イギリスを代表する経済紙「フィナンシャルタイムズ」とウォール街を代表する金融グループゴールドマン・サックス(クリントン政権の財務長官ルービンは元共同会長、アメリカの現在の財務長官ポールソンは同社の前会長で中国通)は、共同して「ビジネスブック賞」を毎年選定している。2005年と2006年におけるこの賞の受賞対象となった『フラット化する世界』と『中国(産業の拡張再編)が世界を揺るがす』という2冊の本の表題は、大きな意味では、われわれの言う新産業革命の過程とその特徴を非常によく説明しており、国際的ジャーナリストである二人の著者の現実感覚の鋭さを証明している。そこで、その内容を紹介しながら、新産業革命の現局面をあらためて論じてみよう。
◆『フラット化する世界』
2005年の受賞対象は、トーマス・フリードマン(ニューヨーク・タイムズ紙外交問題コラムニスト、ピュリツァー賞を3度受賞)の『フラット化する世界』(邦訳日本経済新聞社、原題は『ザ ワールド イズ フラット』)であった。
この「フラット化する世界」とは、2001年のアメリカITバブルの崩壊以後発展したIT産業分野の海外アウトソーシングを通して始まったグローバリゼーションの現段階のことである。フリードマンは、それがインターネット時代よりさらに検索技術が進んだワールドワイドウェブの時代となり、IT産業を基盤にした世界の急速なフラット化が進んでいるという。
フリードマンは、新情報革命のこうした特徴に、インドのバンガロールにあるITアウトソーシング受託企業インフォシスのCEOとの対話で気づいたとして、個人の国境を越えた共同作業とそれによるイノベーションを可能にする積極面と同時に、先進国の製造・流通部門などのインドや中国への移転が加速されるため、先進国の子供たちの世代に対して、インドや中国との競争に勝ち抜く教育や社会システムが必要とされていると説いている。新情報革命の意味は、成功しているグローバル企業の活動形態の変化も説いているが、個人に対する影響により重点が置かれている。
◆『中国(産業の拡張再編)が世界を揺るがす』
2006年度のビジネスブック賞は、ジェームス・キング(「フィナンシャルタイムズ」前北京支局長・邦訳草思社『中国が世界をメチャメチャにする』)に与えられた。
但し、この翻訳題名は、小泉前首相演出による日本社会の嫌中国ムードへの受けを狙うものであり、原題は『チャイナ シェイクス ザ ワールド』、副題が「ハングリーな(中国)民族の台頭」であるから、書物全体の内容からいって、『中国(産業の拡張再編)が世界を揺るがす』とした方が妥当である。
キングの叙述は、ドイツの著名な鉄鋼企業ティッセンクルップ社のドルトムント製鉄所が解体された後、1975年に郷鎮企業として創業された中国長江河口の沙鋼に運ばれたというエピソードを取り上げ、ヨーロッパ産業と雇用に対する中国産業の打撃力を強調する。
「チャイナ」の実体は中国製造業であり、その拡張再編のエンジンが、基本的には中国の低賃金労働による発展と評価される。その観点から、長江を2000km遡った内陸部の重慶の発展が、19世紀に世界でもっとも急成長した都市シカゴに比されている。
そこから、中国産業の拡張再編は、アメリカでもウォルマートが栄え製造業が滅びること、世界的な環境ストレス、信頼関係が失われた中国社会、共産党の政治支配と資本主義経済の矛盾などの結果を生んでいるとする。
◆『フラット化する世界』から『中国(産業の拡張再編)が世界を揺るがす』へ
「フラット化する世界」とは、シリコンヴァレー資本主義が最初に作り出した分散・並列・ネットワークシステムを意味する。インターネットからワールドワイドウェブへと進化する新情報革命の中で、中国産業の拡張再編成をエンジンとする中国新資本主義が台頭した。分散・並列・ネットワークシステムのインパクトが世界産業の再編成すなわち「中国(産業の拡張再編)が世界を揺るがす」現局面を登場させている。
すでに触れたように、新情報革命をこれまで主導してきたのはアメリカの新資本主義の部分であった。その性格は、シリコンヴァレーにおいて先駆的に発展した一種のコミュニティ資本主義(コンピュータ好き仲間が作り上げた企業が多層的多次元的に集積集中するシリコンヴァレー地域コミュニティ)であった。
アメリカで発展したパソコン産業の汎用パーツ生産は、台湾とのグローバルな分業関係にもともと依存していた。台湾のIT産業は、アメリカの新資本主義の内懐に入った部分であったが、中国本土に移転することを通して、中国の地域コミュニティを基盤とするコミュニティ資本主義とさらに広く結びついた。
中国本土は、電子機器の生産集積拠点となって、ディジタル家電化が急速に進む。さらに自動車部品の急速な電子化の時代を迎える中で中国自動車産業が発展している。それはまた自動車道路の建設などの物流システムの創出を行いながら進んでいる。
したがって、中国産業の発展は、IT産業と自動車産業との相互促進的発展によって、もう一段階展開することになるであろう。
その点から言えば、『中国(産業の拡張再編)が世界を揺るがす』の中国産業理解の難点は、キングが1982年以来中国に滞在していたために却って、繊維アパレル・雑貨産業以来の古いイメージ――中国産業の発展が低賃金労働を基盤とする――によって縛られていることにある。
キングは、新情報革命が推進するグローバル化とコミュニティ資本主義とが矛盾対立しないこと、その理由が生物の普遍的に使っている言語システムによるコミュニケーションという共通性にあることを理解していない。
◆中国コミュニティ資本主義
中国の現在の社会を「コミュニティ資本主義」とすることは、奇妙に思われるかもしれない。だが、『中国(産業の拡張再編)が世界を揺るがす』は、次の事実を具体的に指摘している。
中国資本主義の発祥の地といえる浙江省では、州に1100社のネクタイメーカーが集中し、世界の絹ネクタイのほぼ半分を生産している。また、ヨーロッパへの出稼ぎ華僑の出身地としても著名な温州には、靴、バルブ、ライター、眼鏡、衣料品のメーカーが集中している。「小商品城」と形容される義烏は、先進国の巨大ディスカウントショップなどの仕入先となる世界最大の雑貨卸売市場となっている。さらに広東省の広州市には、日本の三大自動車メーカーが進出している。
このように、同一地域に同種の産業に属する企業が多層的多重的に集積し、その地域相互が競争している。このことは、「コミュニティ資本主義」と表現できよう。
中国社会が現在歴史的に生み出しているこの地域「コミュニティ資本主義」は、毛沢東時代における中国社会を特徴づけた人民公社(人民公社とは、フランスのコミューンの中国語訳)および大躍進という社会運動が転化したものである。
毛沢東時代の中国社会が農民「コミュニティ社会主義」を目指していた基盤は、農民の比率が現在よりはるかに高い地域コミュニティにあった。
この毛沢東時代の「コミュニティ社会主義」は、ケ小平時代の改革開放時代における郷鎮企業(人民公社の社体企業の転化物)の発展展開(ケ小平も予測できなかった)となった。それは、各地域が相互に過当競争をしあいながら工業化を目指す現在の中国における地域「コミュニティ資本主義」へとさらに展開した。
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