◆G10提案を無視した議長新ペーパー
今年のゴールデンウィークは、日本農業にとっては大変なことになりかねないウィークだった。対応を誤れば、日本農業を壊滅に導きかねない提案が、内外から立て続けに出されたからである。
皮切りは4月30日。この日、WTO農業交渉議長ファルコナー氏の“あなた方へのチャレンジ”だとする議長ペーパーが各国政府に示された。冒頭、“我々が数週間で真剣なモーメンタムが得られなければ、失敗するか、我々よりも良い世代が取り出すまで冷凍庫に全てが入ってしまうだろう”と書かれているところを見ると、このペーパーの線でまとめないと…という判断を議長は強く持っているのだろうと思われる。が、その内容は“水面下で近付きつつあるといわれている米国と欧州連合(EU)の提案を「想定される着地点」とする項目が多い”(5・2付日本農業新聞)提案になっており、わが国としては到底受け入れ難いものになっている。今、進行中のWTO農業交渉で、私たちが一番注目しているのは、高関税で保護している重要農産物の品目数がどうなるかという問題と関税率の引き下げ幅だが、そのいずれについても、わが国そしてG10諸国の主張とは程遠い数字がそこには示されているからである。
重要農産物品目数については、全品目の10〜15%にすべきというのがわが国を含むG10諸国の主張だが、議長提案は5%でしかない。アメリカの主張する1%、EUの主張する4〜5%をそのままとっているわけである。5%では約70品目しかカバーされない。米と砂糖だけでタリフライン上の品目数は70を超えてしまう(米は17、砂糖が56)。大麦(12)、小麦(20)、乳製品(47)、でん粉(8)、豚肉(32)、牛肉(26)等々は入る余地はないことになる(( )内はタリフライン品目数)。5%など、話にならない数字としなければならない。
関税率引下げ幅については、“一般論としてはEU提案を下回る水準のどんなものも、コンセンサスを得ることにならない”とした上で、関税率75%以上の最上位階層の削減率を“60%(EU)と85%(米国)”の間に“重心”を落ちつかせるべきこと、全階層の平均削減率としては、“50%超のもの”が示されている。G10としてのわが国の主張は、最上位階層削減率45〜60%、全階層平均削減率31%だから、これまた落差はかなり大きい。G10の主張は、まったく無視されているというべきだろう。
訪欧中にこの文書に接した松岡農相が“「大いに不満。われわれとしては受け入れられない」と述べ、反対する考えを表明した”(前掲紙)そうだが、当然の判断である。農相はインドのナート商工相との電話会談で、このファルコナー提案には“「重大なアンバランス」があるとの認識で一致した”ということも報道されている(5・8付日本農業新聞)。そのインドとは無論のこととして、G10諸国との連携を強化し、少なくとも重要品目についての10%、平均関税率削減率50%以下を確保することを切望しておきたい。
◆現実離れの売国的提案―諮問会議報告
WTO農業交渉にこういう難問が持ち上がった折も折、ファルコナー議長提案是認へのシグナルにもなりかねない提案――農産物の“国境措置については…対象品目、関税率とも最小限にすべき”というとんでもない提案が、政府のお膝元で出された。5月8日に発表された経済財政諮問会議専門調査会第1次報告書がそれである。“最小限”の国境措置を強調するこの報告書には、その当然の帰結ということになるが、“オープンな国創りにおける食料安全保障の意味を再検討すべきである。我が国の食料自給率の引き上げには限度がある…。輸入による安定的な食料供給をどのように確保していくかは、我が国にとって喫緊の課題であり、EPAはその有力な手段と考えられる”ということも書き込まれている。食料安全保障はEPA締結国、たとえば交渉に入ったオーストラリアなどに委ねようというのである。
この提案については松岡農相は“「世界貿易機関(WTO)農業交渉に悪影響を与えかねない」。その懸念を表明…「WTO交渉という国益をぶつけ合う場面に、間違った影響、シグナル(を送るようなこと)は遠慮してもらいたい」と批判した”ことが報道されている(5・10付日本農業新聞)。
“遠慮してもらう”ことですむような問題ではないのではないか。“食料安全保障は国家安全保障の問題”だとブッシュ大統領も力説していることくらいは、専門調査会委員ともなれば知らないはずはないと思うのであるが、その食料安全保障を他国に委ねようとする提案など、売国の提案というべきだろう。“国民が最低限必要とする食料は、凶作、輸入の途絶等の不測の要因により国内における需給が相当の期間著しくひっ迫し、又はひっ迫するおそれがある場合においても…供給の確保が図られなければならない”(「基本法」第2条第4項)とされている政府として、政府のなかでも“供給の確保”の責任を負っている農相として、絶対に受け入れられない提案だということを、明確に言っておくべきではないか。経済財政諮問会議がまとめる「骨太の方針」は閣議決定を経て政府の方針になるという。「骨太の方針」などには盛り込ませないと明言してほしいところだ。
専門調査会第1次報告書には、農地制度についても、民法規定を無視した“最低でも原則として20年以上の定期借地権制度”とか、一般株式会社の農地所有権取得に道を開くための“農地を株式会社に現物出資して株式を取得する仕組み”の創設といった“現実離れした改革案”(5・9付日本農業新聞)が盛り込まれている。
この改革案については“農林水産省は「政府・与党で検討している最中の農地改革のつまみ食い的な内容で、農家に誤解を与えかねないと反発している”(5・9付日本農業新聞)そうだが、“反発”するだけでなく、“現実離れ”している問題点を、“政府・与党で検討している”改革案とも突き合わせ、批判すべきは厳正に批判すべきだろう。
“利用を妨げない限り、所有権の移動は自由とする”“農地の利用権者は、…適切に利用する義務を負う”というが、“利用状況の監視、是正、強制措置”を“都道府県に1つ、全国に1つ設置”するという“第三者機関”で“義務”実行を担保できるのか。かつて指摘したことだが、営農していると称する会社の現場を“農業委員会が現場の視察をしようにもバリケードを張り巡らせて中をのぞけないばかりか、視察への理解を求めても、ヤクザのような態度で断られた”(05・6・30付本紙)ということも現実にはあった。事前審査なしに自由に参入を認めたなら、こういうことはもっと頻繁に起きる。都道府県に1つの第三者機関でやれというのは“現実離れ”もいいところとしなければならない。また、“賃貸借ノ存続期間ハ二十年ヲ超ユルコトヲ得ズ”とする民法第604条の例外は、“建物の所有を目的とする地上権及び土地の賃借権の存続期間”(借地借家法第1条)であって(原則30年)、農地について“最低でも原則20年以上の借用が可能となるように”するには、“建物の所有”と同等の特別の理由を必要とするが、その点については何もふれていない。無責任とすべきだろう。
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