農業協同組合新聞 JACOM
   

明日の日本農業をつくるIPM
目的を明確にしそれに適したプログラムを

 IPM(総合的病害虫管理)に対する関心が高まっている。しかし、農薬が効かなくなったから天敵をとか、単に農薬散布回数を減らすためだけにIPMを導入しても成功する確率はほとんどないといえる。「何のためか」という目的を明確にし、シッカリしたサポートと指導体制を構築する必要がある。なぜなら、全国どこでも通用するようなIPMプログラムはないし、産地ごとに組み合わせる技術が異なるからだ。今回は、現場ごとのニーズに合わせて天敵やIPM対応農薬を組み合わせたプログラムを提供するシンジェンタ ジャパン(株)とそれを導入したJAながさき県央の東部地区センターに取材した。

イチゴ生産の省力化と環境に優しい農業めざして
―JAながさき県央 東部地区センター

◆品質の良い早出し「さちのか」の産地

今年から100%作付転換した「さちのか」
今年から100%作付転換した
「さちのか」

 長崎県の中央部に位置するJAながさき県央(野中彌三組合長)は、平成12年に諫早、大村市、松原、東彼の4JAが合併して誕生。その後、平成14年4月にJA北高と合併した2市7町(現在は市町村合併で2市3町)を管轄とする広域JAだ。そして、茶、米、牛そして馬鈴薯、タマネギ、ニンジン、さらに施設栽培のイチゴ、グリーンアスパラガスなどの産地として知られている。今回取材した旧JA北高管内の小長井町・高来町での営農指導を担当する営農部東部地区センターの基幹作物は、柑橘類、畜産(牛)そして施設栽培のイチゴ、グリーンアスパラガスなどだ。
 なかでもイチゴは、面積は4.4haと小さいが(JA全体では42ha)収穫量が多いことと、価格の良い11月中旬から年末にかけての早出しが6割を占めるなどの特色があり、センターの主力品目となっている。
 日本は世界でもトップクラスのイチゴ消費国で、品種もかつては東の「女峰」、西の「とよのか」といわれていたが、現在は新品種が数多く登場し「品種多様化時代」といえる。そして主要各産地は独自品種をメインにしてしのぎを削っている。長崎県もとよのか中心の産地だったが、春先に傷みやすく価格が下がることから「さちのか」への品種転換をはかろうとしている。東部地区センター管内は、7年前からさちのかに取り組み始め、16年秋の定植から100%転換した。早くから取り組んできたこともあって「作りこなされている」と、品質などの評価も高い。

◆生産者の負担が大きいハダニ防除

 イチゴにとって最大の害虫はハダニだ。ハダニはまず、苗の段階で着いてくることが多いと同センターで営農指導する久保暁弘さんはいう。イチゴの苗は、各生産者が4〜6月頃にかけて屋外でつくり9月に定植するが、その時期は温度が高くダニが発生しやすいからだ。もちろん苗の段階と定植時に防除するが、それが「うまくいかないと年内に発生する」。とくに2〜3月になって温度が上がれば増殖する。しかし、その時期は収穫や葉かきなどの管理作業が忙しい時期で、防除に手が回らずハダニが寄生してイチゴの生育が阻害されてしまうことも多い。
 さちのかはとよのかに比べて管理作業が少なくてすむ省力化品種だが、それでも油断すればハダニが増殖する。それを抑えるために、成分の異なる薬剤を数回散布しなければならない。生産者が高齢化するなかで、それは大きな負担ともいえる。

◆ダニ注意報が出されるなか、 天敵導入の効果が出る

土中にパイプでお湯を流し温度調節する長崎式ベンチ栽培(高設ベット栽培)
土中にパイプでお湯を流し温度調節する長崎式ベンチ栽培(高設ベット栽培)
 そうした生産者の労力軽減・省力化とこれからは環境に配慮した農業にしていかなければならないと考え導入されたのが、ハダニの天敵であるチリカブリダニと天敵に影響の少ない農薬を組み合わせたIPMだ。
 平成14年に、まず高来町のイチゴ農家の4ほ場(ベンチ2、地床2)で、病害虫防除所、県央普及センター、JA、シンジェンタが協力した防除試験を行なう。その結果、ほぼ効果があることが認められた。
 そこで、15年に高来町19名・小長井町5名の生産者に「省力化と環境への配慮を目的に天敵を導入する」ことを説明。全員が取り組むことになる。この年は気温が高くダニの注意報が数回だされるなど、県内でのダニの発生が多かったが、同センター管内は比較的少なかったという。久保さんは「天敵を導入していなければ他と同じだったと思う」と導入を評価する。
 しかし、初めてのことでもあり、24名の生産者がみな等しく効果をあげたわけではない。とくに、苗や定植時など放飼前に農薬で「キチンと叩いておかないといけない。手を抜くとハダニが増えすぎ、天敵を入れても効果がでない」。それを生産者に理解してもらう必要があると久保さんは考えている。特別なイチゴを作る必要はなく、むしろ「みんなが力を合わせて、売れるものを安定して供給できる力をもつようにする」、それが農協の役割だからという。

