農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 時論的随想 −21世紀の農政にもの申す(16)
今年こそ問われる食料安全保障政策
梶井 功 東京農工大学名誉教授


◆求められる「米ゲタ」対策の導入

 07年産米34万tの年内買上げによる政府備蓄米100万tへの積み増し、備蓄米販売ストップ、全農在庫06年産米10万t相当の飼料米処理への助成――以上を内容とする「米緊急対策」が実施に移されてから1カ月、その効果で米価が上向き始めていることを、07・12・17日本農業新聞は“政府米買入れ、市場急変”の大見出しをつけて次のように報道していた。
  “2007年産米の需給環境が急速に変わり始めている。記録的な米価下落を受け政府が実施した、政府備蓄米(政府米)買入れなどによって市場を覆っていた過剰感は一掃。需給は締まり、価格は上向き始めた。一方で慌て始めたのが米卸売業者。人気の米は争奪戦が始まり、予定していた数量が確保できない米卸は販売計画の見直しを迫られている。(中略)
  今年の政府米買い入れは、大幅な価格下落を引き起こした過剰感を市場から取り除くため、政府の緊急対策の一環として行われた。例年は12月と春に分けて行っていたが、11月末に一気に買い入れる計画。その結果、43銘柄、34万tが政府の倉庫に入ることになった。
  …さらに政府米の売却抑制が米卸を焦らせた。政府米は古米のため割安感があって業務用などに格好の米で、同省から毎月2万tほど売られてきたが、緊急対策の一環で売却が止められたのだ。(下略)”
 前回もふれたように、生産調整参加者の稲作所得を補償する、いわゆる「米ゲタ」については“自民党と農水省の調整は再び米価が下落した時点で検討することでひとまず落ち着いた”(11・24付日本農業新聞)ことになっているそうだが、“市場急変”は「米ゲタ」論議を政府・与党間では下火にさせてしまったかもしれない。しかし、この問題は今に始まったことではなく、食管法廃止→食糧法成立の頃から議論されてきた問題(例えば94年5月の食管問題研究会「食管制度改革の方向」)だし、今まさに民主党がこの問題に直接かかわる農業者戸別所得補償法案を国会に提案、参議院審議を終わって衆議院での論戦が本格化し、農業者の関心も集中している問題である。“再び米価が下落した時点で検討”すればいいというような問題ではない。政府・与党は「米ゲタ」施策への態度を、早く明確にする必要がある。

◆棚上げ備蓄は消費者保護政策

 米価下落の関連して、この際是非とも政策の再吟味が必要と思われる問題として、備蓄米をどうするのかという問題がある。今回の緊急措置では、備蓄米は当面売却中止になっているが、原則は回転備蓄であり、いずれはその市場放出が米価引下げに働くことをどう考えるか、という問題である。
 この点について民主党が棚上げ備蓄を主張していることは注目に値する。別稿本紙対談で民主党の筒井議員は、
  “…それから政府備蓄米を今の100万tから約300万tに増やして棚上げ備蓄とし、うち備蓄の役割を終えた分はすべて飼料用とバイオマス用にする方向を考えています。回転備蓄ではいくら増やしても在庫の増大となるだけで、米価引き上げ圧力にはなりませんからね”
と話されたが、この点は民主党がかねてから「農林漁業再生プラン」のなかなどで主張していたことでもある。筒井議員との対談では“回転備蓄は余剰米として常に米価抑制作用を及ぼしますから、棚上げ備蓄への転換は非常に重要です”と簡単に賛意だけ述べておいたが、この点は、かねがね私も主張してきたところなので、ちょっと長文になって恐縮だが、今日の事態にも通ずると思われるので、拙文の引用をお許しいただきたい。
  “作る自由、売る自由を法的に認めておきながら、生産調整にもまた全稲作農家の参加を求めなければならないのである。
  当然、作る自由を放棄するに足る参加メリットが与えられなければならないのに、どう見てもこの点が手薄だった。需給調整・価格安定のための生産調整なのだから、農家・JAが自主的にやるのが当然なのだというのが政府の考え方だが、この考えがそもそも間違っている。需給調整のために稲作は中止してもらうが、将来にわたって水田という生産装置を維持しなければならぬという判断があるからこそ、生産調整が政策として行われているのだという点を充分認識する必要がある。生産調整政策は食料安全保障政策の一環なのであり、農家だけのためではない。(中略)
  食料安全保障といえば、備蓄の考え方がそもそも間違っていることが大きな問題である。備蓄と言いながら回転備蓄と称して、1年後には古米を食料用として売却していくというのでは、備蓄米をもつことは、常に市場圧迫要因、価格低下要因をかかえこむことを意味する。新米嗜好が強いなかで、古米さらには古々米を売っていこうとするからには、96年から始めたように値引き販売せざるをえないし、政府米の押しつけは自主流通米の販売難をもたらさざるをえない。備蓄米が市場圧迫要因になるようでは備蓄の意味はないとすべきである。…備蓄というからには、それに手をつける必要がなかったことをむしろ天の恵みと感謝して、飼料用等に払い下げるべきなのである。当然大きな財政負担をともなうが、それこそ国民の安心料、保険なのであって、安心のために防衛予算を計上するのだったら、食の保険のために予算を組むのも当然なのである。むろん、それは農政のための財政支出ではない。消費者保護政策費である。1932年(昭和7年)、糸価暴落対策としての生糸政府買上げ法案に、糸価が回復したら買い取り生糸を放出することを盛り込んだ農林省原案を、時の蔵相高橋是清は「糸価を維持するには過剰分を品川の海へでも放り込むのが一番良いのだ…」と言って、自ら朱筆で放出を規定した箇所に二本棒を引いて修正したという。価格維持のためではなく、消費者保護のための備蓄米にこそこういう処理がなされていいのである”。(拙著「WTO時代の食料・農業問題」212ページ)

◆飼料米で自給率引き上げ

 “品川の海へでも放り込む”必要は米にはない。備蓄米には飼料用という大きな市場がある。国際的な穀物需給の構造的変化の影響を、今、最も強く受け、輸入価格高騰で農家を悩ませているのは、そしてこれからその状況がもっとひどくなることが確実なのは、飼料穀物である。輸入依存には安住できなくなってきている。自民党も生産調整作物として飼料米を08年産から取り上げるべきことを言っているし、それに民主党の言う300万tの備蓄米からの棚上げ分が飼料米に加われば、飼料穀物の自給率をかなり上昇させることができよう。“食料自給は国家安全保障の問題であり、米国国民の健康を確保するために輸入食肉に頼らなくてよいのは、何と有り難いことだ”とブッシュ大統領も言っているそうだ(鈴木宣弘編「FTAと食料」筑波書房刊、71ページ)。飼料米生産や備蓄米棚上げでの飼料米確保ですこしでも自給率を上げるため国費を投入するこの政策くらいは、ブッシュ大統領も支持してくれるのではないか。

(2008.1.8)


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