農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 時論的随想 −21世紀の農政にもの申す(3)

8年連続40%でいいのか

梶井 功 東京農工大学名誉教授



 2005年度食料自給率が、8月10日発表された。カロリーベースで40%、“8年連続横這い”(農水省プレスリリース)である。
 “食料自給率の目標は、その向上を図ることを旨とし…て定める”とした食料・農業・農村基本法が成立したのが1999年であり、この規定(第15条第3項)に基づいて1997年41%、98年40%だったカロリー自給率を2010年までに45%に引き上げることを明記した食料・農業・農村基本計画がつくられたのが2000年12月だった。しかも、その45%は“…国民の多くが我が国の食料事情に不安を抱いていることを考えれば、基本的には、食料として国民に供給される熱量の5割以上を国内生産で賄うことを目指すことが適当である”が、計画期間内において(関係者が取り組むべき食料消費及び農業生産における)これらの課題が解決された場合に実現可能な水準(「基本計画」中の文章。( )内は筆者補足)として示された目標だった。
 しかし、それから4年たっても、自給率向上の兆しも見られなかった。何故かを“検証”した上で、2002年新「基本計画」がつくられ、45%への自給率引き上げ目標は2015年度達成に引き延ばされたのであるが、前「計画」では向上の兆しも見られなかった理由について、新「計画」は“食料消費面、農業生産面の両面に共通するものとして、前基本計画では、食料自給率の目標達成に向けて解決すべき課題を提示していたものの、課題解決のための重点的なテーマ設定や具体的な取組手法が明示されていなかったことが、関係者の主体的かつ継続的な取り組みを喚起できず、結果として十分な成果が得られなかった”からだと述べていた。
 その反省に基づいて、新「計画」に基づく施策は“課題解決のための重点的なテーマ”“具体的な手法”を明示した「食料自給率の向上に向けた取組の工程管理」に基づいて実施されてきたはずである。にもかかわらず、“8年連続横這い”と発表しなければならなかった。
 当然ながら、施策のどこに問題があって自給率向上の兆しも出てこないのか、いうところの“工程管理”に基づいての検証が同時に発表されて然るべきところ、いや、なければならないところだろう。が、今もって検証結果の発表はない。こういうことでいいのだろうか。

自給率向上「工程表」の検証を

 新「計画」の自給率目標は、前「計画」に比べ目標年次での総供給熱量が減る想定の下につくられている。“今後の少子高齢化の進展に伴う摂取熱量の減少を加味するとともに、ダイオキシン対策関係会議…で決定した廃棄物の減量化の目標量等を勘案して、平成10年度から14年度までの5カ年平均の供給熱量と摂取熱量の差の約1割が減少する”ものとしたからである。想定数字に従えば、年率0.35%の減少になるが、この1年の現実は逆に0.4%の増だった。少子高齢化による摂取熱量減少効果はまだ現れないのか、廃棄物減量化は進まないのか、検証が必要だろう。
 想定と違うという点でもっと重要な問題点は、PFC熱量比率で減らすことが政策目標になっているFの割合がまた増加したことである。
 P、F、Cの望ましい割合は、18才以上でそれぞれ12〜13%、20〜25%、62〜68%だとされている。農政用語としてこの言葉が登場してくるのは、「80年代農政の基本方向」(1979年)からだが、その時から「平成8年度農業白書」までは望ましい%の枠内にあり、“平均的には栄養的にバランス(PFCバランス)がとれ、海外にも例がないことから「日本型食生活」と呼ばれており、世界最長の平均寿命をはじめ我が国の健康的で豊かな食生活を支える要因の1つとなっている”(「図説平成8年度農業白書」22〜23ページ)と自賛していたことだった。
 白書の表現が一転するのはその翌年からである。それまでは食糧需給表から計算したマクロの数字で論じていたのだが、平成7年度農業白書で国民栄養調査を使って年齢別摂取熱量比率を算出したところ、“20〜27才階層の脂質摂取比率は28.2%、30〜39才階層では27.3%…”というように若年齢層では望ましからぬ事態になっていることが明らかになったからである。以後、F(脂質比率)を下げ、C(糖質=炭水化物比率)を上げることが重要な政策課題になり、新「計画」でも2003年29%のF比率を2015年には27%に下げる計画になっている。そして04年は基準年に比べ0.5%低下し、F比率低下政策は功を奏しつつあるかと見られていたのに、05年はまた0.3増%になってしまったのである。
 厚生労働省と一緒になって作った「食事バランスガイド」など、どう活用されているのか、学校給食での米飯供給の増加などどう取り組まれているのか、「工程表」検証で是非とも問題点を明らかにしてほしいものである。

グローバル化論の問題点

 自給率引き上げに本気で取り組んでいるのかどうか、その政策姿勢は、とった施策に誤りがあったのか、或いはどこが不充分だったのかを、どれだけ真摯に反省しているかで判断できよう。中川農水相は8・15閣議後の記者会見で、自給率8年連続40%横這いについての所感を求められ“自給率40%はあまりに低過ぎる、真摯に受け止めたい”とし、さらに2015年45%の目標を“実現しても終わりじゃない。さらに50%、55%を目指す”と語ったという(8・15付日本農業新聞)。農水相の意気込みに応えるような工程表検証を望みたい。
 ところで、自給率引き上げ政策に関して、“目先の食料自給率にこだわらず、グローバル化した市場を生かした食料確保を目ざす”べきだという主張が見られるようになった。引用は8・30付朝日新聞12面の「日本の課題」からだが、“余剰から不足へ――。エネルギーばかりか、食料もそんな時代に入っている”し、その状況は中国での肉食の拡大、エタノール需要増大で、今後一層深刻なものとなる。だから、“需要逼迫に備えた日本の食料戦略は、自国のとりでを堅く守ったまま世界から農水産物を買い集める旧来型から、大きく転換する必要がある。/第1に、農水産物の輸出国と積極的に経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)を結ぶことだ。長期的に安定した食料輸入をそこで担保するだけでなく、天候不順などによる食料不足の際に優先的に供給してもらう食料安保条項を盛り込むのだ。…国際市場で買い負ける事態も起きている今日では、農業国との自由で安定した食料貿易こそ、頼みの綱だ”ということをほとんど12面全面で論じている。
 “自給率アップ作戦”は“国産信仰の最たるもの”と極めつける週刊ダイアモンド8月5日号の特集「危険な食卓」も同旨の主張といってよいだろう。かつては、市場主義の新古典派経済学者からそういう議論がよくあったし、国際交渉の場でそう主張する国もあった。世界的な食料需給逼迫を危惧するのなら、だから自給力強化の重要性を言うのが筋というものだが、市場主義論者はそういうまともな考え方はしないらしい。それへの適切な答として、日本政府がウルグアイ・ラウンド交渉の際に各国に配布したステートメント(1989・9)の一部を紹介しておこう。安定輸入の重要性を認めつつも“国内で自給可能な基礎的食料”については自給政策をとる必要があることを言った上でこう言っていた。
 “一部の輸出国から食料の安定供給のコミットメントに関する言及がなされており、輸出国側においてその方向での実施がなされることは勇気づけられるものであるが、食料が危機的に不足し、輸出国においても自国民への供給に影響するような事態が生じないとも限らず、そのような場合には輸出国からの如何なるコミットメントでもその担保が確保し難くなる状況があり得るのではないか”。

(2006.9.27)


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