農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す(14)

再考 ―誰のため何のための生産調整か

梶井 功 東京農工大学名誉教授



 “需給及び価格の安定”を謳う食糧法の執行に当たっているはずなのに、農水省は下落続きの米価に全く無策だった。その農水省が10月29日、ようやく下落阻止のための米緊急対策を決めた。07年産米34万トンの年内買上げ、JA全農の06年産米10万トン飼料米処理費用100億円の半額助成がこの時点で具体的に示された対策の主内容だが、日本農業新聞の報道(07・10・30付)によれば、“08年産での生産調整の実効確保策として、(1)目標数量を主食用の生産数量と作付面積の二本立てとし、県間調整の枠組みを設ける、(2)生産調整を達成していない都道府県・地域については産地づくり対策を調整し、ほかの補助金の採択や配分でも考慮する――ことなどを打ち出した”という。(1)、(2)についての具体策を今後詰め11月中には決める見通しだし、“飼料米や米粉、バイオエタノール用など非主食用の米を生産調整に算入する仕組みもつくる”そうだ。
 この措置が決まるまでには、自民党農林議員の強力な品目横断対策・米対策に対する施策変更の働きかけがあった。さきの措置も、07・10・26に持たれた自民党農業基本政策小委員会、総合農政調査会、農村部会の合同会議が決定した“自民党コメ緊急対策”に盛り込まれていた対策だったが、自民党農林議員のこの動き自体、参議院選挙での惨敗で、自分たちが押し進めてきたこれまでの農政、特に鳴り物入りで始めた品目横断的経営安定策が農家の支持を受けていないことを、痛烈に思い知らされての反省に立った動きといっていいだろう。

◆「米」の位置づけを論戦に

 自民党に、そして農政当局に従来の米行政の軌道修正を迫り、今回の米緊急対策をとらせるもとになった民主党の農業者戸別所得補償法案は、11月9日、自民・公明の反対を民主、共産、社民、国民新党、新党日本など全野党の賛成で押し切り、参議院を通過した。
 “生産数量の目標に従って主要農産物を生産する販売農業者…に対し、その所得を補償するための交付金を交付するものとする”(第4条)この法案、前評判の高かった法案なのに練りあげられていないな、の感が深い。たとえば肝心の交付対象にする“販売農業者”にしてから、“農林業センサスなんかでは経営面積が30アール以上もしくは販売総額が50万円以上というそういう規定になっておりますが、ここでは10アール以上、そして特に市町村が販売をしているというふうに認める農家ということでこの販売農業者ということを考えていきたい”(11・1参議院農林水産委員会での発議者 民主党平野議員の答弁)と質疑のなかで明らかにしたことなど、その一例。対象にする“主要農産物”の種類、“所得を補償するための交付金”の算定方法や金額なども、これから政令で“定める”ことになっているし、“平年度的1兆円”という“必要となる経費の…見込み”は示されているものの曖昧なところが目につく。
 というように詰めなければならない問題はあるものの、この法案に、大きな期待を農業関係者は寄せている。現行の担い手経営安定対策との対比で、対象の特定規模以上限定がないし、“所得を補償するための交付金”を算定する基礎になる主要農産物の真っ先に米が入っているという大きな違いがあるからである。
 品目横断的経営安定対策のいわゆるゲタ対策では、米は対象になっていないし、収入減少影響緩和対策には、肝心の価格低下ピン止め施策がない。いわゆる担い手農業者も含めて、品目横断的経営安定対策に対する大方の不満は、ここに集中しているのだが、民主党のこの法案は、まさしくその不満に応えることを主内容にしている。この法案を掲げての参院選が、農村部を中心に同党に圧勝をもたらした所以だとすべきだろう。
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 自民・公明両党は、この法案の参院審議では“農産物の一層の輸入自由化の受け皿かどうかや、「公約違反」かどうか”(11・10付日本農業新聞)を主要論点に法案の問題点を追求、反対した。が、その自民党も、現行の品目横断的経営安定対策のなかに価格低下ピン止め策がないのはやはり問題だという認識は、参院選惨敗の教訓としてもったようだ。
 米緊急対策を政府に実施させることにしたことは冒頭でふれたが、そればかりではなく、もっと踏み込んだ安定策を問題にしているという。11・6付日本農業新聞によれば、“自民党が、生産調整への参加者を対象に2008年度から、米価が下落して生産費を下回った際に、差額相当を補てんする仕組みを導入する方向で検討している…。(中略)自民党が検討している補てんの仕組みは、米の生産数量の目標に従って生産する販売農家に交付金を出す民主党の戸別所得補償制度の考え方に近い”。
 この案に対し、“政府は、生産調整メリットとして主食用米を対象に助成するのは、政策効果と財政負担の両面から困難と見ており、政府・自民党の調整は難航が必至だ”そうだが、民主党法案が衆議院で論議される過程でどういうことになるか、要注目というところだ。

◆「不測の事態」への備えの視点あるか

 参院での審議ではあまり議論されなかったが、民主党の法案が“国、都道県及び市町村は…生産数量の目標を設定するものとする”(第3条)としている点こそ、もっと問題にしなければならないのではないか。“農業者の意向を踏まえ、相互に連携して”定めるとはいえ、国が入って決める目標であり、かつ“国、都道府県及び市町村は…その達成に努めなければならない”(第3項)としている以上、“目標”設定、その“達成”は、国の政策であることを意味しよう。米の“生産数量の目標を設定する”ことは、食糧法でいう“米穀の生産数量の目標”をきめることと同義としていいから、法案のこの規定は、米の生産調整を国の政策として実施することをいっていることになる。
 米の生産調整は米価維持のための生産カルテルであり、本来それは生産者・生産者団体が行うべきもの、というのが「米政策改革大綱」以来の政府の方針になっているが、その方針自体根本的に間違っていることを、私はこれまで再三論じてきた。古い文章で恐縮だが、02・11・10付本紙に“誰のため、何のための生産調整か”と題して掲載してもらった拙稿の最後を引用しておきたい(全文は拙著『小泉「構造改革農政」への危惧』(農林統計協会刊)に収録してある。再読していただければ幸甚)。
 “不測の事態のもとでも“国民生活の安定”上必要な食料“供給の確保”を図るための耕地保全という大目的が生産調整政策にはある。国民の食生活の安定のための保険といってもいい。それへの財政負担はその保険料支払いと位置づけられて然るべきなのである。価格維持のための生産カルテルなどではない。
  米の需給調整だけが問題であり、食料の安定供給対策など考えなくていいのだとするなら、コスト高の劣等地を切り捨てることですむ。しかし、不測の事態への備えを考えれば、棚田も山にしてしまうことはできないのである。まずはこの点をしっかり認識するところから、米政策改革は始めなければならない”。
 自民党もようやく所得補てんの重要性、必要性を認識するようになったことでもある。“食料自給率の向上並びに地域社会の維持及び活性化その他の農業の有する多面的機能の確保”(法案第1条)のために、何をしなければならないか、民主党法案審議を機に、農政当局にも改めて21世紀に入っての農政を真摯に検討し、反省してほしいと思う。その第一歩は、誰のため、何のための生産調整か”を再考するところから始まる。

(2007.11.21)


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