最近は、安心・安全は当たり前で、そのことに取り組んでも付加価値とは認められず、価格に反映されることも少ないといえる。そういう意味ではIPM(総合的病害虫管理)に取り組む目的を明確にしておかないと、せっかくの取り組みが成功しない可能性は高い。JAむなかたでは、イチゴ生産者の高齢化もあり、天敵を導入し農薬散布回数を減らし、労力の軽減・省力化をはかっている。多くの天敵や微生物農薬をもつアリスタライフサイエンス社もそれらを核としたIPMプログラムによって「最終コストを安く」することを目的にして欲しいと望んでいる。 |
農薬散布回数を減らし、省力化・労力軽減を実現
−JAむなかた
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9月の定植に向けて育苗が進められている。 |
◆防除しにくいイチゴの害虫・ハダニ類
福岡市と北九州市という大都市にはさまれた宗像市・福津市を管内とするJAむなかた(中野一組合長)は、JA販売高の40%強を占める米を中心に、麦・大豆、園芸、そして牛乳などの畜産と多彩な農畜産物の産地だ。園芸品目では、50年以上前から生産されているカリフラワーの全国有数の産地として有名だ。そのほか、露地栽培ではキャベツ、ブロッコリーが生産され、施設ではJA園芸販売の43%強を占めるイチゴやキュウリ、トマトが生産されている。
イチゴ生産者は、JAのイチゴ部会所属者が73人いるが、第3セクター方式の直売所5ヶ所をはじめ、業者や個人の直売所が多数あり「個人プレーがやりやすい地域」ということもあって、部会に所属しない生産者が50人程度いる。福岡県のイチゴは、かつて関東の「女峰」と天下を二分した「とよのか」から品種を「あまおう」に転換しているが、JAむなかたでもこの「あまおう」を中心に「さちのか」が作付けされている。
イチゴの最大の害虫はハダニ類だが、なかでもシロダニ(カンザワハダニ)は小さいので見つけにくい害虫だ。そして葉裏などあらゆるところに付着するので、農薬を散布しても万遍なく防除することが難しく、散布ムラがあればすぐに再発生してしまう。しかも、ダニ剤は1シーズンに2〜3回程度しか散布できないので、大発生してしまうと違うダニ剤を「とっかえひっかえ変えて使い、下手をすれば何十万円という費用と労力」をかけることになる。
ハダニは気温が高く、乾燥していると発生しやすくなる。福岡の主力品種「あまおう」は水を抑えた方が食味が良くなるので、ハダニが発生しやすい品種だといえる。さらに気温が上がり発生しやすい条件となる3〜4月は収穫のピークで、防除まで手が回らない。だが、防除しなければそれ以後は「まったくダメになる」。
◆的確なタイミングを見極めるのも生産者の技術
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水田を借りて施設された坂本さんのハウス。
ハウスは業者に任せず坂本さんが自分で建設した。 |
さらに生産者の高齢化や混住化もあって周辺への環境的な配慮も必要になってきていることなどから、JAでは平成15年に県の補助事業も導入し、ハダニ類の天敵であるチリカブリダニ(商品名:スパイデックス)の導入をイチゴ部会に提案し、全員が導入。部会に所属しない生産者にも同様の指導を行う。
JAでは、基準では10アール当たり1本(2000匹)だが、イチゴは8000株程度作付けされており、4株に1匹ではなかなか効果がでないと考え、1.5〜2本を推奨。さらに1回だけの天敵導入ではなく、11月、12月、そして気温が高くなる2月の3回導入するよう指導している。
ほ場を見せていただいた坂本道雄さんは会社を定年退職して農業に飛び込んで5年というユニークな生産者だが、その防除明細を見ると、16年12月10日に天敵を導入。その後、3棟あるハウスの入り口付近など発生しやすい場所に部分的に農薬を散布したが、全体に発生しそうだと判断して急遽1月20日に2回目の天敵導入をする。そして気温が上がってきた2月5日に殺ダニ剤のマイトコーネ(日産化学)をほ場全体に散布し、18日に3回目、3月18日に4回目の天敵導入をしている。
