農業協同組合新聞 JACOM
   

風向計

先端技術開発には農の風土がある

産業タイムズ社取締役編集局長 泉谷渉氏に聞く
 聞き手:原田康本紙論説委員


 昭和30・40年代に全盛を極めた日本の重化学工業は50年代から競争に負けて落ち込み続けた。ところが電子材料という新分野に踏み込んで今では見事に復活した。液晶やプラズマなどの電子ディスプレー材料では世界シェアの7割以上を日本メーカーが取っている。今回はそうした元気な話を泉谷氏にお聞きした。同氏は半導体やディスプレーの専門記者で著書も多い。復活したメーカーには粘り強いとか根気が良いといった農業がベースになっているカルチャーがあるという。聞き手は原田康本紙論説委員。

◆温室栽培に先端技術

いずみや わたる 1952年横浜市生まれ。中央大学法学部政治学科卒業。77年産業タイムズ社入社、半導体担当記者。91年「半導体産業新聞」発刊とともに編集長、その後、取締役編集長。日本半導体ベンチャー協会副会長を兼務。主著に「半導体ベンチャー列伝」(東洋経済新報社刊)、「電子材料王国ニッポンの逆襲」(同)、「最新これが半導体の全貌だ!」(共著、かんき出版)ほか多数。
いずみや・わたる
1952年横浜市生まれ。中央大学法学部政治学科卒業。77年産業タイムズ社入社、半導体担当記者。91年「半導体産業新聞」発刊とともに編集長、その後、取締役編集長。日本半導体ベンチャー協会副会長を兼務。主著に「半導体ベンチャー列伝」(東洋経済新報社刊)、「電子材料王国ニッポンの逆襲」(同)、「最新これが半導体の全貌だ!」(共著、かんき出版)ほか多数。

 ――泉谷さんが昨年書かれた「電子材料王国ニッポンの逆襲」という本は読者を元気づけています。農業と関わる最先端技術の話題もあるかと思いますが、いかがですか。

 「一例としては温室栽培での発光ダイオード利用があります。作物にその光を当てると成長速度が非常に早まるといいます。最初は観葉植物で実験に成功し、今は何軒かの農家が他の作物で試みています」
 「ダイオードというのは1つの方向にしか電流を流さない半導体素子でLEDと呼ばれます。電流を通せば電球のように光る特徴があり、光の色は白、青、緑、赤の4色です」

 ――交通信号機に使われ始めていますね。

 「そうです。LEDは電力消費が少なくてすみ、蛍光灯よりも寿命がぐんと長いため、家庭用照明でも今後10年ほどで蛍光灯に取って代わるだろうという見込みも出ています」

 ――でも値段が高いのでは?

 「いえ安いものは1個2、3円くらいですよ。秋葉原で売っています。代表的な半導体物質はシリコン(珪素)ですが、今日ではシリコンウエハに電子回路を焼き付けた製品も半導体と呼ばれています」

 ――半導体メーカーは苦境から抜け出せないけれど、電子材料の分野では日本の重化学工業が“逆襲”に出て、世界シェアの6割、7割を取ってしまう製品を次々に出しているとのことですが、電子材料にはどんなものがあるのですか。

 「半導体の材料で一番の主役はシリコンウエハ(チップ)です。素材のほかに製造工程で使う材料も多く、クリーン度の高い超純水なども含まれます」
 「このほか液晶やプラズマなどのディスプレーをつくる材料、また一般電子部品向けも電子材料の中に数えられますから、その数は合計約1000種類です」

◆開発は長い目で見て

 「製造装置のメーカーも含めると半導体生産に関わる企業は約3000社にのぼります」

 ――裾野が広いですね。

 「自動車の数百社に比べ、大きく差をつけていますね。半導体が高付加価値産業といわれるゆえんです」

 ――ところが日本の半導体は台湾、韓国に追い越され、米国に巻き返されました。

 「1989年には世界シェアの53%を握っていた日本ですが、今は22%程度に凋落しています」
 「しかし韓国、台湾の企業も電子材料のほうは自分でつくろうとはしていません。日本企業の独創的アイデアを真似できないのですよ。だからこの分野ではキャッチアップされる心配は全くありません」
 「また電子材料は開発から量産までに最長30年、早くても10年はかかります。韓国・台湾企業は1期半期ですぐにもうけたい、早く資金を回収したいという主義ですから、刈り取りまでに長くかかる開発は企業風土に合わないのです」

