◆最近の米価動向と米政策の転換
前回、近年、韓国の米需給は不安定な不足基調から過剰基調に移りつつあると述べたが、それが米価にどのような影響を及ぼしているのだろうか。表―3は90年以降について米生産費とも比較しながら、その動向を示したものである。
この表から指摘できる特徴の一つは、生産者販売価格と政府買入価格はあまり差がなくともに上昇傾向にあり、しかもその水準は米生産費の1.5〜2.0倍を示していることである。これは韓国における米の重要性を示しているとともに、当面、米の過剰基調もそれほど厳しいものとは認識されていないことの反映である。
いま一つの特徴は、政府販売価格は買入価格に金利や中間経費を加算した原価(コスト価格)より低いだけでなく、2000年を除いて04年度までは買入価格をも下回っていたことである。その差額は政府の財政負担となるのはいうまでもない。表はこうした財政負担による生産費を上回る米価が、最近まで継続していたことを示している。
しかし、05年度には政府買入価格が前年対比16%以上引き下げられるなど、価格動向は04年度までとは変化している。その最大の理由は、米政策が転換されたからである。
韓国では88年の「糧穀管理法」の改正に基づき、政府による米の買入量と買入価格は国会の承認を得て決定されていた。そしてこの法改正で、米の需給安定における国の責任が一層明確にされ、財政負担による生産費を上回る米価が実施されてきた。
その後、WTOの発足により農業保護削減が国際的に強調され、直接支払制度の実施などが進められてきた。しかし、韓国では国際化に対応した農政推進には、農業者(団体)はもとより国会議員の中にも強い反対があり、あまり進まなかった。
しかし、WTOやFTAの新たな交渉が進展するにしたがい、一層の国際化対応が要請されるようになった。そこで政府は、05年7月に「糧穀管理法」を改正したが、それは(1)政府管理糧穀の需給計画での国会動議制を廃止し大統領承認制とし、米の買入量と買入価格は政府が決定できるようにした、(2)その一方で、需給安定を図るため、政府が市場価格で購入し市場価格で販売する公共備蓄制を導入した、(3)「新たな米所得補てん直接支払制度」を発足させた(後述)、の3点に要約できる。つまり米政策に対する政府介入の縮減と市場メカニズムが強化されたのである。05年度の価格の低下はその結果である。
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◆米所得問題の新たな課題
05年の米政策改革により米価の下落は促進されている。前述したように、05年度の政府買入価格は前年対比16%以上低下したが、生産者販売価格も8%以上低下した。そして、こうした米価下落は今後も継続するものと予測され、米所得問題が改めてクローズアップされるようになった。
韓国の米生産費をみると、総額ではわが国の50%以下であるが家族労働費と自作地地代の割合が高く、所得率はわが国の2倍程度を示している(試算)。こうした米の生産構造が徐々に変化し、近年、所得率も低下するようになっているが、米価下落はこれを促進するからである。米所得および所得率の低下は、韓国の農業者と農村に大きな影響を及ぼすのはいうまでもない。
WTO体制の発足に対応し、韓国では90年代後半から多様な直接支払制度が実施されてきたが、米関連では01年「水田農業直接支払制度」、02年「米所得補てん直接支払制度」が導入されていた(注)。05年に発足した「新たな米所得補てん直接支払制度」はこの両方を統合したものであるが、新たな制度の内容を集約すると次の通りである。
(1)目標価格を設定し、米価がそれより低下した場合は目標価格との差額の85%を補てんする。補てん額は固定型直接支払と変動型直接支払の2種類の合計額とする。
(2)対象者は水田農業を営んでいる農業者で営農組合法人、農業会社も含まれる(ただし0.1ha未満は除外)。
(3)「米所得補てん直接支払制度」で徴収していた参加農業者の納付金を廃止する。
発足して間もないため、新たな制度の評価は今後に委ねるが、05年(実績)と06年(計画)をみると、補てん目標価格は17万ウオン/80s水準なので、試算すると補てん額も加え15万5000ウオン/80s以上の米価が農業者に保障されることになる。こうした制度のため、事業対象面積も水田総面積にほぼ等しくなっており、所得補てん効果は大きいと思われる。
ただ、この補てん金は水田を対象にして支払われるため、水田所有者が貸付地の返還を求める「貸し剥がし」が起こり、規模拡大による農業構造改革の推進と矛盾した現象が生じている。また、水田重視の直接支払制度は野菜、果実などの振興を抑制するとの意見もみられる。こうした問題をどう解決すのか、今後が注目されるところである。
(注)韓国におけるWTO体制下の農業・農政・農協問題と主要な直接支払制度の詳細については「アジア農村発展の課題」(筑波書房)および国際農林業協力・交流協会の報告書(いずれも近刊)の拙稿を参照されたい。