「イラク戦争は間違った選択だった」とずばり。それを支持した「日本も反省すべきだ」と厳しい。「経済人はなぜ平和に敏感でなければならないのか」という問いかけを主題にした本を最近出された。講演でも、経済人としての立場だけにとらわれない明快な論陣を張っておられる。その良心の吐露に共感する人は多い。このインタビューでは国連常任理事国入りをめぐってあぶり出された“日本の孤独”を指摘して近隣諸国との信頼関係確立を強調された。さらにマネーゲームに傾斜した資本主義を批判。ものづくりと産業技術力を重視した資本主義への回帰を求めた。聞き手は原田康本紙論説委員。 |
◆「大中華圏」を視野に
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てらしま・じつろう
昭和22年北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。昭和48年三井物産入社、米国三井物産ワシントン事務所長等を経て、現在(株)三井物産戦略研究所所長、三井物産執行役員等を兼任。18年(財)日本総合研究所会長に就任。著書は「われら戦後世代の「坂の上の雲」
(PHP新書)、 「脳力のレッスン」(岩波書店)ほか多数。 |
――世界の動きについて、まず中国経済の動向を基本的にどうみておられますか。
「中国本土だけをみるのではなく、もっと広域的に香港、シンガポール、台湾を含めた「大中華圏」(グレーター・チャイナ)という概念で現実をとらえてみると、より本質がみえてきます。
台湾とシンガポールは反共国家ですが、中国との連携を産業論的に一段と深めています。このため中国本土の存在はいっそう重みを増しています。
日本としても貿易総額のうち大中華圏との貿易が3割に迫る一方、対米貿易は2割を割り込んでいます。グレーター・チャイナを中心とした東アジアとの連携が大変重要になっています。
中国のエネルギー・環境・食料問題などは日本の重要問題でもあります。例えば中国の環境汚染は日本にも直接影響します。他人ごとではないのです。
食料についても肉やプロテインの高い穀物などの消費が増えれば誰が中国を食べさせるのかということが大問題になります。
つまり日本とアジアとの連携には必要性とともに必然性もあるということです。この視点を共有しないと21世紀の日本の展望は開けてこないでしょう」
――シンガポールの位置づけをもう少しお話下さい。
「大中華圏の南端で、中国の成長力をASEAN(アセアン)につなぐ基点となっています。大中華圏内での役割分担は情報基地です。先端的なIT(情報技術)のほかバイオの開発などでも価値を生み出しています」
◆様変わりしたロシア
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聞き手 原田康
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――次にロシア経済をどう認識するか、お聞かせ下さい。
「石油を中心としたエネルギーの生産力拡大などにより7%成長を続ける国としてBRICs(ブラジル、ロシア、インド、チャイナ)の一角を占めています。
昨年の石油生産量は1日972万バレル(速報値)で、天然ガス(石油換算)と原油生産量を合わせると、サウジアラビアを追い越し、世界一の産油国となりました。石炭を除く化石燃料の供給力はダントツです。
プーチン大統領はエネルギー産業を国家戦略の中核に据えてグリップしており、今は新興財閥群が活躍していたころのロシアとは様変わりしています。
ロシアはエネルギーを武器にして国際社会で再び力を取り戻しつつあり、その姿は“エネルギー帝国主義”ともいわれるくらいです。これををどう認識するかは日本にとって非常に重要になっています。
そこで私どもはウラジオストックの大学と提携するなど極東ロシアとの連携活動をさまざまな分野で広げています。例えばロシアでは物流手段の整備が遅れ、食料を輸送途上で腐らせたりするため保冷システムや物流効率化の技術などを共同研究する話を進めています」
◆一極支配に反発して
――中国やロシアなど、ユーラシア大陸のダイナミズムにもっと問題意識を持つべきですね。
「注目すべき今年のキーワードは中国とロシアの連携を緊密化する上海協力機構です。同機構は、中央アジアにある米軍基地の引き揚げを求めました。
9・11から米国のアフガン攻撃までは、新疆ウイグルを抱えた中国と、チェチェンを抱えたロシアはイスラム原理主義の脅威に対し米国と連携、しぶしぶ米軍基地を許容していたのです。
その後、状況が一変したため撤収を要求。米国はこれをのんでウズベキスタンの基地から引き挙げ、またキルギスタンの基地については駐留経費を50倍に増やし、おカネを払って維持せざるを得なくなりました。
それほど同機構は力をつけてきたわけです。イラン、インドなど5か国がオブザーバー参加しており、米国の一極支配的アプローチを許さないという共通の問題意識を持っています。
昨春はインドが同機構に正式加盟するといううわさを流したためブッシュ大統領はあわててインドに飛び、インドの核保有を容認し、原子力の技術開発に協力するなどの協定を結んで世界を仰天させました。これではイランにいくら原子力開発はだめといっても通用しません。
