農業協同組合新聞 JACOM
   

風向計
「護憲」は「政治的」か メディアの責任を問う
関東学院大学法学部教授 丸山重威氏に聞く
聞き手:原田康本紙論説委員

 安倍晋三首相は参院選惨敗後も「憲法改正」に意欲を見せている。だが新聞などの世論調査では改憲賛成は減少。「これは安倍さんの功績だ」と丸山教授は皮肉る。安倍さんは国民に暴走の懸念を抱かせたのではないかというわけだ。確かに自民党内にも「優先順位を取り違えている」との声がある。これまで改憲ムードをあおってきたメディアの責任は重いと、丸山氏は数々の事例を挙げて新聞批判を展開。「憲法でものを考える」立ち位置を強調した。また新自由主義の考え方に立つ「小泉改革」に異議を唱えなかったメディアの責任などにも議論を発展させた。聞き手は原田康本紙論説委員。

関東学院大学法学部教授 丸山重威氏
まるやま・しげたけ
1941年浜松市生まれ。早稲田大学法学部卒。共同通信社編集局次長、情報システム局長などを経て関東学院大学法学部教授。
 著書に「新聞は憲法を捨てていいのか」(新日本出版社)など。論文に「『憲法改正』問題とジャーナリズム」など。
◆自衛隊員の命守る

 ――アフガニスタンでの「対テロ戦争」を支援するテロ対策特別措置法の延長に民主党は反対で、秋の臨時国会での争点です。この問題をどうみていますか。

 「テロ特措法は時限立法ですから延長するならそのつど、きちんとした総括が必要です。ところが、それをほとんどしないで、すでに3度も延長されました。今度こそ元へ戻って十分に議論されるべきです」
 「テロ特措法の後、イラク特措法ができました。今の憲法の下でも措置法をつくれば『派兵』でなく『派遣』だとして自衛隊を海外へ出すことができたわけです。一方、隊員に被害が出なかったのは憲法が『戦争はしない』と交戦権を否定しているからです。イラクのサマワでは基地に着弾しても反撃しませんでした」

 ――憲法があったから隊員たちの命が守られたわけですね。

 「そうです。だからその1つをみても憲法は変えるべきではありません。自衛隊が海外で戦えるようにしてはだめです」
 「しかし、今の自衛隊は限りなく違憲に近いと私は思います。世界3、4位の装備を持つ実力部隊です。でも、私は違憲だからすぐ自衛隊を解散しろという主張には反対です。災害出動などでは国民に支持されていますし、解散して失業した隊員をどう生活させるかなどの問題も出てきます。結局大切なのは、兵力削減で、装備や出動範囲を憲法の枠内にとどめるのです」

 
  ――軍縮ですね。

 「憲法が目指しているのは、世界中の軍備がなくなることです。どこの国でも軍備を減らせば民政にお金を回せます。日本でも、日米同盟という言葉の下で米国に従属して国民の血税がどんどん使われているのを止める軍縮は、財政危機の中で非常に重要です」

◆本音隠した改憲論

 「『同盟』には普通『仮装敵』があります。日米同盟の『敵』はどこなのか。戦闘機やイージス艦や戦車を持たないと北朝鮮が攻めてくるのですか。そもそも日本が敵を持つことはあり得ないのです」

 ――しかし改憲派は憲法9条2項を変えて交戦権を持ち敵基地を攻撃できるようにしようとしています。

  「そうです。米国は日本が一緒に戦ってくれることを求め、集団的自衛権行使のためには改憲が必要だとしています。日本の改憲派はそれに協力しているわけです。参院選で安倍首相は憲法改正を掲げましたが、何をどう変えるのかは言いません。本音は隠して『国を守るのは当然のこと』などといって改憲ムードをあおっています」

 ――新聞も改憲の裏の米国の圧力を問題にせず、ムード論に流れています。

  「読売とサンケイの主張は完全に改憲派です。朝日は9条を変えるのはマイナスが多過ぎるという論調ですが、テロ特措法延長については、まだ論評していないようです。毎日は延長が必要な理由をはっきりさせよという論調です」
 「私はこの際、テロ特措法をやめて日本独自の安全保障政策を打ち出すべきではないかと思います。そんなことは、外国ではどこもやっています。英国でさえ、ブレア首相が退陣しイラクからの撤兵が論じられています。すべて米国に同調する必要はありません」
 「新聞はそういった本質的な問題提起をこそすべきですが、相も変わらず現状肯定論にどっぷりつかっています」