 ――結局、電子材料は日本から買うことになりますね。ところで米国企業の風土についてはいかがですか。

 「これはもう分秒刻みでマネートレード、マネーゲームを展開している感じで、ものづくりには余り向いていません。金融、証券、軍事だけで生きているような国ですね。じっくりとものをつくる性向は、あえていえば独仏など欧州に見られます。農業をベースとしたカルチャーを残しているのですよ」

 ――次にニッポンの“逆襲”の先陣を切るプレーヤーたちについてお話下さい。

 「電機業界からではなく、素材産業からプレーヤーが出てきたということが重要です。化学、鉄鋼、非鉄金属、繊維などの各社は早くから10年20年の先行きを見てエレクトロニクスに着目し、新しい電子材料の技術開発を続けて、目覚しい業績を挙げています」

◆本業の技術を活かす

 「少し社名を挙げてみると、信越化学、新日鉄、三菱マテリアル、住金、東レなどの子会社や合弁会社です」
 「また液晶のカラーフィルターでは世界シェアのトップが凸版印刷、プラズマ用のガラス基板で世界シェアの85%は旭硝子といった例もあります。本業の技術を隣接のハイテク分野に応用して印刷屋やガラス屋から変身を遂げたわけです」
 「しかも、これらの社は百年企業です。新日鉄にしろ凸版印刷にしろ創業は明治時代です。この点も重要です」

 ――素材産業、百年企業の特徴や体質をどう見るかが重要ということですね。

 「そうです。私は農耕民族のカルチャーをそこに見ます。稲刈りまでの1年間、根気良く作業を続けるのが農業です。百年企業もよく似ていて、考え方が長いのですよ」
 「明治の殖産興業で育成された素材産業の中に、農業で培われた粘り強さが根付いていったのだと思っています」
 「江戸時代にさかのぼれば、各藩がコメの品種改良や量産技術の確立に努力し、実質的な石高を増やそうとしましたが、そうした流れが明治政府に受け継がれたわけです」

 ――その後、重化学工業が発展し、農村の労働力が工業に流入したという事情も企業風土に影響していますね。

 「戦後の高度成長期に集団就職などで大量に農村出身者が流入したことの意味も大きいですね。だから我慢強く技術開発に取り組むという気風も根付いたのです。また農村共同体の集団主義というカルチャーも移入されて製造業にはプラスに働いています」

◆米国生まれ日本育ち

 ――百年企業の考え方は長いとのことですが、先を読んで投資するに当たっては経営者の判断が重要になりますね。

 「材料メーカーの経営者には我慢強いというある種の農業的マインドを持った人が多いですよ。そして信念を持って技術者に任せています」

 ――日本の技術力全体についてはどう見られますか。

 「例えば韓国は半導体で強いかも知れませんが、材料産業などは徹底的に弱い。日本の場合は全産業にわたって世界トップレベルの技術を持ち、それがクロスオーバーしています」
 「農業にしてもシステム的栽培では世界一の技術水準です。だから半導体技術とクロスオーバーして発光ダイオードの実験もできるのです」

 ――米国はどうですか。

 「日本に対抗できるのは米国だけです。しかし極端な格差社会ですから、各工場ともレベルの高い均質な労働力を確保するのが難しい国です」

 ――米国は軍事産業の裾野が非常に広いですね。

 「確かに半導体もパソコンもインターネットも航空機も、いろんな重工業も軍需から生まれました。トランジスタの発明も軍事目的に使われました」
 「ところが日本では、それを真空管に代るものとしてラジオに使い、またたくさんのトランジスタを一体化した集積回路(IC)を電卓に使って半導体発展の基礎を築きました」
 「こうして日本では冷蔵庫、洗濯機、テレビ、炊飯器と次々に家電製品に半導体を入れて家電ブームを起こしました。その“平和的”な展開は米国とは対照的です」

インタビューを終えて

 日本は電子材料という先端技術の分野で世界のシェアの70%を超えるシェアを占めている。この技術を支えているのが10年、20年という長い年月をかけてコツコツと積み上げる技術を大切にする農耕民族の風土があるというご指摘である。
 そこにはホリエモン、村上フアンドのようなベンチャーともてはやされてバブルのように消える連中とは別な価値観が健在である。
 電子材料は韓国、台湾、米国というIT産業で成長をしている国も手の出せない技術で世界をリードし、企業も高収益を上げている。
 額に汗して働いている人達が日本の経済を支えていることを、電子材料の産業が示している。農業も八方ふさがりの話が多いが、農業という産業と技術水準の高さにもっと誇りを持って主張をすることが必要であろう。(原田)

(2007.3.30)


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