米国とすれば同機構が中国・ロシア・インド・イランの連携に向かうような“呪われたシナリオ”から何としてもインドを引き離したかったのでしょう。
今年の世界はユーラシア大陸でいえば“脱9・11”の新しい秩序を求めて動いています」
◆力つけてきたユーロ
――米国とは違った資本主義のあり方をみせているEUの動きはどうご覧になりますか。
「仏独英などEUの中心国を周辺諸国が支えていくような構図になっています。例えばドイツの企業が東欧へ出ていって、より低コストで生産したりすることがEUを再活性化するエンジンになるなど統合は深化しています。
ユーロは第2の基軸通貨になれるといえるくらい力をつけ、米ドルに対して当初より3割ほど価値が上がっています。
かつては東西に分断されていた欧州ですが、今はロシアと国境を接し“欧州の欧州化”が進んでいます。それをドイツの復権とする見方もあります。事実、EU予算の約半分はドイツが持つ状況もあります。
しかし20世紀に2度も世界戦争を起こしたドイツに対する他国の警戒心は強く、このためドイツはEUという共通の“家”の中で自らを律しています。
ドイツをEUの枠組みの中に押し込めて安心感を高めていくというのは欧州の知恵です。それは21世紀の1つのヒントになると思います。国民国家を超えた連携がどういうことになるのか、壮大な実験が進んでいます。
もう1つ、欧州の主要国は20世紀に社会主義政党の政権を経験しています。その中からある種の英知が蓄積されているため欧州の資本主義は従業員や地域社会、国家や環境などへも付加価値を配分する経営を目指そうというバランス感覚を身につけています」
◆日本らしい資本主義
――確かに北欧の福祉国家などはうらやましい感じです。
「一方、米国は社会主義政党を育てることもなく、株主資本主義、市場・競争主義の徹底などに挑戦してきました。日本もこの10年間、米国流の徹底へと走ってきましたが、日本らしい資本主義はどうあるべきかを考える場合、欧州の実験は大変よいヒントになると思います。
また日中の関係でも欧州の持つ意味は大変重いのです。というのは一昨年春の中国の反日デモにブレーキをかけたのは、駐欧の中国外交官たちが本国に伝えた欧州各国の世論でした。それは国際ルール無視の暴発は北京オリンピック開催などに支障を来たすといった内容でした」
――しかし残念ながら日本には米国を通して中国や欧州をみるといったくせがあります。
「アジア諸国は、そんな日本をじっと見詰めています。中東やイラクへの関わりでも日本らしい選択肢があったのですが、小泉外交は米国についていくしかないのだという選択肢をとり続けました。そうしたことから国連常任理事国問題で“日本の孤独”があぶり出されました。日本の国際関係の最大の弱点は近隣との信頼関係の欠如です」
◆イラン攻撃の可能性
――次にイラク戦争への米軍増派をどう思われますか。
「ブッシュ政権の開き直りの決断で、成功の確率は限りなく低いと思います。仮に11月までに成果を挙げたとしても、それは皮肉なことにシーア派のイラクをつくるゲームとなります。
つまり米国の盟友であるイスラエルやサウジにとって、サダム・フセインよりも危険なイランの影響を強く受けるイラクの出現となるため、その影響を抑えようと今、全力を挙げてイランに圧力をかけています。イランの核施設攻撃という可能性さえ否定はできません。
申し添えますと私は2月上旬に「寺島実郎の発言II 」という本を出しました(東洋経済新報社刊)。副題は「経済人はなぜ平和に敏感でなければならないのか」です。9・11から五年間のメディアなどでの発言や論文をレビューしたものです」
――テーマは何ですか。
「1つは、イラク戦争は間違った選択であった、それに引き寄せられていった日本の政策も大いに反省されてしかるべきだ、ということが軸です。
もう1つのテーマは、ホリエモンと村上ファンドの問題が見せつけたようにマネーゲームに傾斜した資本主義はだめになるぞというものです。
タイトルは、経済人こそ欲と道連れだけではまずいんだという私の立脚点をはっきりさせるためにつけました。私たちの年代の経済人は戦後60年、平和で安定した日本を享受してきましたが、次の世代に何を残していくかが切実に問われています。
経済人が平和というものに敏感でなかったら次世代はどうなるか、それは大問題です。そういう思いを副題にこめました。私の講演会の聴衆などには、そういう問題提起に共感される方が非常に多いのですよ」
◆農業を活かす流れを
――最後に、つけ加えておきたいキーワードがあれば1つお願いします。
「そうですね。これから日本に問われる課題の1つにエンジニアリング力があります。総合的な解決の手法という意味です。
例えば私はバイオマスエタノールに早くから注目し、今日の展開になるように努力してきましたが、それは地域農業と環境とエネルギーを視界に入れて3つの課題を同時に解決できるアプローチを考えたからです。
そういう多元方程式を解くような力がエンジニアリング力です。日本は個別の要素では優れた人材もカネもありますが、それらを組み合わせて問題を解決する力に欠けています。
農業問題もただそれだけで独立しているわけではないから環境やエネルギーの問題などと相関しながら農業を活かし切っていくという流れをつくっていくことが1つの思想として大事だと思います」
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