農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 五味久壽の農協教室
パックスアメリカーナの終焉とアジアの新産業革命


 いま、世界経済は歴史的な転換期にある。アメリカの地位が低下し、それに替わって中国やインドなどの発展途上国が急速に台頭している。それはIT(情報)産業を基幹産業とする新産業革命ともいうべき、まさに革命的な変革である。この革命は経済的な覇権と、したがって、やがて政治的な覇権の移動をもたらすだろう。
 21世紀の世界の経済と政治は、どこへ向かおうとしているのだろうか。そして、わが国は?
 本紙は、この研究分野の第一人者である、立正大学経済学部長の五味久壽教授にお願いして、約6回の連載で解説して戴くことにした。
 ご意見、ご質問は本紙編集部あてにお送り下さい。
出来る限り本紙のホームページ(http://www.jacom.or.jp)でお答えします。

◆アジアの新産業革命とパックスアメリカーナの終焉

ごみ・ひさとし 1945年3月長野県生まれ。1973年東京大学大学院経済学研究科単位取得満期退学、立正大学経済学部教授、中国華東師範大学商学院客員教授、博士(経済学)。アジアの新産業革命、産業構造・金融市場構造の研究と留学生の教育にあたっている。著書『グローバルキャピタリズムとアジア資本主義』、『中国巨大資本主義の登場と世界資本主義』(批評社)
ごみ・ひさとし 1945年3月長野県生まれ。1973年東京大学大学院経済学研究科単位取得満期退学、立正大学経済学部教授、中国華東師範大学商学院客員教授、博士(経済学)。アジアの新産業革命、産業構造・金融市場構造の研究と留学生の教育にあたっている。著書『グローバルキャピタリズムとアジア資本主義』、『中国巨大資本主義の登場と世界資本主義』(批評社)

 「中国は世界の工場」は、2000年前後から常識化した。製造業の世界的中心は、第2次大戦後のセンターであったアメリカから中国本土へと急速に移行し、そこで新産業部分が発展することが、アジアの新産業革命を登場させつつある。この連載は、こうした基本認識に基づきその意味を論じようとするものである。
 「パックスアメリカーナ」の終焉とは、唯一の超大国であったアメリカがもう普通の大国となり、中国と組んで(日本を跳び越えて)商売するしかなくなったことを意味する。アメリカ旧産業を代表するGMもアメリカ市場におけるシェアを急速に落とし、中国市場で稼ごうとしている。アメリカがアジア、つまり中国に経済的にも政治的にも依存する「中米取引時代」がすでに登場した。
 中国巨大資本主義が、新産業革命を生産力の基盤とする新資本主義となって台頭した。これによって資本主義が先進国のものである時代は終わった。製造業の世界的なセンターの移転は、第1次大戦以後にもヨーロッパからアメリカへの移転があった。アメリカ内部では東部ピッツバーグなどの古典的な重工業(ヨーロッパから移植された装置産業)の周辺部分である中西部デトロイトの自動車産業(加工組立型機械産業)が勃興した。それが第2次大戦を通して定着し、アメリカの基軸産業・今日の旧産業部分となった。その後アメリカは新産業部分を持つことによってさらに発展したが、それは周辺部カリフォルニアにおけるパソコン産業から始まり、もともと台湾と組んで商売してきた分散・並列・ネットワーク型産業で、それが新情報革命の進展とともに中国本土での生産に展開した。

◆新産業革命は広い意味での生産システムの革命

 中国巨大資本主義は、世界市場に対する輸出力を持つとともに、港湾や高速道路などの物流システムの整備を進めつつ時間的空間的に巨大な中国市場内部に向かった拡大を続けている。パソコンネットワーク以来、情報産業の世界的生産センターとなった中国市場には、先進国のあらゆる産業の最先端の生産技術が先を争って多層的多次元的に流れ込み、中国産業を絶えざる再編成の渦中においている。その中で新産業革命――1990年代以降における新情報革命によって主導され新たに組織化された生産システムの再編――が登場した。その実体は新情報革命の担い手・IT産業が作り出した分散・並列・ネットワーク型のグローバルな生産システムの展開にある。
 中国自動車市場は、今年中にも販売量規模が日本を越え、2010年ごろには生産規模でも日本を抜く。中国が急速に作り上げている物流システムは、中国自動車産業と物流革命の発展を促進し、中国がすでにその世界的な生産基地となったIT産業による新情報革命とも結びつく。IT産業が主導する物流革命は、新産業革命と深く連関している。19世紀の産業革命は、機械工学が主導する工場内部の(狭い意味での)生産システムの再編であった。新産業革命は、工場内部はもとより工場と工場、また製造組織と販売組織全体が新情報革命を通してリアルタイムで話し合いながら組織化されるものである。このため、生産システムの主体である人間労働組織相互の言語によるコミュニケーションとその道具の発達によって主導される。その意味で新産業革命は、機械システム的要素ではなく、人間の社会組織相互のコミュニケーションが中心となる生物学的性格を持つ。

