農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 時論的随想 −21世紀の農政にもの申す(2)

“戦後農政の転換”政策への危惧

梶井 功 東京農工大学名誉教授



◆構造改善は本当に進むか

 7月21日、総額4130億円の“農政改革推進予算”案が決まり、いよいよ来年度から、“戦後農政の転換”が断行される。この“農政改革”で、農業構造改善は加速され、日本農業の強化、自給率の向上、農村の活性化は実現するだろうか。行政はそれを期待――というよりは願望しているが、私はこの“農政改革”がもたらすのは、構造改善の減速化であり、日本農業の弱化、自給率の低下、そして農村の荒廃化ではないかと考えている。
 今までにもこれらの点に関して本紙でも何度かふれたが、――それらについては拙著『小泉「構造改革農政」への危惧』(農林統計協会刊)に収録させてもらっているので、再読していただければ幸甚――予算案も決まり、着手が本決まりになったこの段階で、これまで述べてきた所見を概括する意味をこめて、6月8日参議院農林水産委員会での私の参考人としての陳述を再録することをお許しいただきたい。農業構造動態統計からつくった90〜95年、95〜2000年の都府県5ha以上農家の階層変動状況を示す表――両5年間の間に、5ha以上農家のうち20%くらいは規模縮小して5ha以下になってしまったが、5ha以下の農家から規模拡大して5ha以上になった農家が規模縮小農家の2倍以上あった結果として、5ha以上農家は増えてきたということを示す表――を示した上で、そしてそうした動きが農産物価格条件が良かった時期での動きだったことを注意した上で、私は次のように参考人意見を述べておいた。

◆意欲と能力のある生産者すべてを対象に

 “一定数はどうしても、幾らいい条件の中でも何らかの事情でもって規模縮小せざるを得ない農家は出てくる。しかし、反面で、農産物の市場条件が良ければ、営農意欲を燃やして上がってくる方がいると。そういう構造の中でもって、そういうメカニズムが働いている中でもって構造改善は進むんだと、こういうことですね。
 今度の新しい経営所得安定政策でもって一定規模階層以上に施策を絞る、その施策対象にならない人は、今後、これから見通されるのは、農産物価格は一層低下するぞという見通しの中でもって裸で放り出されるということになったら一体どういうことになるだろうかと。
 施策対象になる一定規模階層以上の方でも、この5年の間に5ヘクタール以上は20%以上が規模縮小せざるを得なくなったということが示しておりますように、私は、やっぱり20%とは言わないまでも、10%とか、必ず規模縮小せざるを得ないような状況に置かれる方はかなり出てくると思うんですね。今後は絶対そういうことがないよという保証は何もないわけです。当然、下におっこちるという可能性は出てくるんだということを前提にしていろいろ考えなきゃいけないんです。
 しかも、なおかつ、あんたはもう施策対象外よということでもって低農産物価格の状況の中に放り出されるというときには、その状況の中でもって、おれは意欲を持って規模拡大やっていこうという方が出てくるでしょうか。私は出てこないと思うんですね。出てこないと思う。(中略)上昇してくるということを期待できない。しかし、片や、施策対象にしている人たちの中からは、確実に何%かは私は下におっこちてしまうだろうと思う。下から上がってくる方をいなくさせておいて、おっこちる方はこれはもう防ぎようがないということからすれば、これは構造改革の加速になるんじゃなくて、構造改革の減速になるんじゃなかろうかというふうに、こう思っております。その点が1つ。
  それからもう1つ。この施策対象を絞るということに関しまして、私、大変危惧を持っておりますのは、これは施策対象外の方々が今現実にどれだけの耕地面積をカバーしているのかと、そういう問題なんですね。
  これも数字申し上げるまでもないかと思うんですけれども、都府県でいいますと、3ha以下の方々のところで耕地面積の70%は耕作されているわけです、現実に。……その70%を耕作している方々がこれは施策対象外よというかたちでもって放り出されるということになったときに、一体本当に食料自給率の方は大丈夫なんだろうかと、これが大変気になります。(以下略)(第164回国会参議院農林水産委員会会議録第12号(その1))
 “農政改革”諸立法の中心ともいうべき担い手経営安定新法については、与党の中でもその政策効果を不安視する意見がかなりあったらしく、参議院農林水産委員会での採択にあたって、新法の政策効果検証、それに基づく見直しを求める附帯決議をつけることを与党議員が求め、“緊迫した空気”(6・16付日本農業新聞「農政転換」)に包まれたという。与党内の話し合いで附帯決議ではなく、“中川昭一農相が質疑終了後、異例の発言をすることで事態は収拾した”のだそうだが、その“異例な発言”は、
 “新しい経営安定対策は実効性に未知の部分も少なくないことから、政策効果をしっかり検証し、必要に応じて適切な見直しを検討していく”
というものだった。
 “実効性に未知の部分も少なくない”ということなら、提案を引っ込めて検証する時間を持つのが筋ではないかと私などは思うのだが、農相発言は議事録に残っていることでもあり、これはこれで重要な公約とすべきだろう。“検証”に当たっては、是非とも拙論などにも留意していただき、日本農業の体質を弱め、生産面から自給率低下をもたらすような事態に対しては“適切な見直し”を的確にやってほしいと思う。
 担い手限定政策のマイナス面を“検証”するなら、現に農業を担っているすべての人に力を出させる施策こそが大事なのだということに気がつく筈である。集落営農にいらざる5要件をつけるようなことが如何に愚策かにも気がつく筈である。