 ――メディアは、法案の中身もわからないまま世論調査をして、その結果におもねるような論説を書いたりもしています。

 「世論調査には警戒が必要です。どこをどう変えるかを抜きに回答を求めるのはおかしいでしょう。それで、『改憲論が多い』とはムード作りに過ぎません」

◆憲法で考える立場

 「世論調査では、例えば9条を変えて交戦権などをもっと厳しく禁止すべきだ、という意見を改憲論に分類してしまうケースがありました。ひどい話です」
 「それはとにかく、このところどの世論調査でも改憲賛成が減っているのが目立っています。安倍首相に任せておくと危ない、という国民の懸念の反映だと思います。これは逆説的ですが安倍さんの功績です」

 ――それからメディアの政府批判は、国民に対する説明努力の不足などを指摘するだけで法案の中身が良いか悪いかには余り触れません。自分の主張をはっきり出さないのです。

 「例えば岩国基地の住民投票の時です。朝日、毎日も地元が反対するのは、住民への説得の仕方が悪いからだと書きました。それでは、説得がうまくいけばそれで良いのかということです。しかし、基地は嫌だというのはどこでも同じですから、基地の国内移転はもう無理だ、と書くべきです」
 「北朝鮮のミサイル発射の時には敵基地攻撃論が出ました。これを受けた各紙の社説は『それは米国の仕事だ』としました。では米軍ならやっていいのか、ということです。『米軍であれ自衛隊であれ、とにかく日本の基地から攻撃してはならない』と、なぜ書けないのかと思いました」

 ――大新聞は広告収入に依存していますから、兵糧攻めを恐れて、言論への圧力を先取りしてしまっているという感じがします。

 「ジャーナリズムはそれではいけません。あくまで憲法の精神で考える立場を貫いてほしいと思います」
 「1例を挙げますと『消えた年金』問題で社会保険庁の職員にボーナスを返上させました。『民営化の際、採用採否の条件にする』と官房長官が言いました。だが新聞は『筋が違う』と書いただけです。労働基本権に照らし『そんなことはすべきでない』と書くべきでしょう。第一、返上分の税金は控除されるんですか? 恐らく返した分まで所得税を納めるのです」

 ――市民的自由の危機

 「また自衛隊の情報保全隊が住民運動を調査していることが発覚しました。憲法意識からするとこれは不気味です。軍事組織が市民運動を監視しているのですからね。これをやめさせる規制法が必要かもしれないくらいです。しかし読売・サンケイ・日経3紙は、2―3段程度に小さく紙面の隅扱っただけでした」

 ――憲法でものをみる立場が全く欠けています。

 「こんな話もあります。東京・調布市の市民サークルが『日本の青空』という記録映画を自主上映するため市に後援を申請したところ断られました。製作者の呼びかけ文に『改憲反対の世論を獲得する』とあったのが『政治的に中立とはいえない』というのです。『憲法を変えろ』というのは『政治的偏向』かもしれないけれど、『護ろう』というのは政治的ではありません。市民的自由を脅かす風潮が広がっています」

 ――メディアがそういうムードをつくってきました。護憲が政治的なら平和を守ろうという運動も政治的になります。

 「小泉前政権による『構造改革』もムードづくりの例です。食料自給率の向上なら、それは真の改革ですが、そんな改革ではなく、競争原理の徹底です。地域を壊し人心を荒廃させ、子殺しや親殺しなどの悲惨な事件が増え、ワーキングプア(働く貧困層)や格差の増大をもたらしました」
 「これが『新自由主義改革』の実態です。新聞は経済優先、市場原理主義ですべてよしとする考え方に、事実を基に、きちんと異議を申し立てるべきです」

 ――メディアはその責任を果たしていません。読者としてはそこをよくわきまえて新聞を読まなくてはいけませんね。

インタビューを終えて

 内閣法制局が知恵を絞って自衛隊も、現在の海外活動、派兵も憲法に違反していないと解釈をしている。それならば何故憲法の改正を急ぐのか。大ぴらに戦争に参加できないということ以外に理由がない。自主憲法という論もあるが戦後60年かけて作り上げた現在の日本で、憲法を変えないと日常の生活に差し支える、不自由であるということはない。関係をする法律や規則、仕組みを時代に合わせることで十分間に合う。
 丸山先生は著書「新聞は憲法を捨てていいのか」で新聞は憲法に定められた基本的な理念、人権、表現の自由などの立場に立って「おかしなことは おかしいと言おう」と主張されている。
 新聞を始め、メディアの作るムードに踊らされないよう用心が必要な時代である。(原田)

(2007.9.6)



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