◆日本復活?と中国製造業の再編との関係

 日本経済新聞社は、ロンドンで「日本復活――構造改革で経済は蘇ったか」というセミナーを開催し、「日本の景気回復は中国の特需のおかげではないかという見方」を、「構造改革で経済は蘇った」という主張で覆そうとした。だが、フィナンシャルタイムズ紙のダン・ボグラー氏は、「今の日本の景気回復は、橋本政権時代に導入した時価会計の効果や、中国の需要拡大で日本の製造業が息を吹き返したお陰。小泉政権の貢献は民間の回復を邪魔しなかったと言う程度だ」として、現在の日中経済関係における中国産業の影響力の大きさを強調した。これが客観的な見方であろう(「日本経済新聞」2006年6月26日)。
 基調報告者の田中直毅氏は、「日本の産業界が」、「中国という鏡に映して余分なものを削り、特徴のある部分を伸ばしている」というが、客観的に言えば、「日本製造業」が中国産業に対して特化することを迫られていることである。また、「中国巨大資本主義」は、日本製造業にとってたんなる鏡ではなく、その製造業の激烈な再編圧力を日本製造業に直接に与えている紛れもない現実である。日本経済の「日はまた上った」情況が持続するかは、高齢化によって停滞する日本市場の内部で日本製造業が単独で自己決定できることではなく、日本製造業が中国製造業と中国市場でいかに商売し特化するかにかかっている。
 日本製造業の旗頭トヨタは、広州市に部品工場が相互に地下トンネルで結びつくスーパー三河式工場団地を形成し、最新のIT技術を本格的に利用した製販一体(日本では実現できなかった)を目指している。メーカー自身が製品の販売組織だけでなく、アフターサービスや中古車の販売組織まで保有している唯一の現代産業・自動車産業は、製販一体を作り上げることを最重要課題とする。2004年以後販売競争が激化し乗用車の販売価格が毎年1割程度低下している中国自動車市場において、グローバル10%を目指すトヨタは、世界戦略車カムリの販売シェアを、中国市場でアフターサービスの本格展開において先行したホンダのアコードの客を奪うことによって固めようとしている。
 白物家電と同じく急速に市場が拡大しているディジタル家電にあっても、すでにその生産基地であり、やがて世界最大の消費市場となるのは、中国本土市場に相違ない。中台EMSメーカーへの生産委託による価格の引き下げか現地生産かいずれにせよ、家電メーカーは、赤字覚悟で生産を急速に立ち上げ薄利の競争市場でシェアを上げて製造コストを素早く回収できる状態を作り出さなければ、急激に拡大するディジタル家電市場の中で生き残れない。
 したがって、日本製造業の今後は、中国製造業の再編の中での競争からネットワーク的分業と特化の関係に重点を置くようになる。

◆生命圏の視点とアジア新産業革命

 アジアのモンスーンの研究で知られる安成哲三・名古屋大学地球水循環研究センター教授は、地球の気候にとっての「生態系」の役割、「生命圏という視点を組み込む必要」を主張する。「近年、中国・長江流域の多雨や黄河流域の乾燥化が指摘されていますが、モンスーンの変動の影響」であるとし、変動にとって「チベット高原の役割が重要」であり、「数値実験では」、高さと言う「地形的な要因」はもとより関係するが、「高原を覆う植生や土壌がない場合」、「太陽光を効率よく吸収」できず、「中国(モンスーン地域)の夏の降水量は実際の6割程度に」なるので、「植生は気候に適応して分布するだけでなく、気候を作り変えて」いるという(「日本経済新聞」2006年7月2日)。
 中国農業社会の動向――中国が1990年代末から本格的に進めている退耕還林、そこに含まれる天然林や草地の保存――は、日本の気候という日本社会の基盤をなす生態系の基本的要因を現実に左右する。おりしも、チベット高原の永久凍土地帯を切り開いた「青蔵鉄道」(青海省西寧〜チベット自治区ラサ間1142km、うち960kmが海抜4000m以上)が開通したが、その環境破壊への影響が当初から懸念されている。
 したがって、「生命圏という視点」は、農業や生態系という人間社会の根源的な問題にも、「アジア新産業革命」という21世紀の今後を左右する現代的問題の根底にも関わるので、あらためて考えたい。

《編集部注》
パックス・アメリカーナ(アメリカの平和)
第2次大戦後(あるいは、ソヴィエト連邦の解体後)、唯一の超大国になったアメリカが、その圧倒的な経済力と軍事力で維持してきた世界の平和

(2006.7.28)


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