◆高齢者が1年でも長く農業が続けれるように

 イチゴにはハダニ以外にもアブラムシなどの害虫や炭そ病などの病害もある。新しい病害虫も出てくる。天敵や授粉用ミツバチに影響の少ない薬剤でどう防除するのか。課題は多い。しかし、効果を高めるために放飼するチリカブリダニ総頭数は同じだが、放飼回数を2回から3回に変えるなど、さまざまな工夫がされている。
 生産者の高齢化が進むなか、「1年でも長く農業を続けてもらうためには省力化が必要」だと久保さん。それがIPM導入の最大の目的だ。そして腰を屈めずに作業できるベンチ式(高設ベット栽培)も普及してきている。

現場の目的にあったIPMプログラムを提供
―シンジェンタ ジャパン(株)

◆産地のニーズに合わせて提案

 「シンジェンタのIPMは、一つのカテゴリーではなく、全体のクロップ・プロテクションのなかの一つの要素・考え方」だと、村田興文同社取締役クロップ・プロテクション営業本部長はいう。さらに「その作物の作型に合わせて、農薬や天敵などを含めて、何が有効な組み合わせなのかを考えること。その組み合わせの技術がIPMだ」と強調する。なぜなら天敵を導入するという産地で「化学農薬も使います」というと「それはIPMではない」といわれたりする経験が多いからだ。
 同社は、ハダニの天敵であるチリカブリダニをはじめ天敵の品揃えが多く、しかもIPMに対応した化学農薬の品揃えも充実している。そして「IPMの一部分として、生物農薬と化学農薬の併用・コンビネーションという形のIPMプログラム」をホームページ(HP)でも紹介している(岩越博樹技術普及部クロップマネジャー)。
 しかし「産地に行けば行くほど、これでは通用しないということを痛感します」と岩越さん。なぜなら「個々の産地、農家によって栽培体系も天敵導入の目的も異なる」からだ。だから「どんな生産物を作ろうとしているか」「何を目的に天敵を導入するのか」といった産地や地域の目的、ニーズをよく聞き、それにあったプログラムを「ほぼ、一からつくって提案」する。同じ作物であってもプログラムは「産地産地、農家農家で違う。それくらいカスタマイズされた」ものだ。HPのプログラムは、一つのサンプルということだ。

◆現場でどう対応できたかが真実

 これは大変に手間ひまのかかる仕事だ。しかし村田営業本部長は、IPMについて「学術的にいろいろな議論はあるが、本当のところは、応用動作も含めて現場でどう対応できていくのかという実学の部分がもっとも難しく、逆にそこに真実がある」と考える。だから、現場に密着して、個々の農家のニーズ、作物・作型の種類に応じたプログラムが作られなければいけないのだと。
 さらに、最近はIPMへの関心が高まっていることもあって、従来、3人のIPM担当者が全国を3分割して担当していたが、すべての農薬営業マンがIPMについても兼任する体制にし、技術や知識のレベルに差はあるが、どの営業マンでもIPMについて応えられるようにした。

◆現場でのサポート・指導体制の構築を

 その上でIPM導入の課題は何かとの問いに、農家をサポートし指導できる営農指導員や試験機関の体制をつくることであり、まずその体制づくりから取り組んで欲しいという。さらに、農薬の散布回数を減らしたら新たな病害虫が発生することは珍しくないが、「IPMで天敵を導入したことで同じようなことが必ず起こる」。それに対応した手段を構築するためにも、そうした体制をしっかり構築しておかないと継続することができなくなるからだ。
 そして同社としては「IPM全体に必要なIPM適応型の農薬を持っているが、より適切な情報を農家に伝えていくことにもっともっと力を入れていく。シェアを取るとか売上げをということではなく、IPMを導入し私どもの製品をお使いいただける方に、丁寧できめ細かな情報を提供し、お手伝い」をしていくという。
シンジェンタ ジャパンのHPに掲載されているトマトのプログラム例
シンジェンタ ジャパンのHPに掲載されているトマトのプログラム例
(2005.4.22)

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