農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す(11)

農村の意志受け止め路線転換を

梶井 功 東京農工大学名誉教授



 今回の参議院選挙での自民・公明両政府与党の大敗は、農村票の多い一人区での惨敗が如実に語っているが、これまで両党が戦後最大の農村改革と称して推し進めてきた構造改革農政に、農村の多くの人々がNOを意志表示したということである。この意志表示を尊重し、農政路線の転換を図るべきである。

◆「絞り込み」への不満が噴出

 公示直前の7月11日に、日本農業新聞は、同紙モニターの農政アンケートを公表したが、そこでは、政党支持率としては低下したとはいえ自民党はなお50%を保持していたが、民主党支持率は17%でしかなかった。にもかかわらず、「農政で焦点になっている以下の政策について、どちらを支持しますか」という設問に対しては、「担い手に集中した品目横断的な経営安定策」22.8%、「全販売農家対象の戸別所得補償」53.8%という数字になっていた。自民党支持者も、自民党の政策をではなく、圧倒的に民主党が掲げた政策を支持していることが示されていたのである。
 この農政アンケートが発表された一週間後、私は同紙から各党が掲げる農政公約をどう評価するかの意見を求められ、同紙記者と対談する機会を持ったが、その時の私のコメントを同紙記者は次のようにまとめてくれた。
 “「絞り込み」に批判
 民主党が参院選で農業政策を大きく取り上げ争点化したことは、評価できる。自民・公明の公約にある経営安定政策が、日本農業の体質改善につながるとは到底思えない。世界でも特定の経営規模以上の階層に施策の対象を絞っている国はどこにもない。民主党などの野党が提唱する所得補償制度を与党は批判しているが、WTO協定上も認められる道はある。
 経営面積の大きい農家も病気や事故などで毎年、一定割合は脱落することになる。それなのに今後規模拡大を目指す階層の芽を摘むようなことをしたのでは、日本農業は弱体化するに違いない。野党が一致して「絞り込み」に反対していることが、生産現場で共感されているのもうなずける。
 フランスは1970年代からすでに、青年農業者を支援する制度を実施し、若手就農者を一定確保してきた。それに比べ日本には20代の農業者がいったいどれだけいるのか。その点、共産党が公約に新規就農青年への援助制度を盛り込んでいるのは評価できる”(7・21付日本農業新聞)
 そして選挙後も同紙からコメントを求められたが、それは次のように報道された。
 “地方のいらだち爆発
 自民党が一人区でここまで惨敗したのは、これまでの農業政策に「ノー」を突きつけた農村部の有権者が多かったからだ。
 担い手に施策を集中させるという政策に批判が集中していた。特に小規模農家などから不満が募っていたのが実情だ。だからこそ、民主党が打ち出した戸別所得補償政策が歓迎され、民主党の圧勝という結果につながった。
 格差問題も自民党惨敗の原因だ。地方では勤める場が少なくなっており、兼業農家も大変厳しい状況に置かれている。
 具体的な政策はなく、都市と地方の経済格差も縮まらない。地方のいらだちが、民主党への支持につながったのではないか”
 因みに、TVなどがよく取り上げる自民党大敗の3点セット、年金問題、政治とカネ問題、閣僚失言問題に関連するが、最初にふれた農政アンケートの「政権に力をいれてほしいことは何ですか」という設問に対しての答のトップは“農業・農村の振興”72.5%であり、ついで“年金問題”51.9%、“都市と地方の格差是正”37.6%だった。“政治とカネ”は18.8%、“公務員改革”は14.4%でしかなかったことを附記しておこう。農水相の首をすげかえるのもさることながら、農政路線の立て直しをこそ首相は指示すべきだったのである。

◆農地改革論議も糾せ

 農政路線の立て直しに当たって、何よりも心がけてほしいのは、“農業・農村の振興策”として農業者が今何を一番求めているのかを真剣に考え、それに応える路線を組み立てることである。前回も指摘したことだが、“事実から導出されるべき政策方向と施策のズレ”の是正にまずは取り組むべきだろう。
 その際、例としてあげたのが“貸し手も借り手も…何も問題にしていない”のに、いま行政当局が“必要”と力んでいるのが“農地政策の再構築”だったが、この問題に関して一言“もの申”しておきたい。
 07・3・9の「農地政策に関する有識者会議」に農水相が提出した「農地の面的集積に係る論点と方向」のなかに、“地元に密着して、出し手の農地を一括して受け手担い手に配分する組織の確保”という“論点”の“方向”を示す文章として次のような文章がある。
 “所有と利用を切り離し、農地の利用について、地域の一定の組織(面的集積を促進する機能を持つ組織)が間に立つことにより、
 (1)出し手・受け手の関係を遮断、(2)その農地を上記の組織が一括して引き受け、(3)まとめた形で担い手へ再配分、(4)必要な場合に賃借料の徴収等を代行する仕組みが面的集積の促進には必要。
 ・その際、上記の組織は市町村単位を基本に全域をカバーする組織(旧市町村単位など地域が重ならない範囲で複数も可)として整備することが必要。”
 “面的集積を達成するために、誰に農地の利用をまかせるかは上記の組織に委ねてもらうことが必要”、“担い手からも一旦農地の利用を上記の組織に委ねてもらうことが必要”ということも“留意点”として記されている。所有権に基づいて立派に耕作している2〜3haの自作地も、“一旦”は自作をやめさせ、広域化して地域の農地事情などには無知になっている市町村単位の管理組織に、誰が利用するか選択させようというのである。こうした“所有と利用の切り離し”強制措置は、明らかに私有財産権を侵害するもの、憲法違反の行為といわなければならない。“農業・農村の振興”ではなく、地域農業破壊・農村崩壊になること必至だと私などは思う。
 “有識者会議”の委員各位には、是非とも農水省の先輩が苦労してつくった次の一文を念頭に置いてこの問題を審議し、誤った結論にならないように努力されることを期待する。
 “小規模で分散している農地所有の下での個別利用という我が国の農地事情の下において、生産コストの低減と総合的な農業生産力の増進を図るためには、集落機能の活用等を通じて関係権利者の合意の下に、作付地の集団化や農作業の効率化を進めていく必要があります。これを推進するに当たっては、兼業農家を含む地域としてのまとまりの中で自分達の土地は自分達で守り、有効に活用していくという、いわば「ムラ」の論理を出発点として農用地の有効利用方策についての合意を形成していくことが重要です”(農業振興調査会刊・農政課監修「農用地利用増進法・農地法改正法一問一答集」117ページ)(傍線は梶井)

(2007.8.9)


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