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風向計 |
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――松島先生はどういういきさつで佐久病院へ来られたのですか。農村医療の原点を問う意味からも当時のお話からお願いします。 「東大付属病院からの派遣で昭和29年に赴任しました。当時は2年間ほどの交代派遣でしたが、私の場合は居ついちゃったのです。外科手術の経験を積める条件があったことなどからです」 ――終戦後の当時の佐久病院はどんな状況でしたか。 「木造で病室には障子や畳のベッドがありましたね。廊下にはコンロが並び、患者の付き添いが食事をつくっていました。食糧難で患者給食も困難な時期でした」 「例えば虫垂炎や胃かいようにしても、腹膜炎を起こしてから病院へ来る人が多かった、そこで患者が来るのを待っているだけでは手遅れになることも多い、早期発見に努めなければと終戦直後の20年12月から各集落に出向く巡回診療を始めたのです」 ◆病人と社会を診よ ――医者は病気を診るだけでなく病人を診よ、そこから社会が見えてくる、というのが若月先生の考え方でした。 「先生は『農民のために』という病院のスローガンを後に『農民とともに』と改めました。そのほうが患者も医者も一緒に運動していこうという一体感が強まるからです。『住民とともに』とも置き換えられます」 ――当時は医師が患者の所へ出ていく出張診療には反発とか中傷もあったと思います。 「武見太郎会長時代の日本医師会には『なぜ医者が“出前”をするのか』『やめさせるべきだ』などの意見が出ましたが、それだけの議論にとどまりました」 ――試練を乗り越えて佐久病院が発展してきたのは住民の強い支持があったからこそです。 「医療は住民とともにあるということを基本に住民の要望に1つ1つ応えて体制を整備しているうちに大病院になりました」 ――出張診療の現状はいかがですか。 「昔はほぼ全職員が交代で出張診療班を編成していましたが、今は基準看護制などになって規則が厳しくなったため健康管理部という部門の専任スタッフで巡回健診に回ることが多くなりました。若い医者の中には巡回健診をしていると専門的な勉強や技術が遅れちゃうといって出たがらない人もいます」 ◆“何でも屋”が必要 ――対策はどうですか。 「大学は専門分科に対応する教育が中心で、第一線医療(プライマリ・ケア)に必要な教育をやっていません。どの医者でもカゼ引きの治療ができるとは限らないわけです。地域医療の推進をいうなら“何でも屋”の医者を育てなければいけません」 ――特定症例以外は『わからない』というお医者さんでは困ります。救急医療のたらい回しも医師の教育の仕方にも問題があるのですね。 「だから若月先生は30数年前に農村医科大学をつくろうと提唱し、農協全国大会でも建設を決議しましたが、田中角栄首相が難色を示し、立ち消えとなりました。左翼系の医師が増えると困るとでも思ったのでしょう」 ――佐久病院の研修医受け入れ状況はどうですか。 「当院独自の後期コースも合計すると研修医は今、約50人いますが、もっと多い年もあります。大学の教育だけでは飽き足りないという意欲的な人たちが佐久へきています」 ――教える側はどうですか。 「農村医学とかプライマリ・ケアなどをきちんと理解している中堅医師が必要です。研修医からはそういう中堅も育ってきて、教える側に回っています」 ◆反資本で助け合い ――医療の進歩とともに期待も過大となり、医事紛争が増えて、行き過ぎた患者の権利主張も見られますが、若月先生は58年にすでに『患者の権利と責任』を掲げました。医者から説明を受ける権利など当時としては画期的な項目が並んでいます。 「日本で最初の権利宣言ともいわれています。昔は患者の権利なんて全くなく、たいていは泣き寝入りの状態でした。自己決定の権利など後から追加された項目もあります」 ――また先生は協同組合についても例えば▽政治的に中立であれ▽権力に対して一定の距離を置け▽特定の権威と結びつくと内部から堕落する、とか数々の貴重な発言を遺しています。 「農村が破壊され、食料自給率が下がり、農業が厳しい状況に陥っているのは資本のせいだ、協同組合は反資本で立ち上がって闘わないと、農業はほんとにだめになってしまうなどと、危機感を持って語っておられました」 ――協同組合の基本は資本に対抗するところに意義があるなどとの指摘もされました。 「協同組合は助け合い組織である、21世紀は協同の時代である、などの強調もありました」 ――公立病院はたいてい赤字でしょう。こんな時代に黒字を続けるには大変な努力がいります。 「だから、みんなよく働いていると思います」 ――最後に「若月俊一の遺言」という本の編集長を務められた感想をひとこと。 「先生の実践の哲学を世に問いたいという思いからです。一周忌を過ぎると記憶の風化も進むので、まとめを急ぎました」
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(2007.7.18) |
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