山間地域――
中山間貝山プロジェクト21(福島県)
橋口 卓也 (財)農政調査委員会調査研究部研究員


◆協定締結への反対意見のなかで

「収穫祭」の様子
「収穫祭」の様子
 福島県の三春町で「中山間貝山プロジェクト21」と呼ばれる活動が展開してきた。名称から想像される通り、2000年度から開始された中山間地域等直接支払制度における貝山集落の協定の愛称である。以下、これまでのユニークな取り組みを紹介する。
 貝山集落は、三春町中心部から南に約2km程のところにあり、戸数は74戸と比較的規模が大きい。阿武隈山系の西縁に位置し、養蚕と葉タバコ栽培が盛んだった地域であり、これに水稲を加えたものが農業の三本柱であった。しかし近年、耕作放棄地が増大してきていた。貝山集落におけるその多くは農地開発事業による造成畑であったが、事業そのものの長期化、さらにはダム建設と通水の遅れにより、当初の営農計画と農業情勢の齟齬が生じていたことが背景にある。こうしたなか、貝山集落では、直接支払制度の対象農地約80haのうち865aにおいて、耕作放棄地の復旧を図ることとした。
 しかし、三春町では制度導入に当たり、町全体の協定で耕作放棄解消という方針を掲げたが、「復旧しても植える作物がなかなか見つからない」というのが実態で、貝山集落でも制度導入前の話し合い時点では、農家は集落協定の締結に消極的であった。3分の1強が耕作放棄地を所有しており、かなりの割合を占めていた。「放棄地があるが、人には迷惑をかけられないからやらないでくれ」とか、「皆でもらう金を俺の畑に使うのでは面子が立たない」、さらには「何も作るものはないし、荒らしておくのも俺の経営方針だから」といった声すら挙がっていた。結局、半分が賛成、半分は反対という雰囲気だった。


◆「荒らしてはもったいない」の一心で

 それでも、後に協定代表者となる大内昭喜氏(53歳)は、常日頃から耕作放棄の問題に心を痛めており、この機会を逃したら、二度と解決する時はやってこないと考えた。そこで、3回目の集落会議の場において「我々を集落協定の役員に選んで、後のことは任せてくれ。その代わり、耕作放棄地には交付金を支払わない。他の農地についても、当面個人配分をせず、協定終了段階でできるだけ多くの交付金を払うよう努力する」旨を申し出た。その結果、「そこまでお前らが言うのなら任せた」ということで、ようやく集落として制度に取り組む了解を取り付けることができたのである。
 大内氏らがそこまで熱心に訴えた背景には、「せっかく、事業を導入した土地が荒れてしまっていては非常にもったいない。償還金も負担しなければならないし、荒地を解消して誰かに貸せば地代も入り、用水代ぐらいはそれで払えるだろう。さらにプロジェクトとして一括管理をして何か作物を作れば、地域全体の利益にもなるだろう」といった考えがあったからである。
 実は、大内氏をはじめ、協定役員となった人々のうち5名は、「三春農民塾」の塾生で、塾長の今村奈良臣東京大学名誉教授を招いて、塾生OBが集う機会があった際、近いうちに直接支払制度が導入されるという話を聞いていたのだった。彼らは、喜んで日頃から話題にしていたが、先のような集落座談会の状況を受けて、自分たちが中心になって取り組むしかないという決意を固めたのである。
牧草の収穫作業の様子
牧草の収穫作業の様子


◆集落の所得向上も実現

 プロジェクトの内容は、大内氏が提案した内容通りになっているが、耕作放棄地の復旧費用が大きいため、共同管理する耕作放棄解消農地から収益を生み出さなければ、できるだけ多く交付金を個人に渡すとした約束を果たせないことになってしまう。そこで、単なる保全管理というレベルではなく、より積極的な営農を展開するということになった。
 現在は、大根、馬鈴薯、さつまいも、ひまわり、などを作付しており、収益として大きいのは大根、馬鈴薯である。労働力としては集落内の協定参加者をパート雇用し、通称「キーパーさん」と呼んでおり、「農地を維持管理してもらっている」との意味合いが込められている。
 プロジェクトの5年間の収支としては、余剰金の合計は600万円ほどになる見込みであり、全体を通しての共同取組活動への配分割合は約7割、個人配分の割合が約3割であったという結果になりそうである。これについては、単純に従来のままの営農の延長線上で協定を締結し、ガイドライン通りに交付金額の半分を個人配分したとすれば、プロジェクトの取り組みがなかった方が、個人の手にした金額は大きかったということになる。
 もっとも、耕作放棄復旧を必須とする三春町の方針に従えば、プロジェクトなくしては、そもそも協定締結自体ができなかった。そのようなことを前提とした上で、なお、865aに及ぶ耕作放棄を解消し、積極的な営農展開が行われていること、年間約330万円が集落内の農家の所得となっていること、リストラで職がなくなった人が現在は「キーパーさん」として活躍し当人からも喜ばれていること、なども考慮すれば、非常に大きな成果を生み出していると評価できる。


◆「貝山ブランド」もめざす

 また、町内の3つの保育所の学童農園としての役割を担っていたり、集落内にある磐越自動車道のパーキングエリアで交通遺児育英資金のための農産物のチャリティー販売を行ったり、外部の関係者も招いた「収穫祭」を開催したりするなど、地域活性化にも寄与していることなど考えれば、さらに評価は高まる。しかも、全国的には畑における制度の取り組みが低調と言われる中での貴重な活動であると言うこともできるであろう。
 協定代表者の大内氏は、次期制度下でも、現在のプロジェクトを継続し、水田においても集落営農を展開していきたいとの希望をもっている。また、町内にある都市農村交流施設で作られた味噌が好評を博していたり、地域の豆腐屋さんからの希望もあることから、大豆生産に力を入れたいとも思っている。さらに、麦を作ってうどんにしたらどうかという話もある。そして、将来的には、「貝山ブランド」として、多種類の農産物をまとめて売り出すことができないかというのも願いである。実際に、プロジェクト役員の中には、水稲、野菜、椎茸、花卉と多様な生産者がいる。春には三春町は、日本三大桜の一つに数えられる「滝桜」を観に来る多くの人で賑わい、貝山集落内にも車列が繋がるほどの混雑ぶりだというが、今は、ただ素通りしているだけの観光客にも集落をアピールできないかとの思いがある。
 これまでの堅実な活動を見る限り、このような展望も遠くない将来に実現する可能性がある。少なくともそのような将来を見通す上で、この間の活動は、着実にその基礎を築いたと言うことができるであろう。

(2005.1.12)

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