農業協同組合新聞 JACOM
   

アジアの農業最新事情(2)
ベトナム 農協の信用事業の公認がカギ −農村金融について
眞田忠雄

 WTO農業交渉やEPA交渉では日本にとってアジアとの協力、連携が今後の大きな焦点となる。このシリーズでは、水田農業という共通点のあるこれらの国々の農業最新事情を研究者らに定期的に解説してもらう。

 

◆市場経済への移行を強める

眞田忠雄氏
【略歴】昭和40年慶應義塾大卒、同年農林中金入庫、平成11年JICA専門家としてベトナム農業省(ハノイ)に出向、15年農林中金総合研究所退職、16年埼玉県農林部の農協検査に従事、17年JICA専門家としてルーマニア農業省(ブカレスト)に出向、同年埼玉県農林部退職

 べトナムは86年12月の党大会でドイモイ政策実施決定により、市場経済への移行を強めた。それは計画経済への決別となった。そのことは端的に政府のCIにも見ることができる。政府の公文書のヘッドには、「独立」「自由」「幸福」の文字があり、かつてのキーワード「平等」は消えている。共産党の一党独裁は不変で社会主義を究極目標としているが、市場経済に踏み出した今、後戻りは出来ない。
 農村部では集団農業の廃止(88年)から実質的に農地が私有化され、農民個人のやる気に頼る農業に進展はあるものの、農民自身に資産の蓄積がないだけにいわゆるミドルマンの農民への経済支配がドイモイ後、顕著である。とくに南部はサイゴン陥落以前が資本主義体制であっただけに、目鼻のきいた精米業者や肥料・現金を貸与する私的商業・金融業者が勢力を伸ばしており、担保の土地をなくした農民も少なくない。

◆ドイモイ政策で順調に成長する経済

ロンシュワンマーケット
ロンシュワンマーケット

 総人口7700万人のうち約8割が農村部に住み、就業人口の7割を農業が占めている。01年のGDP331億ドル(481.3兆ドン)成長率は6.8%とアジアでは中国に次ぐ成長(03年GDP605.6兆ドン)で、GDP構成比では農業が24%(98年26%)工業37%(同33%)サービス業39%(同41%)と農業生産の後退はないがそのウェイトは低下しつつある。工業面は国家の手厚い保護によるものが大きい。一人当りGDPは02年に400ドルに達し、91年の128ドルから見ると順調な成長途上にある。近隣国ではタイが00年で1838ドル、カンボジアが250ドルである。
 86年12月の第6回共産党大会で採択されたドイモイ(刷新)政策の柱は、
(1)市場原理の導入、
(2)民間セクターの奨励と経営自主権の容認、
(3)重工業偏重の工業化戦略の見直しと農業の重視、
(4)対外開放政策、
であった。
 農業は各戸経営制度移行のもと、農民が自分の意志で生産に邁進することとなり、米生産では140万トンを輸出にまわすなど、恒常的な米輸入国から世界第3位の米輸出国になった。そして01年の第9回党大会では、改革・開放路線の強化の採択である「社会経済開発」(01〜10年)で農業人口を70%から50%にする目標を掲げた。

◆貯蓄の77%がタンス貯金 −農村金融の現状と問題点

 国民の貯蓄に目を向けるとその最大の特徴は低貯蓄率だ。その原因は、
(1)金融機関は政府借入依存型
(2)長期に亘る戦争、ハイパーインフレ、取付け騒ぎ、そして不良債権問題等から金融機関への不信があり、とくに「零細農民が政府から殆ど救済措置を得られなかったのが低貯蓄率の大きな原因」(東京三菱・ハノイ支店ヒアリング)。
(3)銀行の資金ポジションが悪いため融資枠を増やせず受身姿勢で農村部へのアクセス不足で、農業銀行のアンザン省開拓農業への融資枠特別対応の事例なども見られるが、絶対的資金不足。
(4)人びとは預貯金の性格の消費寄託に馴染めず現金の自己所有が強いこと。
があげられる。
 グエン・マン・フアン著による「ベトナムにおける資産の持続的成長と問題点(世帯別貯蓄行動)」には、メコン川流域地区の00年7月の一戸あたり平均貯蓄額(下表)は総貯蓄額が農村部で73ドル、都市部で273ドルと格差があり総平均は112ドル、うち預貯金シェアは農村部で1.9%、都市部で9.4%であるが、タンス貯金(現金のドン・ドル・金)は農村部も都市部も77%で驚かされる。
 金融機関の信頼不足とアクセス不足でインフォーマル金融依存が高く92〜93年の政府調査では世帯単位の借入シェアは7割に達している。
 銀行貸出は国営企業(SOE、00年で6割が赤字)向けが6〜7割となるため、中小企業や農村金融向け資金はクラウディングアウト(資金の締め出し)される構造にある。
 解決策の1つに貧民銀行の小額貸出があるが、農業金融面では長期低利資金の対応なしには、市場経済移行後ストックのない農家の経営を金融ベースに乗せるのは難しい。
 東大の泉田教授と須田氏(農中総研)の調査(98年)によれば、農業銀行の融資額は1件あたり310ドル、貧民銀行の融資額のそれは125ドルでこれらの70%は短期資金で早期回収され、本来の融資管理をアップさせるよりはグループでの連帯保証などの保全措置が優先する。
一戸当り平均貯蓄額<メコン川流域地区>(単位、千ドン、%)