「4月頃からは、ハウスに入ると服の上に赤いチリカブリダニ(天敵)がたくさん着いた」と坂本さん。それだけ効果があったということだ。営農生活部園芸課の花田直毅係長も「急遽、天敵を入れたのが良かった。入れるタイミングも技術だ」と評価する。実際に「天敵をタイミングよく入れた農家は上手くいっている」。しかし「安易な使い方をして後手後手に回りダニが大発生。農薬を散布しなければならなくなった農家もある」と花田係長。「そこの見極めも農家の技量・技術」として問われることになる。
◆余裕ができた時間で品質管理を
いまは天敵を使ったIPMが差別化につながり価格的に評価されることはない。しかし「天敵を上手く使えば、知らないうちに防除してくれ、農薬の使用回数が減る」。目に見えるのは農薬のコストだが、散布するための準備や散布の労力が減るのだから、「トータル的にはコストダウンになる」。その余裕ができた時間を品質などの管理に使い、コストが下がり収益が上がってくれば「俺もやってみよう」と後継者が思うようになる。「そうなればいい」と花田係長は考えている。
一つの害虫に複数の天敵――積極的にIPMを推進
アリスタライフサイエンス(株)
◆ビジネスとしては難しい生物農薬
いまの時代は「食の安全とか環境は大きなテーマだ。化学農薬は化学農薬としてシッカリした仕事をしているが、同時に、食の安全、環境に配慮した企業としてIPMに今後さらに力を入れていく」のが、アリスタライフサイエンス(株)の考え方だと堀格日本事業部長。
同社は野菜類の受粉蜂・マルハナバチを最初に国内に導入したことで知られるが、アザミウマ類の天敵であるタイリクヒメカメムシ類(商品名:タイリク)やハダニ類の天敵・チリカブリダニ(同スパイデックス)など数多くの天敵、さらに微生物殺虫剤や微生物殺菌剤など生物農薬を豊富に揃えており、IPM導入を考える産地から注目されている企業だ。また、一つの害虫に複数の天敵をもっていることも大きな特色だ。
だが、ビジネスとして考えると生物農薬は難しいという。一つは、工業製品や化学農薬は閑散期に生産してストックしておくことができるが、天敵などの生物農薬は貯蔵ができない。そのため需要予測が重要となる。しかし、天候などの関係で害虫が発生しなかったり、発生時期がずれたりする。その歩留をいかに抑えることができるかが問題で「コストをキッチリつかまえるのが難しい」からだ。同社の場合は、長年の経験とデータがあるので、生産に関するノウハウを持っているが、それでも「昨年と今年のコストがまったく違うこともある」という。
もう一つは、パテントプロテクトがしにくいことだ。もちろん生物農薬にも農薬登録はあるが、「化学農薬の登録ほど困難ではないし、天然にあるものだから特殊な事情がなければパテントは取りにくい」ので、ビジネスとしての権利が守りにくいということだ。
◆最終コストとしてはIPMが安い
IPMは高いという声をよく聞く。しかし「農薬散布コストや労力までを考えれば高くはない」と同社は考えている。そのため「天敵だけではなく、他社の化学農薬も入れ、労力軽減まで見通したIPMプログラムを検討している」と和田哲夫日本事業部バイオソリューション部長。さらに「IPMにさらに力を入れていく」という方針を裏付けるように、微生物農薬や天敵の開発を積極的に進めており、登録が取れたものは広範な現場委託試験を行ない、より使いやすくする努力もしている。
そのことを通じて「IPMが最終コストとして安いことを認知してもらう」ことだと和田部長は考える。産地はIPMによって付加価値が上がり価格を上げたいと考えることが多い。そのことは不可能ではないだろうが、現実的には価格は需給関係で決まるものだから、そうしたケースは少ない。だから「価格を目的とするのではなく、生産自体が楽になり、コストも下がる」と考えて欲しい、というのが同社の産地への要望だ。
そして今後は果樹や野外の野菜類栽培にもIPMを広げていくが、施設では「天敵と微生物を中心にし、それに化学農薬を組み合わせていくことになるだろう」と予測している。
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