農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 時論的随想 −21世紀の農政にもの申す(4)

「格差是正」の取組みに注目したい

梶井 功 東京農工大学名誉教授



 農水省に政務官を座長とし、局長級で構成する農山漁村活性化推進本部が設置されたという。“安倍内閣が重点課題に据えた地方活性化を進めるため”で“農産物価格の低迷による活力低下、都市と地方の格差批判などに対応したもの”だそうだ(引用は10・19日本農業新聞)。
 いいことである。是非ともこの本部で、所得水準をはじめ、さまざまな面で都市との格差拡大が顕著になっている農業・農家・農村の現状をしっかり調査し、現状を把握した上でその原因がどこにあるかを究明、対応施策を打ち出してほしい。
 今日の格差拡大は、10月10日付の本紙での内橋克人、河野栄次、田代洋一3氏の座談会が的確に指摘しているように、“行過ぎた市場主義”(河野)、“圧縮された新自由主義”(内橋)に基づく小泉政権下の経済政策が生んだものである。
 である以上は、格差是正を問題にするなら、当然にこれまでの施策の抜本的是正を課題にしなければならないはずである。“農産物価格の低迷”に無策だった農政をどう立て直すか、大多数の農家の切り捨てになりかねない、いや強行すれば確実にそうなる担い手限定経営所得安定施策をどう軌道修正すべきかを詰めなければならないはずである。局長級で構成した検討組織というからには、農政全般について、率直かつ厳しい検討を加え、政策是正方向を打ち出せるはずだし、そうすると期待したい。

◆正確な実態把握を

 検討の手始めはいうまでもなく、正確な実相把握である。推進本部初会合でも、“疲弊する農業・農村の実態や今後の見通しを示す調査・推計データ”が“報告”されたようだ。
 問題はそのデータだが、筆者は未見だが日本農業新聞の報道によると“主業農家の農業所得は2003年が474万円となり、農産物価格低迷などで、5年前の539万円から大きく落ち込んだ”という数字などを検討したようだ。
 この記事を見て、私はこういう数字で実相を判断しているのか、それでいいのか、がまず気になった。
 主業農家は05年センサスによると429千戸しかいない。準主業農家が443千戸、副業農家が1091千戸、以上が販売農家と分類され、その他に885千戸の自給的農家がいる。総農家数2848千戸の15%でしかない主業農家の状況で、農家がおかれている格差状況を判断していいのかということである。
 主業農家として経営調査の対象になっている農家の経営耕地面積は482アール、ほぼ5ヘクタールになっている。準主業農家のそれは198アール、副業農家は114アール(03年度)だが、5ヘクタール以上農家は05年調査でも全国で販売農家の4.5%を占めるに過ぎない。農家の状況を把握するというなら、主業農家で代表させるのではなく、まだしも副業的農家で見るべきだし、せめて主業、準主業、副業と分けているその分類に従ってそれぞれに状況を検討すべきではないか。1998〜2003年のそれぞれの所得変動状況を経営調査に従って示すと次表のようになる。

98〜03年の農家所得の変動状況

 農業所得の減少は準主業が一番激しく25.5%にもなっているが、副業農家では33.5%の増加になっている。副業農家の場合、農外所得がこの間21.1%も減っており、その減を補うべく営農活動を強化したものと思われる。実額では8.5万円の増でしかないが、もともと農業所得が少ないので、増加率としては高くなっているわけである。
 格差拡大ということで問題にすべきは25.5%もの農業所得減がなぜ生じたのか、21%もの兼業所得減にはどう対処すべきなのか、という課題であろう。主業農家の数字だけを見ていたのでは、農家の大部分を占める準主業、副業農家で深刻になっているそういう問題は出てこない。まさか、格差是正を問題にはするが、それも担い手に限定してだ、ということではないだろう。格差是正をいうなら、準主業農家はむろんとして、副業農家にも目配りのきく施策でなければ話にならないと私などは考えるものだが、如何なものか。

◆農外所得も厳しさ増す

 農産物価格指数から計算すると、98〜03年の5年間に農産物は全体として9%の価格下落、そして生産指数でみると農業生産は5.8%の減になる。価格低落が生産意欲の低下や生産減を招き、農業所得の低下をもたらしているのであるが、この間、農産物輸入量は輸入数量指数からみると8.3%の増になっている。もう1つ、副業農家の農外所得21.1%減と対比すべき数字として、常用労働者1人平均月間現金給与額(常用5〜29人規模)は98〜03年で303千円から280千円へ、7.5%の減にとどまることをあげておこう。この格差拡大期に中小企業勤労者の賃金も低下しているが、農外所得を形成する農家の就労先の雇用条件は一層厳しくなっており、中小企業勤労者の賃金低下率よりもはるかに高い農外所得低下率になっていることを注意しておくべきだろう。
 格差是正を課題にするなら、是非とも農業問題としては価格低下問題をどうするかに取組み、今のような歯止めのない所得安定施策でいいのかを、緒についたばかりだとはいえ吟味するのが当然だし、農村での非農業就労条件のあり方に農政も無関心であってはならないだろう。
 農外所得の問題に関連して、“I 兼、II 兼ともに、あとつぎですらその4割が(その収入を家計に)「ほとんど入れない」か、入れても食費程度でしかない”という事実を、78年3月という時点で当時の統計情報部が明らかにしている(拙著「現代農政論」表4―1)ことを指摘しておこう。実際には家計に入っていない息子や娘の勤め先収入も、これまでの経営調査は農家収入にあげていた(前掲表の農外所得もそうである)が、農・非農の格差問題を考察するときは、実際に農家家計に入ってくる数字を本来は使って判断すべきである。それに近い集計が04年経営調査から始まっている。その方式に修正した03年の販売農家平均の農家総所得は511万円になる。従前の方式では前掲表の農業・農外両所得に「年金被贈等の収入」が加わって販売農家平均03年農家総所得は772万円だった。772万円で比較するのと511万円で比較するのでは全く問題の様相が異なってくることは、いうまでもないだろう。03年総理府家計調査が示す勤労者世帯の年間実収入は629万円だった。旧来方式では販売農家平均の方が勤労者世帯より22.7%高いが、新方式では農家の方が18.8%低くなる。どういう数字を使うか、注目していたい。

(2006.11.13)


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