シリーズ開始にあたって
農産物価格が低迷するなか、地域農業を維持し伸展させていくためにJAを中心に産地ブランド化や新品種の開発などさまざまな努力が積み重ねられてきている。このシリーズでは、そうした努力が実を結ぶためには、多様化しているといわれる消費者ニーズに的確に対応していくことが必要だと考え、直接消費者と接している実需者の立場から、現在の消費動向とそれへの対応、そしていま生産者に何を期待するかなどを取材していく。
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日本の小売業界を牽引するイオングループで農産商品についてリードする寺嶋晋部長は、PB商品である「トップバリュ」の戦略、世代や階層で異なる「個質への対応」、同じ人でも選択する商品が変わる「生活シーンへの対応」など、現在の消費者ニーズを理解し販売するするうえで重要な指摘をした。
また地域を知り好きになってもらうことからはじまるという。北海道から沖縄まで全国展開するイオングループ店舗による「地産地消」へのこれからの取組み。そしてJAグループとの提携などについて、貴重なご意見をいただいた。
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消費者にいつまでも感動を与えられる農業へ
◆食品は小売業の屋台骨
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寺嶋 晋氏 |
「singing♪♪イオン」をブランドイメージとするイオングループは、ジャスコやマイカルなどの総合スーパー(GMS)事業、マックスバリュやジョイなどスーパーマーケット(SM)事業をはじめドラッグストア、コンビニエンスストア(CVS)、ホームセンター、ディベロッパー、金融サービスなどの事業を展開する国内外約160社からなる企業グループで、イトーヨーカ堂を中核とする7&iグループと並ぶ小売業界の雄だ。「イオン」とはラテン語で「永遠」と「夢のある未来」を意味するという。
金融事業などを除いた小売業としてみれば、食品が半分以上を占め「食品が屋台骨」になっている。ジャスコなどGMSの場合はSMに比べて簡便性の高い惣菜部門やリカー(酒類)、インストアベーカリー(パン)、フレッシュデザートの構成比率が高く、生産野菜など素材型の構成は低い。GMSは専門店が入りショッピングセンター(SC)となっているので、お客様は必ずしも食品だけを買いに来ているのではなく、生鮮品の割合は食品の約1割とSMに比べて低い。そして惣菜など食に対するニーズが簡便性の高いものにシフトしている。生鮮に対する家計支出が下がり、「食の外部化」が進んでいるが、これはGMSだけではなくSMでも同じ傾向にあるという。 ◆進む食の外部化品質の良い食材を惣菜に提供
「お客様が、できたてをすぐ食べたいとか、自分で必要な分だけあればいい」といっているから、「生鮮だけを扱う野菜売場・果物売場だけではダメ」だという。もちろん生鮮を拡大する取り組みも進めているが、野菜の天ぷらとか惣菜には野菜類が多く使われているので、「本当においしい食材を選んで原料として供給することを同時にやらなければ、私たちの産地づくりができない」。
例えば大根。生鮮も必要だが、おでんや刺身のツマ用の大根も一緒に生産できないか。同じ生産者に生鮮用と加工用とほ場を分け、品種・作型・規格も変えて生産してもらう。生産者・産地にとっては生鮮用にプラスできるというメリットがあるし、生鮮用と加工用を一緒に運べば、物流の省力化にもなるのではないかという提案だ。
野菜の家計消費が5割を割り、中食や外食の比率が年々高まるなかで、これにどう対応していくかが産地・生産者に問われているときに、寺嶋部長のこうした提案は一つの方向を示唆しているといえるだろう。
◆自分の欲しいものがない店は楽しくない
簡便性ニーズも消費者ニーズの一つだが、「消費者ニーズ」をどうとらえればいいのだろうか。
「目をつぶったらお客様の顔が浮かぶ。そのお客様のために商品をつくり供給する」。そうでなければ本当の商品づくり・産地づくりはできないし「農家が本当の“つくりがい”を感じることはできない」のではないかと寺嶋部長は考える。10代の人が野菜や果物に求めるものと、60代以上の野菜好きの人が求めるものは「まったく違う」し、同じ高齢者でも、年金で節約型に生活している人と、可処分所得が多く食に対してもこだわりをもって生活している人では「求められる商品が違う」。
例えばトマトの場合、糖度の高いトマトが好まれるといえば、それが「消費者ニーズ」だととらえ、みんなが糖度の高いトマトをつくり、均質化し「特徴をなくしていく」。みんなが同じものをつくれば、残されているのは「価格競争」ということになる。だが、昔のように酸味のあるトマトが好きな人もいる。そういう人の好みに合ったトマトもつくり売場に並べれば、それを求めているお客様から喜ばれることになる。
大雑把に消費者と一括りにするのではなく、もっと情報を集めて勉強し、消費者を細分化して、こういうトマトをこういう人たちに食べてもらうと一番喜んでもらえるのだ、と「ツボ」をつかむことだ。そのときそのトマトは一般品とは違う価格で売れるようになる。もちろん、低価格志向の消費者にはローコストでできる仕組みが必要となる。
野菜は必需品だから価格を求める要素は強い。しかし、価格だけではない人たちもいる。そうした人たちにあった商品も用意しておかなければ、その人たちにとっては「楽しくない店」になってしまう。
