農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 時論的随想 −21世紀の農政にもの申す(5)

これでいいのか?安易な「貸付事業」実施区域指定

梶井 功 東京農工大学名誉教授



 農業経営基盤強化促進法05年改正で始まった特定法人貸付事業実施区域――“要活用農地が相当程度存在する区域であって、特定法人貸付事業を実施することが適当であると認められる区域”と法に規定されている区域、つまり、農業生産法人ではない一般株式会社が、リース等で農地の利用権を取得し農業を営むことができる区域のことだが、その区域指定がどのように行われているか、法施行1年後(06.8.31)のその実態がこのほど農水省から発表された。
 その市町村別一覧表を見て、私は一驚した。市町村区域の全域を指定している町村が、549を数える指定済み市町村のうち実に247を数えたからである。北は北海道から南は鹿児島(沖縄は8.31現在指定済み市町村は0)まで、全域指定を行った市町村は全国にわたっている。奈良県のように“農業振興地域の区域内”といった決め方をしているところも、実質的には全域指定と同じだとすると300市町村近くになる。圧倒的に全域指定が多いということである。宮崎県に至っては、すでに県内市町村全部が全域指定を行っているし、青森県も平内町一町を除いて他はすべて全域指定になっている。こういう“区域指定”でいいのだろうか。

◆事業の趣旨はあくまでも「特例」

 リース方式での一般株式会社の農業参入を認めたのは、御承知のように02年制定の構造改革特別区域法だが、そのときは一般株式会社の農業参入を認める地域というのは“現に耕作の目的に供されないと見込まれる農地…その他その効率的利用を図る必要がある農地が相当程度存在するものと認め”られる地域だった(特区法第23条、04年改で第27条になり、05年農業経営基盤強化促進法改正でその第6条で特定法人貸付事業が規定されたことにともない、特区法からは第27条は削除された)。
 “現に耕作の目的に供されておらず、かつ引き続き耕作の目的に供されないと見込まれる農地”というのは、これまで統計用語として耕作放棄地とされていた土地である。経営基盤強化促進法改正で、それを遊休農地ということにしたのであるが、特区法で株式会社にリース方式の営農を認めるのは、そういう土地及びそうなる“おそれがある農地”が“相当程度”ある地域で、ということになっていた。改正経営基盤強化法では、“遊休農地及び遊休農地となるおそれがある農地並びにこれらの農地のうち農業上の利用の増進を図る必要があるもの”を“要活用農地”と呼んでいるが、ここでも株式会社のリース営農を認めるのは、この“要活用農地が相当程度存在する区域”においてだということになっている(第6条第6項イ)。
 特区に限っての措置として一般株式会社にリース農業経営を認めるのは、農地法の特例としてだったが、特区法案提案の際、農水省は「農業生産法人以外の法人に係る農地法の特例」をつくった「趣旨」を次のように説明していた。
 担い手不足、農地の遊休化が深刻で、農業内部での対応ではこれらの問題が解決できないような地域における地域農業及び地域経済の活性化を図るため、地域との調和や農地の適正かつ効率的な利用が確保されることを前提に、農業生産法人以外の法人の農業経営を可能とする農地法の特例措置を講ずる
 “農業内部での対応では…問題が解決できないような地域”での特例だということである。なお、03.1.24閣議決定「構造改革特別区域基本方針について」の別表1でも“相当程度”という語句の意味することとして、同じく“農業内部での対応ではこれらの問題が解決できないような状態にあると認められることを指すものである”と説明されていることをつけ加えておこう。
 経営基盤強化法改正で特区方式の一般化が行われたのであるが、法改正にともなって農水省経営局長・農村振興局長名で出された改正法運用通知(05.9.1)も、当然ながらこの特定法人貸付事業実施区域について言及しているが、そこでは次のように述べられている。
 実施区域は、農業の担い手不足等により遊休農地の増加が懸念され、地域の農業者だけでは遊休農地の解消やその発生の防止が困難となっているような区域であって、農業生産法人以外の法人が農業に参入することによってこれらの問題の解消を図る必要があると認められる区域とすることが適当である。
 なお、この考え方は、旧特区法第27条の規定による農地法の特例措置に係る構造改革特別区域の設定の考え方と同じである

◆「特例」が新規参入「歓迎」へ?

 “農業内部での対応では…解決できない”というのと、“地域の農業者だけでは…困難”というのは、意味するところがずいぶん違うと私などは考える。地元の農業者などが、手におえませんと音をあげてしまっている特殊なところに特例的に実施するのだという、実施地域をきびしく限定する方針が“では”には示されているが、“だけでは”になるとその地域限定性は希薄になっているといわざるを得ず、“だけでは”による地域指定の考え方が“では”に基づく地域限定の考え方と“同じである”とは言えない、と私などは思うのだが、如何なものだろう。
 そういえば、農水省は06.4決定の「新農政2006」で、2010年までに特定法人を500までに増やす目標を言っていた(06.3.1現在では156、06.9.1現在では173)。そのために、特定法人にも“農家並みの助成措置は講ずるべき”として、“農地情報の提供あるいは農地リースの支援、簡易な基盤整備の実施、機械・施設リースに対する支援等々をやって”いく予算を07年度概算要求には組んでいるという(引用は全農林「農村と都市をむすぶ」誌06.11月号所収、農水省針原予算課長報告から)。
 農政当局自体のこうした設定基準についての曖昧な発言、そして特定法人参入歓迎ともとれる施策化の動きが、市町村を“遊休地となるおそれがある農地”の安易な拡大解釈に走らせ、全域指定にさせたのではないか。それでいいのか、である。
 市町村全域の農地を遊休農地もしくは“遊休農地となるおそれがある農地”とすることは、営農に取り組んで頑張る農業者、或いはいうところの農業の“担い手”は、わが管内にはもういない、或いは多少はいてもその農業者“だけでは”もうもたないと市町村当局が判断したことを意味するが、本当にそうなのだろうか。
 03年以来米政策改革施策推進の柱として取り組まれた水田農業ビジョンづくりでは、一般株式会社参入などはまったく念頭にはない“担い手の明確化”が検討されたはずである。その第1回農水大臣賞を受賞した花巻地方水田農業推進協議会のある花巻市も、第2回総合食料局長賞を受賞した都城・北諸県地域水田農業推進協議会が関係する都城市等各市町村も、市町村区域全域を特定法人貸付事業実施区域にしている。“ビジョン”で“担い手の明確化”に努めたものの、その“担い手”だけでは地域農業は維持し難いと市町村は判断したことになるが、そういうことなのだろうか。協議会でビジョンづくりに取り組んだ人たちの努力は何だったのだということにならないか。
 安易な実施地区指定を、農政は放置しておいていいのか。

(2006.12.13)


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