 

◆信用事業が認められず 経営基盤が脆弱な農協

農協が行っている脱穀作業(ロンシュワン郊外)
農協が行っている脱穀作業
(ロンシュワン郊外)

 新しい農協の創設経緯は、88年に家族請負制を公認してから農業合作社は壊滅状態となり、93年の党中央総会は、水利、土地利用、サービス等で農業合作社に代わる農民による協同組織の必要を認め96年に協同組合法を制定した。
 合作社の農協への改組が進みドイモイ開始時の87年に1万7022あった農業合作社は、00年の新法の農協登録では8764に減少した。肝心の信用事業が認められていないこともあって、多くは経営基盤が脆弱である。
 97年実施のJICA専門家、中岡・今川両氏(全中OB)の調査では負債を抱え返済能力のない農協が43%と報告されている。逆にみればノーマルな農協が半数以上あることになる。適切な指導と人材があれば赤字農協でも立ち直る可能性があると全国各地の農協を訪問して確信した。
 政府は市場経済移行下での諸課題を農協によって解決することを目指しており、日本からのJICA専門家も協力支援(全中から派遣された今川専門家から松久専門家に交代)努力されている。
 問題点としては、
(1)旧合作社後遺症から農協加入率が低く15%程度である。
(2)新農協では北部地区などで旧合作社よりも規模を小さくする傾向がある。
(3)農協は合作社の改変であり自前の指導機関がなく運動体の機能を持てない。
(4)組合員に農協の理念や存在意義の理解が浸透していない。(このため上記専門家が特に教育支援に力をいれている。)
(5)ごく一部の農協の実施はあるが信用事業の公認を勝ち取れていない。
などである。

◆いまこそ支援を強化すべき時期 農村金融の今後の改善方向

 ベトナム経済浮揚には、銀行が資金を自己調達し自賄体制を如何に構築するかがカギといえるが、農村部への金融機関のアクセス不足は農家の資金不足に輪をかけており、結局は頼るものは自分達しかないことを農民は認識している。
 南部のアンザン省では農協を新しく作る意欲を持って勉強会をする集落のリーダーにも会うことができた。そうした意欲に依存して、農協の販売・購買事業と信用事業の機能発揮によりメンバー同士の相互金融の仕組みを可能にすることが出発点である。
 その対策としては国として国内貯蓄動員を徹底して行うことが、タンス貯金を活用することになり、資金循環し経済力をつけ、過去の銀行悪夢からの信頼回復につながる。
 これは都市部よりも農村部からの回復が早道ではないだろうか。事実各地域での婦人部の活動に見るような自分達の生活を守る金融自主組織が小規模ながら機能しつつあり、農協はこれらの活動を育む立場にある。その意味で農協の信用事業公認がカギを握る。少数精鋭の重点支援モデル農協を早急に立ち上げ全国に輪を広げることがベトナム経済浮揚の真の力となる。世銀などの資金枠確保もこのような組織がなければ猫に小判である。
 途上国の研修生が日本農協組織創設の原点を系統施設のIDACA研修などで現地視察し、組織のメリットを理解し始めている今こそ、農協の創設・発展に支援強化すべきで重要な時期である。ODA効果も倍加する。時間の経過につれ農村部の貧富の較差は増幅しているからだ。

(2005.4.26)


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