実現は不可能だろうけれども、理想的にいえば、その店に来るお客様一人ひとりにあった商品を揃えることなのだろう。寺嶋部長はこれを「個質への対応」といっている。
◆生活シーンによって選択する商品が変わる
いま団塊世代が定年を迎え、新しい環境でどう生活していくかが大きな話題になっている。いままで朝はパンをかじるか朝食も摂らずに出かけていたのが、自分の時間が生まれ、「いままでとは違う生活が表現される」。ゆっくり朝食が摂れるようになる。そうすると浅漬けの美味しいキュウリが食べたいとか、価格だけではない価値が求められてくる。これが「個質」であり、同じように子どもにも、お年寄りにも個質がある。これにどう対応していくのかを考えることだ。
しかし、人はいつも同じパターンで商品を選択しているわけではない。イオンのPB「トップバリュ」には、メーカー商品と同じレベルの品質でありながら価格を安く設定しているもののほかに、農薬や化学肥料の使用を抑えて作られた「グリーンアイ」、おいしさや素材などにこだわった「セレクト」というサブブランドがある。なぜか。家族の誕生日などで手巻き寿司をつくるときは「セレクト」の海苔を使うが、遠足のお握りは普通の海苔を選ぶといったように「生活のシーン」で使い分けられるようにするためだ。
◆求められ高まる3つの品質
低価格訴求型の人も含めた「個質への対応」そしてすべての「生活シーンへ対応」する商品をタイムリーに提供することで「お客様の生活を豊かにする」ことがイオンの使命だという。
そのときに考えるべきことは、価格の要望もあるけれどと、前置きし寺嶋部長は次の3つの品質をあげた。
一つは、美味しさなどの「感応品質」。
二つ目は、体に悪いといわれるものを減らし・なくし、体にいいといわれる栄養素などを加える「機能品質」。
そして、環境に優しいとか、農家の人たちも楽しい生活をしながら農産物をつくっているという「倫理品質」だ。
この3つの品質を「お客様はどんどん要望されているし、これからももっと高くなる」という。
◆地産地消は地域を知り好きになってもらうことから
個質への対応として寺嶋部長がもう一つ課題としてあげたのが「地産地消」だ。イオンは食育にも熱心に取り組んでいるが「食育は地元の食材にあり」ともいう。寺嶋部長は「地元のものを食べなさい」というのは、「お客様視点ではない」と否定する。「地元に住んでいる人が、この地域はどういう農産物が採れるのかを知らないし、地域を知らない。食と人の体は地域の食文化に根ざしている。地域の食文化を忘れると、その良い部分も消えていく」。だから地産地消は、地域を知ってもらい、地域を好きになってもらう。そして地元でつくられた旬の味を味わってもらう。というステップが必要だという。
国産だけですべてのお客様の満足を実現することはできないので、海外に必要な機能は求めるが、「食育を含めて地域を好きになってもらうことを一所懸命やるという意味で、地産地消はこれからの最大の課題」だと位置づけている。
◆最大のパワーは商品力それを実現する仕組みづくりを
いま地産地消といっているが、本当に地域を伝えているかといえば「まだ伝えきっていない」。それを伝える「最大のパワーは、商品力」だという。「わぁーこのトマト美味しい」「このほうれん草は甘い」と「ズドーンとその印象を人に伝える」ことだ。そうすれば次も「これを買おう」となり、最初はあまりよく見なかったPOPを見て、「この人がこうやってつくっているんだ」となりファンになる。そのためには、品種の選定から土づくり、栽培方法から集出荷の方法やパッケージの仕方まで含めた「仕組み」が必要だ。それらすべてを含んだものが「商品力」だ。
そうした商品力をつくるためには、「産地に入り、農家と一緒になって品種や栽培方法を考え、いままでのトマトは8割にしてあとの2割は酸味のあるものにしよう」などと決める。農家にも店にもリスクが生じるが、「2割と決めた瞬間に売場が決まった」ことになる。リスクコミュニケーションをしっかり行ったうえでの契約ということになる。この仕組みをつくりたいと寺嶋部長はいう。
しかし、イオンだけでは難しいし時間がかかる。イオンだけなら3年かかるものを農協や全農と連携することで、1年などの短期間で実現する。そういう仕組み・関係づくりに期待しているという。
◆生産者はPBをつくっているという認識を
そして生産者には、自分で土を耕し種を蒔き、自分のノウハウでつくっているし、JAに出荷しても生産者コードがあって全部分かる仕組みなっているのだから「各自がPBを生産しているという認識」をもって欲しいという。PBだからその商品は自分で守らなければならないし、食べてもらうお客様も守らなければいけない。それがPBの良さでもあり怖さでもあるけれど、世界に一つしかないものでもある。そのことを消費者に伝え食べてもらう仕組みが必要になる。だから「一緒にやりましょう」というわけだ。
こうして考えてくると、「私たちと全農が産地や生産者の方と何をしなければならないかは明確に答えが出ている。あとは、お客様を誰にするか絞込み、その像ができたら、何をどれくらいの量をつくったらいいのか答えは出る」。それをしないで動くから「無駄が出て安く売らなければいけなくなる」のだから、「やりがいがあって、それに見合った収入があり、次に“こんなんやろうかな”と意欲もわき、お客様にずっと感動を与えられる農業を実現しましょう」というのが、インタビューの最後に寺嶋部長が語ってくれたメッセージだった。
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