◆改めて問うべき生産調整政策

 “農政改革”のもう1つの重要施策は、米の生産調整を“農業者・農業団体が主体的に”実施することとする“新たな需給システムへの移行”策である。主役になることを求められている全中等は、小泉構造改革財政施策が、生産調整の実効性にも大きく関係する産地づくり交付金等を削減することもあり得るとされた中で、この施策の成否は前年度なみ、或いはそれ以上の予算確保にあるとして、それを目指して、運動を重ねていた。決定された予算案は、産地づくり交付金が前年度より20億円上積みされたほか、新たに“稲作構造改革促進交付金”や、“過去実績のない場合の生産調整拡大への対応等”も加わって、前年度を上回る予算に一応はなっている。
 が、これを以てしても“農業者・農業団体が主体的に”実施する生産調整で、これまで以上の成果をあげることができるだろうか。
 私は駄目だと思う。生産調整は価格維持のための生産カルテルであり、だから行政ではなく“農業者・農業団体が主体的に”実施すべきものだというのが今の農政当局の考え方であるが、この考え方自体が基本的に間違っているからである。1ha以上の水稲作付農家でも40万戸を数えるという多数の生産者が関係する生産カルテルは、“法律に基づいて国家の経済統制の機関として行われる「強制カルテル」”(岩波「経済学辞典」175ページ)でなければ実効性は期し難いというのが経済学の常識である。国の関与のもとに行われてきたこれまででも生産調整に不参加者がいたのである。前年度を上回る予算が確保されるとしても、強制力に勝る誘導策たり得るほどのメニューが用意されているわけではない。
 あらためて、生産調整の政策的意義が問われなければならない。私は生産調整は平時には米生産を一定量に抑制し、米以外の食料自給力強化に資する作物をつくってもらうが、水田としての機能は保持してもらい、“不測の要因”(基本法第3条第4項)で国内での食料増産が必要になったときには米をつくってもらうという“不測時における食料安定保障”(基本法第19条)政策の一環として行われてきたと理解している。そうであってこそ多額の交付金支出をする政策としての意味がある。
 水田利用再編政策実施初年度(1978年)の鈴木農相談話は、生産調整は“自給率向上の主力となる作物を中心に農業生産の再編成を図る”総合食糧政策の一環であることを明言していたことを、農政当局に想い出してもらいたい。生産調整の政策的意義を問わなければならない。

(2006.9.1)


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