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風向計 |
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◆社会主義下で近代化 ――モンゴル人といえば朝青龍や白鵬らを思い浮かべますが、彼らのものの考え方は日本人とかなり違いますね。 「確かに顔つきや体型は日本人にそっくりでも、彼らは幼い時から動物の生死やセックスなどを直接見て育ってきた遊牧民です。私は20歳そこそこであちらに留学し、農耕民との違いをたくさん体験しました」 ――例えばどんな? 「そうですね。例えば、言い寄ってきてくださった方を傷つけないように『子どもができたら困るから…』と婉曲に断ってみても、『産んでいけ。困ることはない』と動じません。婉曲な意思表示などは通じないようです」 ――のどかで牧歌的な草原のイメージも強い国です。 「しかし草原は、かつては“軍需工場”であり、家畜は武器でした。戦いには、再生産を担う雌よりも、再生産に関わらない去勢雄、言い換えればいつ死んでもかまわない雄が重要で、たくさんの雄が飼われていました」 ――ゲル(移動式天幕)はどのように作りましたか。 「獣毛の生え変わる春と秋に地面に落ちた毛を拾い集めて熱と水で加工したものです。いわば建築資材であって、衣類ではありませんでした」 ――1924年にモンゴル人民共和国が成立し、ソ連に次ぐ2番目の社会主義国となって以後近代化が進みましたが。 「馬より速い乗物、多様な軍事兵器が出現したため、牧畜は軍事利用から平和利用に変わったと言えるでしょう。畜産物を都市の工場に出荷する畜産業化が始まったとも言えます。家畜の解体・処理工場をつくって食肉としてソ連に売るようにしました。それまでは家畜は生きたまま海外へ搬出されていました」 ――集団化、協同組合化も進んだわけですね。 「放牧作業というのは羊の頭数が多くても1人の番人でやりこなせますから、3家族ほどで1群をつくると、見張り当番が3日に1回となり、非番の2人は2日間、ぶらぶらすることができます。遊んでいるように見えても、それは一種の情報収集活動ですね」 ――これまでの研究によれば、それに対する抵抗が強かったようですが。 「所有頭数の多い富裕層は家畜をとりあげられるわけですから、抵抗するでしょう。しかし、もともと動産社会です。日本のような不動産社会と違って富は余り累積化しません。ひとたび雪害に遭えば富裕層であれ、貧困層であれ、多くの家畜が倒れて、いわば社会のリセットボタンが押されることになります。だから貧富の差は比較的小さく、そして圧倒的多数が貧困層でした。彼らが社会主義に共感するのはむしろ簡単だったでしょう」 ――失うものがなかった人たちは革命を評価したわけですね。社会主義の時代には農地が3倍に増え、飼料の自給もできるようになりましたね。 「ラマ僧がたくさん殺されるといった悲劇もありましたが、社会主義下では都市部での工業発展と農村部での農業振興、そして遊牧の畜産業化という3点がとりわけ評価されます。農業でも牧畜でも社会主義的集団化は協同組合を通じて進められました」 ――1960年からは中ソ対立に巻き込まれました。 「ソ連側についたモンゴル政府は中国を悪しざまに言い、このため国民の多くは、中国の内モンゴル人を同胞扱いしなくなるほどで今にいたるまで差別意識が残っています。早く誤解を解く必要がありますね」 ◆カシミヤをめぐって ――話題を変えまして、モンゴルの重要生産品目であるカシミヤの話をお聞かせ下さい。 「カシミヤ製造工場ができたのは社会主義時代の後半です。山羊の体には毛と毛の間に産毛のような柔かい毛が膚に密着して生えており、これがカシミヤ製品の原材料になります。この細い毛は刈れないので櫛状の道具で梳き採ります」 ◆ショック療法による改革 ――89年からは社会主義体制の崩壊、解体が始まります。 「集荷システムがなくなり、中ロ韓日米などの商社が原材料の買い付けにくるようになりました。軽くて高値ですからどんなに遠くまででも買い付けに来ます。首都のカシミヤ工場は原材料の入手に困り、生産量は急激に落ち込みました」 ――私は1992年に現地を訪問した時に、政府が協同組合支援の形などで政策的に原材料を買い取り、せめて反物にしてはどうか、原毛で売ったのでは利益が買い取った商社に行ってしまうと提言したことがあります。 「91年から国有財産の私有化が始まりましたが、カシミヤ工場だけは国営を続け、民営化されたのは最近です」 ――モンゴルの変革はIMF、世銀の強い勧告によって徹底的でした。関税自由化なんかでも一挙にゼロにしてしまったのですからびっくりです。 「酪農工場なんかの私有化も結果的にパイプを1メートルずつ労働者に分けるような形になってしまいました。それでは操業できませんよね。電線がなくなっているので、理由を聞くと『民主化されちゃった』と答えが返ってきました、当時はね。略奪的な私有化に対して民主化という皮肉な表現が与えられたのです」 ――変革から18年、市場経済の現状はどうですか。 「家畜をたくさん持っている人はみずから積極的に市場へ接近します。遠隔地にいてもカシミヤ以外は誰も買い付けに来ませんから、自分から首都まで出向いてきます。家畜の少ない人たちは地方に残り、協同組合の必要性を認識し始めています。現在のところ、牧畜業でも農業でも組合が機能していませんから、日本人が行って指導できることはあると思います。牧畜民家庭は30万戸です」 ――環境問題はどうですか。 「温暖化のせいで砂漠が広がっているという危機感があります。また、植生という自然資源に比べて、道路や駅や井戸などの社会資源が重要になっているという経済状況を反映して、インフラが最も整っている首都ウランバートルだけに人口が集中するという点でも環境は悪化しています。国の人口230万人のうち100万人が首都に住んでいますから、かなりの一極集中ぶりです」 ◆都市問題も抱えて… ――ウランバートルの都市問題は深刻ですね。郊外には遠くからやってきた人達が住んでいるゲルが並んでいます。 「市場を求めてやってきたのです。都市での生活が苦しくても、その苦しさを郷里に伝えたりしませんから、郷里に残った人たちが後から後から首都へ出てくるそうです」 ――最後に、遊牧という自然を相手にする畜産業が中心のモンゴルの「市場経済」の方向としてどんなことが考えられますか。日本の援助も含めて。 「モンゴルの肉や乳製品などは世界で最も安全な食品です。だって、あちらの家畜は囲いの中に入ったことがなくノンストレスでしょう。天然の草ばかり食べています。『モンゴルの畜産物は世界一』といった宣言をして輸出品に付加価値をつけたらどうでしょうか」
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(2007.5.24) |
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